Yahoo!ニュース

発生から10日:能登半島地震報道を振り返りメディアの課題を考える(後編:デジタルで「寄り添う」とは)

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
Yahoo!(左)とNHK(右)の災害マップ(スマホ画像をもとに筆者が構成)

能登半島地震発生から10日が過ぎました。前編に引き続き、報道を振り返って課題を検証しています。

本文の前に、被災した方々に、改めて心からお見舞いを申し上げます。厳しい自然条件の中、救出や復旧、支援に当たられている方々にも敬意を表します。

11日夕方配信の続きとして、今回の報道で目立ったデジタル・マッピングの可能性と社会的な意義とともに、報道機関そのものの災害報道に対する姿勢についての考え方を整理します。

災害報道の一般的なパターンは

以前の記事でも議論しましたが(例えば2019年10月の「台風19号の報道から『ニュースメディアのこれから』を考えた」などを見て下さい。)災害報道は、以下の2つの側面のバランスで成り立っています。

A)マクロに「何が起きているのか」という災害の全体像を伝えるもの。(人間の「知りたい」という本質的な欲求に応えたものでもあります。)
B)主に被災者や、救援や復旧復興にあたる自治体などに必要になる、各地の被害状況や、避難所や給水、エネルギーなどの生活情報を中心とした、具体的なミクロな要望に応えるもの。

通常の災害だと、一定の時間が経過すると各地の震度とか、台風による河川の増水の情報が出そろい、被害の状況や交通や物流への影響もある程度明らかになるため、情報やニュースの重点は、大まかに、A)からB)に移行していくものです。

B)の報道は、救援や復旧のニーズがどこにあるのかを伝え、被災地の外にも広く共有したり、直接被害を受けなかった地域の人も、将来起きる可能性がある震災への備えの教訓とすることが目的と言えます。

事態の把握に時間がかかる「特殊性」

しかし、今回の地震の場合、深刻な各地の被害の状況が明らかになるのに、すごく長い時間がかかっています。発災から10日が経過しても、孤立して被害の全容がつかめず、救援の手が十分に届かない集落が20以上も残っています。

そのような状況下では、A)とB)の報道の両側面を進めていかなければなりません。しかし、そのために相応の紙面や放送時間、あるいはネットニュースのスペースを割いて集中的に伝えていくには限界もあります。

災害報道を維持するには、大量の取材リソースや人員を配置しなければなりません。しかし、自治体などでも把握できる被害状況は限られており、明らかになる情報は少しずつしか増えません。

新聞紙面上の大幅な展開や報道特別番組を維持し続けるのが、非常に難しい状況でもあると言えるでしょう。

そうして、能登地震のニュースは、パーティー券のキックバック問題の続きやパレスチナやウクライナ情勢などの中に埋没していってしまいます。

「もう大丈夫なんじゃないか」というイメージ

ニュース番組や新聞では、相応の時間や紙面を割いて報道をしていますが、家屋が倒壊した被災者に密着しても、孤立集落に物資を届ける自衛隊に密着した特集記事を作っても、それだけでは断片的すぎて、当事者以外の関心は急激に薄れていってしまいます。

東日本大震災の後にある民放の報道幹部から聞いた話ですが、震災後10日あまりしか経っていないのに、日本全国のネットワーク局の社長が集まる会議で、九州のローカル局の社長から「もう東日本大震災のニュースをトップであんなに放送するのはやめて欲しい。関心が薄れている」との発言があったというのを思い出しました。

報道で「特別感」が薄れてしまうと、「被災地は何とかなっているのではないか」という雰囲気が醸成されて、さらに関心が薄れてしまうという構造は、何とかしなくてはなりません。

「役に立つ」災害報道のために

災害時のニュースメディアには別の役割があります。被災地の人たちが欲しい、具体的な情報を届けることです。

断片的に伝えられるニュースの内容を整理し、分類し、蓄積していくことが必要です。避難所、食糧や水の配給などのサバイバル情報などがそれです。

「今、私がいる所から○○に行く道は通れるのか」とか「赤ちゃんの離乳食はどこで入手できるようになったのか」などの要望にも、きめ細かく対応できるような仕組みが必要です。

ニュースに盛り込めなかった細かい情報も保存して整理し、バラバラな地方自治体の情報を総合して「今どうなっている」というユーザーの需要に応えられるようにしなくてはなりません。

「誰が担うのか」議論はこれから

現状では、報道と情報サービスの区別をどうするのか、とか、そのような地方自治体の情報を総合して提供するのを、どこまでメディアが担うべきかという議論が、成熟しているとは言えません。

しかし、政府や地方自治体が「縦割り」で動いており、総合的な発信力が限られている現状では、能力のある組織が、一時的にでも、公益のために引き受ける必要があります。

発信を続けていくことによって、スキルも磨かれます。メディアだから気付けるような問題もありそうです。

例えば、「提供された簡易トイレが和式だったために、お年寄りの中に利用できない人がいた」ような、細かなミスマッチなどは、メディアなら行政よりも、原因に早く迫ることもできるかもしれません。

マッピングの威力が認識されてきた

被害を受けた人も、単にニュースとして知っておきたいと思っている人も、「今何が起きているのか」を把握しやすい仕組みとは何でしょうか。おそらく県庁などの災害対策本部で見るような地図のホワイトボードに書き込みや付せんの張り紙が重なっていくようなものです。

それをデジタルの技術を使って、見やすく、検索しやすくして、最新の情報に更新していくようなイメージです。NHKではテレビでライフライン情報などを伝えていますが、「今すぐ、自分の地域の情報が欲しい」という要求には、なかなか応えられるものにはなり得ていません。

そのようなサービスは、スマホで見られるようにすることが必要です。避難の途中とか、避難所に居なければならないような環境を考えると、報道の重点もそちらに移行していかなければならないと思われます。

日頃の準備がものを言う

マッピングのサービスは一朝一夕に作ることができるものではありません。以前からそのようなインフラを整備してきた(必ずしも、能登半島地震のような事態を想定してということではなさそうですが)ところの発信が、今後のモデルになり得ると思います。

いち早くサービスの提供を始めたのは、Yahoo!の「みんなで作る防災情報 災害マップ」です。(スマホではYahoo!の「防災速報」アプリの「マップ」から見ることができます。) 

最初は避難所や給水所だけでしたが、トイレやお風呂、道路の通行が可能かなどの情報も追加されました。自治体のLINEなどの公式な発信をキャッチして、一般の人の投稿だけでなく、情報を大幅に増やしました。

必要な情報だけを地図上に表示するような、レイヤー(層)を分けて表示するインターフェースも使いやすくできています。

NHKに見た報道機関の強みと課題

デジタルの発信の進め方について政治的な議論もあるNHKですが、Yahoo!に少し遅れて、マッピングサービスを立ち上げました。(スマホでは「NHKニュース・防災」アプリから、「能登半島地震 最新まとめ」という赤いボタンをクリックし、「能登半島地震 避難所・給水所 地図で詳しく」という項目をクリックしてみてください。)

「開発中のサイトです」と明記してあって、現在は避難所と給水所がわかるだけです。しかし、時間を最大72時間さかのぼって参照できるなど、検証などで役に立ちそうな機能も付いています。

NHKでは何年も前から、災害現場に取材に出た記者らが、デジタルの地図上に、各取材ポイントの状況を書き込んだり、更新したりできる「電子地図」の仕組みを整備し、内部で使ってきたということです。

さらに利用できる商店やお弁当を作ってくれる飲食店など、取材拠点を作るためのロジスティックス(兵站)の情報まで共有できる基盤だったと聞いています。

何よりもNHKの強みは、一定のニュース発信のための訓練を受けた「記者」が、責任を持って情報を書き込むということです。

今後、一般の人からの情報や、ソーシャルメディアの書き込みなども検証して包括的に整理できるようになれば、かなり有力な災害情報まとめとなるでしょう。

孤立集落を明らかにする独自の役割も

また、現在は別の場所で報道がなされていますが、NHKは定期的に孤立集落のリストアップをして発信しています。(2024年1月10日現在の記事は、こちら。)

孤立集落は、地方自治体では職員数などが足りておらず、把握し切れていない場合も多くあります。携帯電話のカバーエリアの地図を当てはめてみるとか、「あれだけ多くの人が住んでいるのに、何も被害情報がないのはおかしい」とか、「取材者の勘」のようなもので記者が気づいたり、行政とは違う「住民とのつながり」で連絡が入ったりなど、ニュースメディアの強みを生かした情報収集のひとつだと思います。

このような独自の情報も、今後マッピングサービスに追加されていけばいいと思います。

※Yahoo!やNHKの災害マップの開発の経緯や背景、インターフェースの解説などは、元NHK記者で、現在スローニュースの熊田安伸さんの記事に詳しく説明されています。デジタルジャーナリズムや災害報道に関心のある人には必読です。(有料のサービスなので一部制限があるかもしれません。)

新聞の役割が変わる可能性

今回の一連の報道で特筆すべきだと思うのは、読売新聞がマッピングを使ったデジタル報道に挑戦していることだと思います。

令和6年能登半島地震被災状況マップ」という、記者の撮影した被害状況の写真と地図上での表示がリンクした仕組みが、1月1日の夜には立ち上がっていました。

(その経緯も、前述の熊田さんの記事で言及されています。)

当初は写真のインパクトを優先してか、地図のサイズが小さすぎて、個人的には使いにくかったのですが、やがて地図の方を大きくした「平面版」ができました。

従来の災害報道の枠組みでは、テレビが速報を担い、新聞はもっぱら、情報の1日分のまとめや、ストーリー性を重視した記事や深掘り情報を提供するという考え方が一般的でした。

しかし、読売新聞が輪島市に拠点を置く強みも十分に生かしたのか、被害状況の速報に挑んだことは、大きな意味があると思います。

新聞でも、発信の仕組みさえ整備して、記者やカメラパーソンの手順を改善すれば、記者のスキルをデジタル速報にも生かせる可能性が出てきたものだと言えるからです。

コラボレーションが必要だ

災害報道やミス/ディスインフォメーション対策の議論で、私も何度も提言してきていますが、やはりメディアどうしだけでなく、プラットフォームも含めた協力が不可欠になるのではないかと思います。

災害の規模が大きくなればなるほど、扱う情報の量は膨大になり、一方それを発信するために働くメディアなどの人員には限界が見えているからです。

災害が発生した直後から一定の時間(期間)には、伝えなければならない情報(大津波警報なども含む)やプライオリティが高い情報は共通なものであり、報道機関独自の「目利き」や特別なスキルが発揮できる余地は限られています。

例えば東京の民放キー局の報道スタッフを集めれば、NHKの報道局に匹敵する規模になります。新聞も含めデジタル部門などが手を組めば、動画も連携したマップなどの新しいインターフェースも開発できるかもしれません。

災害発生後、どの時点まで連携するべきか、とか、大きな「寄り合い集団」になった時の指揮系統など考えなければならない課題は多くあります。

また前述のようなYahoo!やNHKなどが競争する中で、お互いにスキルを高めるやり方がいいのか、それとも共通の基盤を作って、協力して効果的なものを作り出す方がいいのかなどアプローチも定まったわけではありません。

しかし、少なくともクロスオーナーシップに縛られて、新聞と民放ネットワークの間で、横の連携が進まない構造や、「競争しているのだから」という空気に支配され、頭の体操すら本格的に始まらないような状況は、一刻も早く克服するべきではないかと思います。

「寄り添う報道」とは何か

現在の災害報道の一部が「傍観者的」、「見物人からの視点」などと批判されるにしても、ニュースを出し続けることには、大きなインパクトがあります。「社会の関心をつなぎとめる」という機能です。

ガザやパレスチナの情勢が急激に悪化したために、日本でもウクライナがどうなったのかという関心が相対的に低下してしまったような雰囲気を思い出してください。

とにかく関心を持ってもらう発信を続けることが、被災地の人たちにとっても「忘れていないよ」という意識を表す何よりの励ましにもなり得ます。

「震災から○年」という期間だけ盛り上がり、後は関心を示さない姿勢が「アニバーサリー(記念日)報道」と批判されるのはこのためです。

「被災地に寄り添う」報道とは、「犠牲者が合計△人」とか「倒壊した家屋の合計□棟」などという全体的なスケールを伝える情報の後に、どれだけ被災地の人たちの思いや生活の実態を伝え、被災地以外の人たちにも教訓となるような情報を引き出すのか、ということになるでしょう。

しかし、言うは易く、実践は非常に難しいことだとも思います。取材条件が厳しい中で、現地の人と信頼関係を作り、さらに被災地外の人にも役に立つ情報を盛り込むには、スキルのある記者でも時間と労力がかかるものだからです。

効率を重視する合理化に抵抗し、時間をかけて取材を行える環境をメディア企業全体で確保していけるかどうかという、経営陣も含めたジャーナリズムへの考え方が問われています。

企業としてのジャーナリズムの姿勢が問われる

付言すると、1月2日の午前中には、ほとんどの民放局が、地震や津波の被害を伝える「L字」あるいは「逆L字」という速報態勢を解除して、人気ドラマの再放送や駅伝中継に復帰してしまったのは、少し早すぎではなかったかと首を傾げざるを得ません。

また、1月2日の夕方に起きた羽田空港の航空機の衝突事故の火災が収束した後、「能登の速報態勢は、まあこのくらいでいいか」的な空気になってしまったのではないかとも見えます。

さらに、羽田空港の事故について、1月2日の午後9時から行われた国土交通省の記者会見は、どこも地上波での中継はありませんでしたが、これも、果たしてこれで良かったのでしょうか。

ニュースについては「最後の砦」とも言えるNHKも、新しく始まる大河ドラマに関連したバラエティ番組の放送を優先し、ネットで中継するだけでした。

どの番組を優先するのかの判断は、報道だけでなく編成などの部署も関連する経営的な問題です。ニュースメディアの、このような側面も注意深く見守っていく視点が私たちにも求められていると思います。

(この文章の前編は、こちらで読めます。)

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

奥村信幸の最近の記事