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「バーフバリ」は現代の神話だ… インド神話研究者が強く心を揺さぶられた理由

沖田瑞穂神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。
シヴァ神(写真:アフロ)

 インド神話にとって特筆すべき年、それが2018年であった。神話に題材をとったインド映画『バーフバリ』(二部構成、「伝説誕生」「王の凱旋」。2017年公開。S・S・ラージャマウリ監督)が大成功をおさめたのだ。とりわけ日本では熱狂的なファンが多くうまれた。彼ら彼女らは何十回と劇場に足を運び、「王を称え」、一斉に「バーフバリ・コール」を発した。雑誌などでも『バーフバリ』特集が組まれたこともあり、もはや社会現象といえるほどの盛り上がりであった。

 私はこの映画を観て、これは神話だ、それもインドの大叙事詩『マハーバーラタ』を土台にした現代の神話だ、と強く心を揺さぶられ、興奮したことを鮮明に覚えている。映画の実際の場面と、『マハーバーラタ』の物語が次々に自分の中でつながって、大きな意味を持って形をなしていった。

 その『バーフバリ』シリーズの完全版ブルーレイBOX & DVD BOXが、劇場公開から4年の時を経て、12月1日(水)に発売されることが決定したのだ。ファンを中心に、すでに大きな話題を呼んでいるこの機会に、あらためて『バーフバリ』のあらすじ、そして神話学から見た魅力を紹介したいと思う。

※以下、『バーフバリ』に関するネタバレが一部含まれています。未見の方はご注意ください。

 物語の舞台となるのは「マヒシュマティ王国」である。王国の実権を握るのはシヴァガミという女性だ。「王母」と呼ばれ、無能な夫を退けて国を守っている。シヴァガミには二人の王子がいる。一人は実子のバラーラデーヴァ、もう一人は前王の子であるアマレンドラ・バーフバリである。シヴァガミは実子であるバラーラデーヴァも、養い子であるアマレンドラも平等に愛情を注いで育て、将来どちらかより優れた方に王位を譲ることに決めていた。

 なお「アマレンドラ」とは分解するとサンスクリット語で「アマラ・インドラ」となり、「不死なるインドラ」という意味である。「神々の王インドラ」の名をいただいているのだ。

 そのアマレンドラの妃が「クンタラ王国」のデーヴァセーナである。デーヴァセーナはアマレンドラの妻となるつもりで、彼に連れられてマヒシュマティ王国にやって来た。しかしシヴァガミは、デーヴァセーナを実子であるバラーラデーヴァの妻とするつもりでいた。ここでシヴァガミ、アマレンドラ、デーヴァセーナの思いがぶつかる。シヴァガミに、「王国か、妻か、どちらかを選べ」と言われたアマレンドラは、デーヴァセーナを選び、その結果バラーラデーヴァが王位に就くことになった。

 アマレンドラとバラーラデーヴァという従兄弟同士の確執は、『マハーバーラタ』における主役の英雄たちの構造と同じだ。『マハーバーラタ』では「パーンダヴァ五兄弟」と呼ばれる主役の五人の王子たちと、その従兄弟にあたる「カウラヴァ百兄弟」と呼ばれる敵方の百人の王子たちが対立し、最後には戦争を行い、ほとんどが滅亡するという悲劇をたどる。

 また「運命の女」ともいえるデーヴァセーナに対応するのは、『マハーバーラタ』では女主人公のドラウパディーだ。ドラウパディーはパーンダヴァ五兄弟のすべてと結婚している、つまり一妻多夫婚という稀な結婚形態を取っている。このドラウパディーをめぐってパーンダヴァとカウラヴァが宮廷の集会場で対立し、結局パーンダヴァとドラウパディーは王宮を追われることになる。

 王宮を追われるというモチーフは、『バーフバリ』にもでてくる。デーヴァセーナがセクハラ将軍・セートゥパティの指を切り取ったために縄で手首を縛られて罪を追及されているところに、アマレンドラが現れる。そして事情を知ると、セートゥパティの首をはねてしまうのだ。これにより、二人は王宮を追放される。その時に装身具などを外していく場面があるのだが、これも『マハーバーラタ』に同様の場面がでてくる。

『バーフバリ』と『マハーバーラタ』の関連は他にも多く、深いつながりが見て取れるが、読者が本作を鑑賞する楽しみのために、私の文章はこのくらいにしておくのがよいだろう。

 本作を通じて『マハーバーラタ』の世界に興味を持たれた方には、拙著『マハーバーラタ入門』(勉誠出版、2019年)をご覧いただきたい。

神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。

1977年、神戸市生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。東海大学文学部在学中よりサンスクリット語とインド神話を学ぶ。専門はインド神話・比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』(博士論文、弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『世界の神話』(岩波ジュニア新書)、『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』(みずき書林)。監訳書に『インド神話物語 マハーバーラタ』(原書房)がある。

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