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生成AIの脅威にファクトチェッカーはコラボで対抗する:「信頼されるメディアサミット」報告(その1)

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
「信頼されるメディアサミット」のホームページ。テーマのビジュアルも一新された。

※おことわり

文中では極力「フェイクニュース」という言葉は使いません。トランプ前米大統領以降、世界で40カ国以上の政治的なリーダーが、気に入らないメディアを名指しして批判する言葉になってしまったという事実があるからです。

4年ぶりのリアル・イベント

2023年12月1日から3日まで、シンガポールで開かれた「アジア太平洋地域・信頼されるメディアサミット(APAC Trusted Media Summit 2023)」に参加してきました。これから何回かに分けて、見聞きしたことを伝えていきます。

グーグル・ニュースイニシアチブが主催するこのイベントは今回で6回目となります。しかし、2020年から2022年は新型コロナのためにオンラインだったため、4年ぶりのリアルの開催でした。

アジア太平洋地域の32カ国から400を超すファクトチェック関連団体の678人が参加しました。世界のファクトチェッカーには元々女性が多いのですが、今回特筆すべきは60近いセッション(分科会)の司会者や発表者の6割近くが女性だったということです。

「チャタムハウス・ルール」の理由

今回の全てのセッションは、原則的に録音は禁止され、「チャタムハウス・ルール」が適用されることになりました。本人の了解を得なければ、発言者が特定できるような形で引用してはならないという原則です。会場の撮影も原則的に制限されていました。

そのため、この報告も限定的にならざるをえない部分があることを、あらかじめお断り、お詫びしておきます。

なぜ、このルールが厳しく適用されるようになったのかには、いくつかの理由があるものと思われます。

ひとつは、参加したファクトチェッカーの身分の安全の問題です。アジア太平洋地域の国々は、すべてが日本のように安定した民主主義国家ではありません。表向きは民主主義的な体裁を取っていても、強権的なリーダーが支配している国がいくつもあります。

ファクトチェッカーは時に、政治的なリーダーや政府高官などの人物の発言や行動を検証する「権力の監視」の役割を担う必要があります。

このような国際的会議に参加し、情報交換をしていることを、知られないように警戒しながら仕事をしている人たちも、アジアにはけっこういるのです。

もうひとつは、技術開発をめぐる微妙な問題だと思われます。ミス/ディスインフォメーション対策には、AIを始め、さまざまなテクノロジーの導入が進んでいます。

アプリやソフトウェアを開発中の企業や組織は、ファクトチェッカーらと使い勝手を向上させる意見交換などは行いたい反面、一般への公表にはかなり慎重な部分もあることを、うかがわせました。

筆者もAIを使って、疑わしい情報をリストアップし、どこからファクトチェックをすべきか優先順位をつけて知らせる技術を開発中の企業に「記事化をしたい」とお願いしましたが、断られてしまいました。

「このような技術がある」と公表してしまうと、「迂回技術」の開発も進んでしまうというジレンマもあるのです。

以下、セッションを見て回って感じた、現在のアジア太平洋地域のミス/ディスインフォメーション対策のトレンドをいくつか紹介します。

筆者のネームプレート(筆者撮影)
筆者のネームプレート(筆者撮影)

生成AIとディープフェイクへの危機感

なんと言っても、ここ約1年の間に急激に進化した生成AIと、このテクノロジーを使った、ディープフェイクの映像や画像、音声コンテンツの強い感染力に対する、強い警戒感が目立ちました。

直接、生成AIや映像や画像の加工のことを扱ったセッションもいくつかありましたし、各国の事例の紹介などでも、視覚や聴覚に訴えるミス/ディスインフォメーションが目立った一方で、それらを発見する技術も次々に開発されていることが紹介されました。

現状では、見た人が違和感をほとんど覚えないような巧妙に加工が施された映像などは件数が限られており、「チープフェイク」とか「シャロー(shallow:浅い)フェイク」と言われるようなものが大部分を占めています。今のところは、私たちは辛うじて、致命的に騙される被害を免れていると言っていいと思います。

しかし、騙す方の技術は猛スピードで巧妙になってきています。発見する技術との「いたちごっこ」が深まる中で、「知恵を出し合って何とかしなければ」という危機感を参加者が共有していたと思います。

2024年は「選挙イヤー」という緊張感

特にインパクトが強い、映像や画像によるミス/ディスインフォメーションを懸念するのは、2024年は世界的に大規模な選挙が数多く予定されているためです。

アメリカやロシアの大統領選挙などは言うまでもなく、アジアでは、1月にはバングラデシュの総選挙と台湾の総統選挙、2月にはインドネシアの大統領選挙とパキスタンの総選挙、4月には韓国の総選挙が予定されています。インドの総選挙も4月から5月になるとの見通しですし、9月までにはスリランカの大統領選も行われることになっています。日本でも総選挙になる可能性もあります。

選挙の時は、災害や大事故、あるいは戦争やテロなどと並んで、ミス/ディスインフォメーションの件数も、ソーシャルメディアで拡散されるボリュームも大きくなるのが常識です。

特に選挙戦が拮抗しているほど、「騙す側」にミス/ディスインフォメーションを出す動機は強くなります。有権者が、怒りを増幅させるような感情的なコンテンツに敏感に反応する可能性が高くなります。そこに生成AIやディープフェイクの映像などが深刻な影響を及ぼすことが懸念されているのです。

その国の行方を左右する

選挙の時のファクトチェックが非常に難しいのは、まず投票日という「締め切り」が迫っているため、検証にかけられる時間が限られているのが最大の理由です。

投票日が迫ったタイミングで、ある候補の評判を落とし、瞬間的にでも投票行動に影響を与えるようなことができ得るからです。

選挙のファクトチェックが重視されるのは、国民に理性的な選択の機会を保証するためです。選挙とは次回の選挙までの数年間の、その国のありかたを左右する重要なイベントだからです。

アジアの国の中には、表向き民主主義の形を取っていても、政治体制の実態が伴っていない国もあります。そのような国で、もしも強権的なリーダーが生まれれば、基本的人権を踏みにじったり、反対派やマイノリティ、少数民族などを弾圧したりする深刻な事態が起きる恐れもあります。

短い選挙戦の期間に、ミス/ディスインフォメーションに対抗する瞬発的な能力の有無が、その国の行方を大きく左右することにもなりかねないのです。

「コラボレーション」は常識に

「大量のミス/ディスインフォメーションに対し、立ち向かうファクトチェッカーの数が決定的に足りない」という構図は、世界的に深刻さを増しています。映像や画像の情報は、言語の壁も越えて国際的に拡散しやすいという特徴もあります。

私が出たさまざまなセッションでも「コラボレーション(協力)」という言葉が数多く交わされました。部分的に競争を放棄し、協力しなければやっていけない、言論の多様性などの価値を尊重しながら、合理的に協力できる部分を編み出そうとしています。

どのミス/ディスインフォメーションを取り扱うかという優先順位などに多少の見解の相違はあっても、あるいはファクトチェックの結果発生するレーティング(例えば、FIJ=ファクトチェック・イニシアティブの推奨するレーティングはこちら)の評価が若干異なっていたとしても、可能な限り個々の記事などで調整するなどの工夫もしながら、ファクトチェックの作業を可能な限り共有し、合理化しなければならないという価値観です。

現在のファクトチェックでは「ダプリケーション(Duplication:複数のファクトチェッカーが同じミス/ディスインフォメーションを、ほぼ同じ手順でファクトチェックすること)」を最小限に食い止めようとする考え方が有力です。

ダプリケーションについては、このエキスパートの記事で私が2021年に書いた、「ファクトチェッカーのメンタルが危ない コロナで変わるファクトチェック:ふたつの国際会議から(上)」でも、考え方を取り上げています。COVID-19によって余りに多くのミス/ディスインフォメーションが飛び交ったからです。

協力から生まれる「予防接種効果」

ファクトチェッカーのコラボレーションには別の効果も指摘されました。協力して活動する場や、ファクトチェックを記録として残し、分類しておく共通のデータベースのようなものを作ることができます。

そうすると、「同じようなニセ情報に、今後騙されないようにしよう」と呼びかけることが可能になります。

ミス/ディスインフォメーションは同じもの、あるいは同じパターンが繰り返されることが多くあります。

例えば試しにグーグルで「flood(洪水) shark(サメ) highway(高速道路)」と画像検索してみると、アメリカで大雨による洪水が起きると決まってX(旧ツイッター)などに投稿される有名な画像が出てきます。(これは南の海のサメの画像と、車のサイドウィンドウから見える洪水の画像を合成したものであることがわかっています。)

車のサイドミラーが写り込む同じサメのニセ画像がウェブ上にたくさんポストされている。
車のサイドミラーが写り込む同じサメのニセ画像がウェブ上にたくさんポストされている。

あるいは、銃の乱射事件が起きると、決まって「Sam Hyde(サム・ハイド)」という人物が「犯人」だとして写真付きでソーシャルメディアを賑わすという現象が起きます。しかし彼は単なるコメディアアンです(ウィキペディアのページもあります)。

半ばミーム化している人物ですが、過去にはCNNが間違って報道するなど、誤解をしてしまう人もいるのです。

「サム・ハイド」のウィキペディアのページの部分、写っている写真がミーム化してしばしば拡散される。
「サム・ハイド」のウィキペディアのページの部分、写っている写真がミーム化してしばしば拡散される。

大規模な選挙は4年とか、一定の期間をおいて行われるため、「忘れたころに」と、同じようなミス/ディスインフォメーションが出回ります。

選挙戦が始まる前に「過去にはこんなミス/ディスインフォメーションが出回った」という情報を、あらかじめ公開し、拡散を防ぐことも可能になります。

画像や映像のミス/ディスインフォメーションに対しては、オリジナルを正確に指摘し、どのように加工されたのかを検証して説明する「デバンキング(Debunking)」という方法が用いられます。(「正体を暴く」という意味です。)

誰かが騙される前に、あらかじめデバンキングの結果を公表しておく、「プリバンキング(Prebunking)」という言葉も、いろいろな場面で耳にしました。(「pre」は「前もって」という意味の接頭辞。)ミス/ディスインフォメーションの耐性を高める「予防接種」のような機能を果たすものになるという理解です。

参加者の宿舎になったホテルのロビー(筆者撮影)
参加者の宿舎になったホテルのロビー(筆者撮影)

国境を超えた連携が進む

このようなファクトチェッカーのコラボは、一国内に限定されるわけではありません。日本語が世界で非常に特殊な言語であるため、私たちは国内だけのメディアの協力を考えがちですが、ネットワークは国境を超えて広がっています。

特に生成AIやディープフェイクなどを発見する先端テクノロジーを使いこなせる能力については、先進国と発展途上国の間では大きなギャップがあり、その不公平を埋めるために、ファクトチェッカーのコミュニティも何かするべきだという動きが出てきました。(このような動きについては、後日別の記事で紹介する予定です。)

日本のメディアも追いついていってほしいのですが、今回のイベントを見る限り、プレゼンスが高いとは言えない状況でした。

参加した日本のメディアはわずか数社、いわゆる主要な新聞やテレビからの参加は、わずか2社しかありませんでした。

日本がミス/ディスインフォメーションに強い社会をつくり、同時に先進国、民主主義の国の一員として国際的に貢献する責任を果たすためには、ファクトチェックを実践し、経験を蓄積できるメディアを増やし、このような国際的コミュニティで情報交換するような関与が、もっと必要だと思われます。

このような「ギブ・アンド・テイク」のネットワークに参加しなければ、いざという時に、他国からもスピーディーに協力を得られる関係を築くことはできないと思われるからです。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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