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『マハーバーラタ』の火のテーマ1――ジャナメージャヤ王の蛇供犠

沖田瑞穂神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。
キングコブラ(写真:CarteBlanche/イメージマート)

『マハーバーラタ』の隠れた主題は、「火」にあると考えられる。例えば、

・今回紹介する、ジャナメージャヤ王の蛇供犠

・アルジュナとクリシュナによるカーンダヴァ森の炎上

・大戦争の最後におけるアシュヴァッターマンによるパーンダヴァ陣営焼き討ち

・乳海攪拌神話に見られる世界炎上

・ドラウパディーの火からの誕生

などが挙げられる。

今回は、『マハーバーラタ』第一巻冒頭で語られる、蛇供犠の話を見ていきたい。

アルジュナのひ孫にあたるジャナメージャヤ王は、父が蛇にかまれて命を落としたことから、蛇の一族を恨み、蛇族を絶滅させるための蛇供犠を行った。祭火が焚かれ、その火の中に多くの蛇たちが送り込まれ、蛇の大殺戮が行われた。

そこに忽然と一人の少年が現れた。アースティーカだ。彼は蛇族のジャラトカールを母とし、父は同じ名前の聖仙ジャラトカールであった。アースティーカは高い徳を備えたバラモンで、ジャナメージャヤ王に願って蛇供犠をやめさせた。

ジャラトカールという同じ名前の夫婦は、日本神話のイザナキとイザナミのように、兄妹など近親相姦を暗示させることがある、きわめて近い関係にある。そのことによって絶大な力を持つ息子が生まれたのだと解釈できる。

この蛇供犠は、増えすぎた蛇族を減らすためにブラフマー神によって計画されたものだった。増えすぎた生類のテーマは、『マハーバーラタ』最大の通奏低音である「大地の重荷」に通じる。

また同時に、女神カドルーが、自分の命令を聞かない蛇の子供たちを呪って、このような運命にあわせたのだとも記されている。

『マハーバーラタ』の物語の中で、「火」のテーマは重要だ。アルジュナとクリシュナはカーンダヴァの森を焼いて森の生き物たちを殺した。これは単なる生き物の大殺戮に見える反面、『マハーバーラタ』の「火」という第二の通奏低音の繰り返しという意味では、欠かせない要素であった。

さらに、アシュヴァッターマンは戦争の最後にパーンダヴァの陣営に火をつけて皆殺しにした。

繰り返しあらわれる「滅亡の火」のテーマ。これは、世界の終わりに現れて世界すべてを焼く火にも通じるのだろう。滅亡の火、サンヴァルタカと呼ばれている火だ。

神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。

1977年、神戸市生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。東海大学文学部在学中よりサンスクリット語とインド神話を学ぶ。専門はインド神話・比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』(博士論文、弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『世界の神話』(岩波ジュニア新書)、『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』(みずき書林)。監訳書に『インド神話物語 マハーバーラタ』(原書房)がある。

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