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発生から10日:能登半島地震報道を振り返りメディアの課題を考える(前編:テレビの速報を検証する)

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
2024年1月3日朝刊の紙面(写真:當舎慎悟/アフロ)

2024年1月1日に起きた能登半島地震で被災した方々に心からお見舞いを申し上げます。余震も続き、厳しい天候の中、救出や復旧、支援に当たられている方々に敬意を表します。

発生が元日の午後で、さらに地震が起きてから津波の到達が非常に早かったこともあり、まさに「虚を衝かれた」災害でした。自治体などだけでなく、メディアも報道の態勢を縮小していたタイミングでした。

険しい山間部の地形に加え、道路が寸断され、孤立した集落があちこちに発生、1月7日からは積雪もありました。この原稿を書いている1月11日の時点でも、未だ被害の全容の把握に時間がかかっています。

災害発生直後から七尾市や穴水町、輪島市を調査してきた研究機関の幹部の人の話を聞く機会がありました。「金沢からだけの情報ではわからない」(市町村の状況が県や政府にまで、伝わっていない)と、きめ細かな情報を集められない、もどかしさが伝わってきました。

能登半島は報道各社の取材拠点が多くありません。全国的なメディアで輪島市に記者を配置していたのは、読売新聞とNHKだけだったのではないかとみられます(未確認なので追記の可能性があります)。

経済合理性のため、各社が地方の取材拠点を減らしていた中で起きた、ニュースメディアの課題と、情報の流通を支えるソーシャルメディアなどの社会的な環境について、発災数日間の報道を振り返り、考えてみたいと思います。

テレビは役割を果たしたが

元日の午後4時過ぎから発生した一連の大きな地震の初期段階において、テレビは相応の役割を果たしたのではないかと思います。地震への警戒と津波からの避難の強い呼びかけには、一定の効果がありました。

しかし、NHKと民放の差は大きく開いてしまったと言わざるを得ません。速報に入る段取りやタイミング、あるいは伝えるアナウンサーのスキルなどの側面では大きな違いがありました。

特に民放局は石川県、富山県のローカル局の記者やカメラマンなどのスタッフ数も限られていたとみられ、被害の状況の取材や、被災現場からの中継対応などに要した時間にかなりの差が生じました。

NHKは津波避難をシンプルに訴えた

地震の発生を知らせる緊急地震速報は1月1日の午後4時6分でした。スマホのYahoo!防災速報や、アプリが速報を伝えたと同時にNHKも緊急地震速報を知らせる画面が表示され、その直後から速報番組に切り替わりました。

2024年1月1日 能登半島地震発生時のタイムライン

午後4時 6分 緊急地震速報1回目
(北陸、新潟、甲信、東北、関東、東海、近畿地方)
最大震度7の地震が発生
午後4時10分 緊急地震速報2回目
午後4時13分 津波警報発令
(新潟県上中下越、石川県能登・加賀など)
午後4時19分 緊急地震速報3回目
午後4時22分 大津波警報発令
(石川県能登で5mの予測 すでに到達か など)

その後、午後4時10分に2回目の緊急地震速報、13分に津波警報が発令されました。19分に3回目の緊急地震速報が出て、22分に大津波警報が発令されるという流れでした。

NHKはこれらの項目を即時に確実に伝えました。おそらく各放送局などから入ってきたであろうと思われるオフィスの棚などが揺れる映像などは使用せず、余震や津波に備える態勢をとったとみられます。

2回目の緊急地震速報の時には珠洲市役所の定点カメラが、街並みの中で、家屋が倒壊し土煙があがる様子をとらえていました。

津波速報が出てからは、「津波からの一刻も早い避難」を強く呼びかける放送を続けました。画面には大きく各地方の津波到達時刻が表示され続けました。

津波警報が大津波警報に変わった後は、さらに「一刻も早く避難を」というメッセージが明確なものになりました。

女性アナウンサーの力強い呼びかけが話題となりましたが、「寒いけどまず外に出て」「一度避難したらもどらないで」「高いところがなければ海からとにかく離れて」など、被災者のさまざまな事情を考慮して呼びかけのバリエーションも豊富でした。

アナウンサーだけでなく番組を支えるスタッフの準備や訓練の質をうかがわせるものでした。

「民放のハンデ」はある程度克服できたが

一方、民放各社は午後4時6分の緊急地震速報をCM中のために出さず、各地の震度だけ速報のテロップで表示したところが大部分でした。4時10分の2回目の緊急地震速報になって、CM中の局もともかく画面に表示、4時13分の津波警報の発令前後の約1分の間に相次いで、緊急放送に切り替えました。

「テレビ離れ」とはいえお正月はテレビを点けている家庭が多いこともあり、各社は人気タレントを起用したバラエティ番組などを、2時間を上回る通常より長い枠で放送していました。

そのような特別番組を中断して地震・津波に関する緊急速報を伝えるためには、一定の社内調整が必要になります。特に民放では、CMを飛ばす可能性があるスポンサーの手当などについての調整が必要という一定の「足かせ」があります。

東日本大震災の教訓から、近年は「震度7以上」とか「津波警報の発令」などの場合には、そのような社内調整を経なくても、ニュース部門の独自の判断で速報を伝えられるような態勢に変わってきているようです。

それでもお正月で人員が手薄な中で、緊急報道特別番組のスタッフを配置し、情報を整理し、社内の他の部署にも連絡して、バラエティなどの番組を差し替える手続きが必要でした。

社内調整とニュース部門の準備に要したタイムラグがNHKとの6〜7分の差として現れたとみられます。

垣間見えた訓練不足

民放の津波警報の画面には注目すべき工夫も見られました。ほとんどの社が午後4時13分の津波警報を受けて、ただちに「津波!逃げて」とか、英語で「TSUNAMI EVACUATE」などの目立つスタンプを画面に表示しました。

しかし、緊急報道の「粗」が目立っていたのも事実です。緊急地震速報では、画面に表示される地図が関東地方中心になっており、肝心の石川県が枠外になってしまっていた局がありました。

津波からの避難を促すコメントのバリエーションが少なく、同じフレーズの繰り返しで単調になったり、石川県の地名が正確に読めないため省略してしまったかのような地名の読み上げもあり、強く津波避難のメッセージが伝えられたのか心配になる場面もありました。

緊急地震速報を「スルー」してよかったのか

民放で気になったのは、午後4時19分の当日3回目の緊急地震速報が出た際に、全く情報を伝えなかったり、コメントで1回言ったきりで、画面には何も表示が出なかった所が複数あったということです。

津波から身を守ることを促すことは、あの時点で最重要であったことは言うまでもありませんが、地震の被害を受けたのは海沿いの人だけではありません。

現にこの原稿を書いている2024年1月11日の時点でも安否不明者が200人以上おり、倒壊した家屋の下敷きになっている恐れがある人も少なくないことを考えると、あの時点の緊急地震速報も、実はかなり重要だったのではないかと思われます。

当時のテレビの画面は、どの局を見ても、「石川・能登地方で震度7 大津波警報」のようなタイトルと、大津波警報が出た海岸を表示する日本全国の地図テロップ、津波の到達予想時刻の表、「津波!逃げて」などを目立つように表示したスタンプなど、画面は情報があふれていました。

大津波警報を妨げずに、どうやって緊急地震速報を表示するかは、あらかじめ工夫や準備が必要だったと思われます。緊急地震速報は番組の上から強制的に画面のほとんどを覆い隠すように表示されるパターンが一般的だからです。

そうすると、このような事態を想定して、あらかじめ画面配置に工夫を施した局と、そうでない局の格差が現れたかもしれないとも思われます。

NHKとの格差は深刻

民放はキー局(在京の局)といえども、NHKとは大きな人員配置数に差がある中で、よくがんばったのだと思います。しかし、それでも初動だけを見ても、NHKとこれだけの差がついている現状で、例えば発災から一定の時間だけでも、緊急災害報道を共通化するなどの対応は、考えてみる必要などはないのでしょうか。

災害は発生直後から一定時間は、緊急避難など命を守るための行動を促すメッセージを送り続ける必要があります。いったん津波などからは逃れた後は、被害の全容(いったい何が起きていたのか)を理解するプロセスも経る必要があります。

これらのフェーズで伝えるべきニュースでは、取材ポイントやストーリーの切口などで独自性を発揮することは求められておらず、一定の発信を確実に継続する必要があるものです。競争が入り込む余地はありません。

しかし、背景に使用すべき定点カメラの映像を適切に選択するため、カメラを共同化して設置場所を増やすとか、画面を共有するルートを確保しておくとかなどは、確実な報道のために、あらかじめ準備しておかなければならない「投資」です。

誰が見ても最重要な情報は確実に発信できる態勢を作らないと、NHKと民放の差は広がるばかりになってしまいます。民放に突きつけられた大きな課題だと思います。

(後編に続く:後編は12日午前中に公開予定です。)

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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