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ジャニーズ問題の収束にテレビや業界に覚悟はあるか?ー「納得できる解決への道筋」を考える

奥村信幸武蔵大教授/ジャーナリスト
「特別チーム」報告を受けてのNHKと民放キー局の声明文(筆者撮影)

(おことわり)私自身、テレビ局で働いていた時は編成部でも仕事をしていて、直接バラエティ番組などを担当したことはありませんでしたが、ジャニーズ事務所の圧倒的な力も、ジャニー氏の性加害のこともうっすらとは聞き、認識する立場にありました。報道にもいたのだから、そういう問題を取り上げてニュースにすべきと働きかけることもできたのに、積極的に動くこともできませんでした。ヒラ社員であったとはいえ、何もできなかったという反省や後悔は強くあります。でも、この文章では、そういうことをちょっと棚に上げて考えることをお許しいただきたいと思います。エンタメの文化を保護するとか、表現の自由を規制から守るとか、大きな問題にもつながる議論だと思われるからです。

「解決」とは何を指すのか?

ジャニーズ事務所における性加害問題について2023年8月29日に外部専門家の「再発防止特別チーム」(以下「特別チーム」)調査報告書が出ました。それに対するテレビ各局のコメントが一様に「薄い」と批判を浴び、これまで「見て見ぬふり」をしてきた過去と「逃げずに向き合え」などのコメントが飛び交っています。

ところでテレビ局が「逃げずに向き合う」とは、いったいどのような行動を取ることなのでしょうか。そもそも、ジャニーズの問題はどのような手続きを経れば「解決した」といえるのでしょうか。

9月4日に「ジャニーズ性加害問題当事者の会」(以下「当事者の会」)記者会見し、刑事告発の意向を示すとともに被害者救済のしくみなどの要請も行いました。

とにかく被害者の救済が最優先で考慮されるべきです。しかし、それが全てではありません。ジャニーズ事務所と、タレントを起用してのビジネスは、ファンや視聴者などの消費者がいて初めて成立するものです。

そうすると、「解決した」という判断は、誰に委ねるのでしょうか。テレビやラジオがどんな説明をすれば、社会は納得するでしょうか。

タレントを起用してコンテンツを制作し、ビジネスをするのは、テレビ局をはじめ、映画やネットの動画の配信会社、音楽の制作会社やフェスなどのイベントを企画する会社などですが、そのような業界の中に、ジャニー喜多川氏の問題を知りながら、関係悪化を恐れてスルーしてきた人や企業も少なからずあるはずです。その責任は、どのように考えればいいのでしょうか。

国連の人権理事会が関心を示し調査まで行った問題です。100%とはいかなくても、国際的にも納得が得られるような手続きが必要だと思われます。テレビやエンタメ業界全体の姿勢や行動が問われています。

「具体的にどうしたらいいのか?」と想像してみましょう。NHKの大河ドラマの主役を交代させるとか、民放のジャニーズタレントの冠番組を軒並み休止させるとかまで考えなくていいのでしょうか。(私が杓子定規なことを言いすぎている恐れはあります。)

しかし、そのような「ワーストケース」まで想像して、業界は覚悟を決めているのでしょうか。社会的な影響などまでシミュレーションなどしているようには、少なくとも消費者レベルでは何も手がかりがありません。

しかし、これはメディアの社会的な信用にもつながる問題です。もう少しオープンな議論があってもいいようにも思えます。

商品の「品質管理」の側面から考える

具体的に、どのような対応が必要か、「頭の体操」をしてみます。この問題は「社長が自社の商品を傷つけていた」事件とも言えます。食品などなら全品回収して検品をし直すような事態です。

現在、活躍しているジャニーズ事務所のタレントの中に、直接の性被害を受けていて名乗り出ておらず、人知れぬ心の傷を抱えていたり、事務所の友人や周辺が被害を受けたことを知って嫌悪などの感情を抱きつつ、その気持ちを封印しながら仕事をしてきたりした人はいなかったのでしょうか。全員確認してみる必要はないでしょうか。

4日の「当事者の会」の記者会見でも、「特別チーム」の23人の調査では十分ではないという意思表示がありました。

「心のケア」としてカウンセリングなどを施し、事務所側が「品質保証」を改めてしなければ「安全な商品」とは言えないと、考えなくてもいいでしょうか。仮に現在は大丈夫でも、そのような心理的な傷が将来、何らかの形で本人を苦しめるような恐れはないのでしょうか。

食品とも自動車とも違うが・・

あるいは、自動車のリコールのアナロジーで考えてみましょう。トラブルの度合いによっては、使いながら、タイミングを見て点検や修理ができます。タレントたちが、今の仕事を続けながらの対策が取れるのであれば、ビジネス的なダメージや、テレビの視聴者である一般の消費者の「がっかり」も小さくて済むかもしれません。

しかし、自動車のリコールは、無理な使い方をしなければ、重大な危険が発生しないことを、メーカーが技術的に判断し、どのような条件下であれば、一定の安全は確保できるのかについて、公表して行われるものだというのが常識的な理解だと思います。

ジャニーズの問題は、「心の問題」が大きな部分を占めています。自動車という機械とは、かなり事情が違うような気もします。

「知っていた人」の責任をどう考えるか

性加害の直接の当事者や関係者ではなくても、長期にわたって事務所に在籍しているタレントの中には、そのような性加害の実態を知りながら知らないふりをしたり、事務所の隠蔽に、直接あるいは間接的に加担したりしていた人もいるかもしれません。

そういう「道義的責任」の問題は、表沙汰になっていなければ、あるいは、その人が活躍している人気者であれば、ビジネスを優先して、不問に付しても構わないでしょうか。

タレントやアイドルという存在は、一部の人にとっては「お手本」や「生き方のロールモデル」にもなるものです。仕事仲間の先輩後輩が、人間としての尊厳を著しく傷つけられていたのに、知らないふりをしていたり、もしかすると、被害者の家族に嘘を言ったりしていたような可能性がある人を、これまでと同じように「憧れの存在」としていけるでしょうか。

「コスト」負担は誰がするのか

このようなタレントの「品質保証」は、一義的には、管理しているジャニーズ事務所の責任でなされるべきです。しかし、テレビ局などは、そのアクションを待っているだけでいいのでしょうか。「マスメディアは沈黙した」と批判されているのに・・・。

「当事者の会」の要請でも、事実究明のための委員会を運営する資金を、テレビ局などのメディアも負担すべきではないかという指摘がありました。

しかし、これだけ大規模で、ビジネス上のダメージとなる「事務所の恥」を解明するもので、しかも非常に聞き取りなどの作業が難しく、専門家の確保が困難なプロジェクトをジャニーズ事務所が主導で行っていくのは、非常に難しいのではと危惧します。

テレビ局や、音楽、エンタメ業界が協力してジャニーズのアクションを支援するとか、あるいは、もっと客観的な調査の裏付けが必要であると判断するなら、「当事者の会」の要請とは別の第三者機関を作るなどして対応するべきではないかと思います。

もし所属するタレントだけでなく、すでに退所してしまったが、過去に被害者だったり、あるいは隠蔽に協力させられたことを明かしたりしていない人などを、正確に調査するなら、カウンセリング技術に長けた人を、何人も動員し、管理しなければならなくなるでしょう。

最大の問題は費用です。かなり大規模な調査を実行し、例えば一定期間所属タレントを休ませて調査するとか、問題が見つかったら番組を降板させたり、CM契約をやめたりするような事態が発生した場合の違約金などは、莫大な金額になりそうです。あまりに高額な賠償で、調査が中途半端にとどまってしまう恐れもありそうです。

違約金などの問題だけでも、テレビ業界などが話し合って、一律で免除するなどの措置を考えるような対応が必要になってくるかもしれません。

プライバシーの保護も課題に

実施の方法も問題です。国連も納得させるようなレベルの客観性のある調査をしたという実績を残さなければなりません。

性加害の被害にしても、事務所の隠蔽協力などにしても、かなりプライベートな問題です。特に被害の実態を調査結果としてどのように公表するか(伏せるのなら、内容を保証するのは誰か)、あるいは個々のタレントについて、どこまでを公表して、国内外の納得を得るかなど、厳密にルールが決められる必要があると思われます。

それは単にジャニーズ事務所のタレントの品質保証としてだけではなく、そのような人権侵害を認識しながら放置してきた、放送やエンタメ業界が、改めて、安心できる労働環境を保障するという意味もあるからです。

将来、エンタメ業界が全体で考えなければならないような深刻な問題が発生した時のために、テレビ局や音楽制作会社、プロダクションなどの企業だけでなく、日本民間放送連盟(民放連)や日本音楽事業者協会(音事協)などの業界団体がいかに連携、協力して、一般の消費者、応援しているファンに説明ができるかというモデルケースにもなる重要な対応となるでしょう。

国に関与させるのではなく

一部の被害者たちは「救済のために、国の関与を」と主張しています。問題の解明と対策について、メディアやエンタメ業界はジャニーズ事務所の対応を待つばかりで、遅々として救済についての議論が進まないことへの、いら立ちもあると推測されます。

ジャニーズ事務所の自主的な対応は尊重されるべきですが、これまで考えてきたように、被害者の救済は、実態の解明や今後の改善策とセットで進められなければならず、もう少したくさんの人や組織が動かなければならないのではないでしょうか。

「国の関与」というのは、強制力が強く、実効性が高そうな「魔法の言葉」ですが、危険な要素も持ち合わせています。実態解明のために、何らかの公的組織に、実質的な「捜査権」が認められてしまえば、政治の介入を実質的に許す布石にもなりかねない恐れがあります。

BPOのような考え方が必要では

BPO(放送倫理・番組向上機構)という組織があります。その設立の経緯や社会の雰囲気を思い出しておいた方がいいと思います。以下、少し乱暴に説明します。

テレビやラジオには「表現の自由」がある一方、電波という有限の資源を優先的に使うこともあって、放送法で規制されてもいます。インターネットやスマホがコミュニケーションの主流になる以前には、テレビの影響力は非常に強くもありましたので、政治家にとっては、いかにテレビのニュースで取り上げてもらうか、自分の主張を紹介してもらうか、というのは自らの支持に直結する重大な問題でもありました。

1990年代に、番組のやらせ演出、ずさんな取材などが原因の、えん罪を生みかねないような事件報道、メディアスクラム取材などが大きな問題となり、規制の必要があるとの主張が政治家から活発に提起されました。

現在、議論は棚上げになっていますが、人権擁護法案や青少年有害対策基本法案なども議論されました。関心のある人は調べてもらいたいと思いますが、要するに「誰が」「どのような基準で」規制をするのかが明確でなく、規制する側(政府)の政治的な解釈の余地が非常に大きいため、議論が進められなかったと理解しています。

しかし当時は、「マスゴミ」という言葉もあったように、メディアに対する反発や嫌悪も強く、政治は規制を強化しようと、何度も働きかけてきました。

BPOは「私たちは自律の仕組みを作り、自分たちで問題を解決できます」と社会にアピールし、放送における表現の自由を守るために設立されたものだと思います。

番組に問題があれば、申し立てをすることができ、第三者の弁護士や研究者らが専門的な議論をして判断し、その勧告などに放送局は従うという仕組みです。「政府の規制をさせなくとも、社会が納得してくれる手順を自分たちで行うのだ」という説明で視聴者に味方になってもらうための仕組みだと理解していいと思います。

しかし、BPOはテレビ、ラジオのコンテンツに関する問題を扱うところで、ジャニーズ事務所という芸能プロダクションでのことは、隣接してはいるものの、扱うのは困難ではないかと思われます。

ジャニーズの問題は、テレビ、ラジオだけでなく、映画やネットのコンテンツ、音楽など、広く業界に影響が及びます。実態の解明や被害者の救済、今後の対策について、関係する会社や組織が手をこまねいているだけでは、政治に必要以上の介入を許し、表現の自由が萎縮してしまう事態が起きる恐れもありそうです。

何か業界横断的な、しかし、国や政府からは独立して問題解決を図る仕組みを作った方が良いのではないでしょうか。

アイドルは「文化的資産」でもある

ジャニーズのタレントは、業界で言うところの「数字を持っている」ので、メディアやエンタメ業界のビジネスのためになくてはならない存在でしょう。しかし、もう少し社会的な文脈や、有形無形の社会への貢献についても考えてみる作業も必要ではないかと思います。

アイドルの楽しみ方は人それぞれ、とは思いますが、ファンの中には、必ずしも楽でない生活や、思い通りにならない学業や仕事をする日常の中で、ジャニーズ(だけではありませんが)のアーティストの歌やトークなどを励みに生きている人も少なくないかもしれません。

私が教えている大学でも、共通の「推し」を持つ学生どうしがソーシャルメディアでつながって人脈を拡げたり、新型コロナでリモート授業が続き、直接の人間関係が希薄になった時期に、「一緒にライブに出かけようね」と励まし合って乗り切ったりする事例をいくつも見てきました。

アイドルは人を結びつけ、社会のネットワーク強化に貢献する存在という、公共的な役割もありそうです。

「クールジャパン」の考え方にも通じるものでもありますが、ジャニーズタレントのアジア各国での人気や影響力は強く、パブリック・ディプロマシーや日本のイメージ戦略にも活用される可能性があります。アイドルは「文化的資産」でもあります。

ジャニーズの問題での「膿(うみ)」を出し切り、自信を持って世界におすすめできるようにするのは、日本のブランディングとしても重要課題と位置づけられてもいいと思います。

しかし、今は、ジャニーズ事務所の社長交代の「先」をどうするのか、議論が全く進んでいないような気がします。

あまり考えたくはないと思いますが、まずは一番のパートナーでもあったテレビやラジオ業界が、数週間から数ヶ月にも及ぶかもしれない「ジャニーズのいない編成」を受け入れるハラをくくることが必要のような気がします。

ファンや消費者も納得し、安心して、ジャニーズのタレントを楽しめるためには、どのような手続きが必要かを厳しく探る作業を、一般の人も見える形で、そろそろ本格的に始めなければならないのではないでしょうか。

武蔵大教授/ジャーナリスト

1964年生まれ。上智大院修了。テレビ朝日で「ニュースステーション」ディレクターなどを務める。2002〜3年フルブライト・ジャーナリストプログラムでジョンズホプキンス大研究員としてイラク戦争報道等を研究。05年より立命館大へ。08年ジョージワシントン大研究員、オバマ大統領を生んだ選挙報道取材。13年より現職。2019〜20年にフルブライトでジョージワシントン大研究員。専門はジャーナリズム。ゼミではビデオジャーナリズムを指導し「ニュースの卵」 newstamago.comも運営。民放連研究員、ファクトチェック・イニシアチブ(FIJ)理事としてデジタル映像表現やニュースの信頼向上に取り組んでいる。

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