サーヴィトリー物語は逆オルペウス型神話か

死神のイメージ(提供:tada/イメージマート)

インドの叙事詩『マハーバーラタ』に、「サーヴィトリー物語」という挿話がある。サーヴィトリー姫が死んだ夫の魂を死神ヤマから取り戻して生き返らせた話だ。まずはこの話を見てみよう。

サーヴィトリー物語

アシュヴァパティ王にサーヴィトリーという娘がいた。王はサーヴィトリーが年頃になると、「自分で夫を探してきなさい」と言って旅に出した。

サーヴィトリーが旅から帰ってくると、王宮ではナーラダ仙が王と語らっていた。サーヴィトリーは旅の報告をした。シャールヴァ国にデュマットセーナという王がいたが、盲目になったので近隣の王に国を奪われ、妻子と共に森へ行き、苦行を行った。その息子がサティヤヴァットで、サーヴィトリーはこの王子を夫として選んだのだ。

ナーラダ仙が言うには、この王子は徳性高く、勇猛で、容姿はアシュヴィン双神のように美しい。しかし重大な欠点があり、彼は今日から一年後に命を落とす定めであるという。王は他の夫を選びなおすよう娘に命じたが、サーヴィトリーは二度も夫を選ぶことはしないと主張し、ナーラダ仙もサティヤヴァットとの結婚を勧めた。

両者の結婚式が森で行われ、サーヴィトリーは装身具を捨てて、舅、姑と共に森の隠棲所で暮らした。彼女の心は寝ても覚めても夫の運命に悩まされ、日々は過ぎ、その時まであと四日となった。サーヴィトリーは三夜続く苦行を行い、昼も夜も立ったままでいた。そしてその日が来た。サティヤヴァットは斧を持って森へ行った。サーヴィトリーもついて行った。サティヤヴァットは薪を伐っている最中に頭痛に見舞われ、妻の膝に頭をのせて横になった。そこに、黄色い衣を纏い、冠をつけ、太陽のように輝き、赤い眼をし、輪縄を手にした美しい男が現れた。死神ヤマであった。ヤマはサティヤヴァットの体から、親指ほどの大きさの霊魂を輪縄で縛って引き抜いた。サティヤヴァットの体は死んだ。ヤマは霊魂を持って南方へ進んだ。

サーヴィトリーはついて行った。ヤマに「帰りなさい」と言われると、彼女は「私の言うことを少しだけお聞きください」と言い、「法の重要性」について説いた。サーヴィトリーの言葉に満足したヤマは、サティヤヴァットの生命を除き、願い事を叶えようと言った。サーヴィトリーは、舅が視力を取り戻すことを望み、叶えられた。

ヤマが再度引き返しなさいと言うと、サーヴィトリーは、今度は「善き人々」について説いた。満足したヤマは、サティヤヴァットの生命を除き、第二の願いを叶えようと言った。サーヴィトリーは、舅である王が自らの王国を取り戻すことを願い、叶えられた。

次にサーヴィトリーは、「善き人々の永遠の法(ダルマ)」について語った。ヤマは、サティヤヴァットの生命を除き、願いを叶えようと言い、サーヴィトリーは彼女自身の父に百人の息子ができることを望み、叶えられた。

再びサーヴィトリーは「善き人々」について語った。ヤマは、サティヤヴァットの生命を除き、第四の願いを述べよと言った。サーヴィトリーは、自分とサティヤヴァットの間に百人の息子が生まれることを望み、叶えられた。

サーヴィトリーは「善き人々」に関する言説を続けた。ついにヤマは「望みを選べ」と言った。「サティヤヴァットの生命を除く」という例外が述べられていなかったので、サーヴィトリーは夫の生命を望み、叶えられた。ヤマはサーヴィトリーとその夫に四百年の生命を約束し、去った。

サーヴィトリーは夫のもとへ戻り、二人で舅と姑の待つ隠棲所に帰り、起こったことを残らず語って聞かせた。舅は視力と王国を回復し、サティヤヴァットは皇太子となった。サーヴィトリーの父には百人の息子が授かり、彼女自身も百人の息子をもうけた。(松村一男、森雅子、沖田瑞穂編『世界女神大事典』原書房、二〇一五年、「サーヴィトリー」の項目(沖田瑞穂執筆)から引用した。)

サーヴィトリーは夫の死に直面したが、死神ヤマから夫の魂を取り戻して生き返らせることに成功している。

オルペウスとエウリュディケ

ところで、死んだ伴侶を蘇らせる話といえば、「オルペウス型」の神話が想起される。典型的なのはギリシアの神話で、楽人オルペウスが死んだ妻のエウリュディケを生き返らせようとするが失敗する、という話だ。

ムサイたちの一人カリオペから、天才的な楽人であるオルペウスが生まれた。彼が竪琴を奏でながら歌を歌うと、その霊妙な調べは、猛獣の心をも和らげ、草木をも彼に向かって靡かせたという。彼はトラケ人の王となり、美しいニンフのエウリュディケを妻としたが、そのエウリュディケはある時、毒蛇に咬まれてうら若い命を落とした。オルペウスは最愛の妻を失い、昼も夜もなく泣き崩れたが、いかにしても心が慰まれないので、ついに単身、愛用の楽器を携えて、亡き妻を取り戻すために地下の国へと赴いた。

オルペウスは死者の国の王ハデスとその妻ペルセポネの前で、亡き妻を恋慕う歌を、精魂こめて歌った。するとその調べに、ハデスとペルセポネは心を動かされ、峻厳な冥府の掟を曲げて、特別にエウリュディケを連れ帰ることを許した。しかしこれには一つ条件が付けられていた。それは、オルペウスが地下の世界を離れる前には、彼の後に付き従うエウリュディケの姿を決して見てはならないというものであった。オルペウスは喜び勇んで帰路についたが、途中で背後に妻の足音が聞こえないことに気付くと、いてもたってもいられずに、ついに禁を破って振り返ってしまった。するとエウリュディケはたちまち息絶えて倒れてしまい、オルペウスは今度こそ本当に、取り戻しかけた妻を永遠に失わなければならなかった。

逆オルペウス型神話

オルペウスは妻のエウリュディケを生き返らせようとするが、「振り返って見てはならない」という禁止を破ってしまったために、妻を失うことになった。

なお日本ではイザナキが同じように死んだ妻を蘇らせることに失敗している。

これらの「オルペウス型」の話に照らしてみると、サーヴィトリーは冥界には赴いていないものの、死んだ夫の再生に尽力し成功しているので、「オルペウス型」の一変形であると言えるだろう。

変形、としたのは、確認されているオルペウス型神話では主人公は男であることがほとんどであり、さらに妻を生き返らせることに失敗している話が圧倒的に多いためだ。サーヴィトリーは女性であることと、夫の再生を成功させたという二つの点において、オルペウス型の標準形の「反転」した形となっている。したがって「逆オルペウス型」ということができるだろう。