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【貧困の連鎖の中の牛丼】(上) 正義は勝つ  牛丼チェーン「すき家」全面敗北する

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

牛丼御三家のひとつ「すき家」を経営する株式会社ゼンショーが抱えていた労働争議が昨年末解決した。形は和解だが、結果としてゼンショーの全面敗北であった。ゼンショーはアルバイト店員に残業料を支払わず、訴えられたら「アルバイトとは雇用契約はない、請負契約だから支払う必要はない」という非常識な主張を展開、団交を拒否していた。東京都労働委員会と中央労働委員会はこれを不当労働行為として救済を命令。これに対して同社は国を提訴したものの、東京地裁、東京高裁とも敗訴し、最高裁に上告していた。一方労組は団交拒否伴う損害賠償を求めて東京地裁に提訴。11月の結審後、昨年12月に同地裁で和解したものだ。労働法の存在そのものさえ否定してきた同社の姿勢の背後には、牛丼という存在に象徴される現代日本の貧困がある。題して「貧困の連鎖の中の牛丼」。以下は低賃金非正規労働者の強い味方牛丼をめぐる物語である。

◆「牛丼はそのうちタダになるらしい」

朝、「よみうり時事川柳」を読んでいて思わず「うまい!」と膝を叩いた。こ吉野家、松屋、すき家のいわゆる牛丼御三家の値下げ合戦がピークを迎えていた2010年頃の話だ。「牛丼はそのうちタダになるらしい」という句である。4月11日号に掲載されたもので、作者は遊魚亭釣楽という人。当時、牛丼値下げ競争はいま底なしの様相を見せていた。2009年から2010年にかけてのおよそ1年間で、牛丼並盛はいっぱい380円から370円、280円、270円を期間限定の値下げを繰り返しながら下がっていった。

値下げのしわ寄せは原材料と労賃に押し付けられる。その象徴がすき家の労働問題であった。すき家を展開しているのは外食大手の株式会社ゼンショー。東証一部上場の大企業だが、働いている従業員に時間外手当を払わないということでも有名な会社であった。すき家を有名にしたものがもう一つある。終夜営業中、強盗に入られるのでも定評があった。人件費を削るため、深夜1人勤務を強制していたからだ。

そのすき家に対し、仙台市内の店の3人のアルバイト店員が個人加盟の労働組合、首都圏青年ユニオンに加入し、未払いの時間外手当を支払うよう求めた。2006年11月のことである。ゼンショーはこれを拒否、同ユニオンは翌2007年1月に団体交渉を申し入れた。しかしゼンショウは団交を拒否、ユニオンは2007年6月に東京都労働委員会にゼンショーの不当労働行為救済に対する救済を申し立てた。

ゼンショーが断行を拒否した理由は、アルバイト店員とゼンショーとの間には雇用契約はなく、あるのは請負契約なのだから時間外手当を支払う必要はないという奇妙なものだった。請負契約あるいは業務委託契約ということになると労働法は適用されない。すき家のアルバイト従業員は一人親方としてゼンショーと契約して飯を盛り、牛丼をその上にかけ、レジを打ち、店の掃除をしていることになる。時間外で働くのはそのアルバイトの勝手であり、仕事が遅いからそうなるのだ、と言わんばかりの主張である。

さすがにこの理屈が通るわけもなく、都労働委員会は2009年11月、ゼンショーに対し「団交に応じるように」との命令書を出した。「(アルバイトは)会社のマニュアルに従って働き、職務はあらかじめ決められたシフトで行われ、時給で賃金を得ている労働者に当たる」としている。続いて3人のアルバイト店員は2008年4月8日、仙台労働基準監督署に対して、労働基準法の定める時間外割増賃金(残業代)の未払いがあるとして、ゼンショーと代表取締役小川賢太郎氏を労働基準法違反で刑事告訴した。同年12月26日には、やはり首都圏青年ユニオンの組合員で、すき家岡谷若宮店の元アルバイト従業員が労働基準法違反(賃金未払い)の疑いで、店を経営するゼンショーと同社社長を告訴した。すき家は各地で残業代を払わないでアルバイトを使っていることが明らかになったといえる。

ゼンショーは奇妙な報復処置に出た。残業代不払いで同社を刑事告訴した仙台市の女性店員(41)を、店のご飯を無断で食べたなどとして、窃盗などの疑いで仙台地検に刑事告訴したのだ。2009年4月のことである。読売新聞は「すき家、無断でどんぶり飯5杯食べたと店員告訴」と報じ、「店の防犯カメラで判明した」のだと書いた。報復と恫喝であること誰の目にも明らかで、地検は当然のように不起訴とした。

◆デフレの背後にある労働者の実情

経過はとりあえずこのくらいにしておく。どうみてもまともとはいえない会社だが、ゼンショーのこうした対応はもしかしたら、現在の日本の企業社会に蔓延している労働者使い捨て文化のカリカチュアなのかもしれない。ゼンショーは外食最大手企業の一つで、牛丼チェーンばかりでなくファミリーレストラン、焼き肉、しゃぶしゃぶ、寿司、うどん、ハンバーグ、中華、イタリアンなどのチェーンを多彩に展開している。同社のホームページによると、企業理念は「世界から飢餓と貧困を撲滅するために  日本から『フード業世界一』を目指す」というもの。以前は各店舗に麗々しく掲示されていた。世界一を目指す外食企業の自負している企業なのである。以前取材したある従業員は「世界から貧困をなくす前に、従業員の貧困をなくしてほしい」と話していた。

ゼンショーを訴えた原告の一人、女性アルバイト店長の話を以前聞く機会があった。彼女の話は壮絶だった。例えば、1時間に5000円の売り上げがなかったら、その時間に2人働いていても1人分の人件費しかでない、そのため月に400時間近くという過労死水準をはるかにオーバーする時間を働いても、賃金は月10ま円を超えることはなかった、24時間営業の3分の2は一人勤務で仕込み、料理作り、会計、接客、仕入れ、さらには下水溝の掃除までこなさなければならない、といった話が次々出てきた。

こうして多くの労働者がまるで底なしの低賃金に押し込められ、お金がないから食べるものさえ十分に買えない生活を強いられる。その労働者に物を買わせるために、安売り合戦が始まる。ますます労働者は低賃金でこき使われ、物が買えなくなる。その労働者にものを買わせるため、さらに安売り競争が激化する。こうしたデフレスパイラルの最先端が牛丼なのである。安倍政権は景気回復を掲げてお札を大増刷して市中にバラまく政策を進めている。しかし、いくらおカネをばらまいても、こうした構造をそのままにしておいたのではおカネは人びとのもとには回ってこず、一部の人のみが儲かって格差は一層強まる結果に終わるのは目に見えている。

(つづく)

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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