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人物と思想で読み解くインド叙事詩『マハーバーラタ』2:ビーマ

沖田瑞穂神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。
ヒマラヤ山(写真:アフロ)

インド叙事詩『マハーバーラタ』の人物解説、第二回目はビーマだ。主役のパーンダヴァ五兄弟の次男で、風の神ヴァーユと人間のクンティーの間に誕生した。最も原始的な武器である棍棒を持ち、その腕力を頼りに戦う。ビーマは、まさに力の化身だ。

悪魔退治

彼の力は、特に森での放浪の旅の中で発揮される。たとえば羅刹(ラークシャサ)のヒディンバを退治したときだ。ビーマは、母と兄弟たちを守るため、ヒディンバと激しく戦う。樹木を根こそぎ引き抜き、格闘した末、打ち倒す。

ビーマはヒディンバを退治したのち、ヒディンバの妹ヒディンバーに愛されて結婚する。その結婚生活は期間限定のものであったが、二人の間にはガトートカチャという勇猛な息子が誕生した。ガトートカチャはのちの大戦争で大活躍することになる。

この、女悪魔と関係を持つというところも、ビーマ自身の力の「悪魔的な強さ」に関連すると考えられる。

クベーラの庭園を荒らす

ビーマは戦いで活躍するだけではない。母と兄弟たちとの放浪の途中、家族が疲れ果てて眠ってしまうと、ビーマは彼らすべてを一人で抱えて運んだ。彼の力は身内を救うために最大限に発揮される。

また、彼は風の神ヴァーユの息子として生まれたことから、風との関連が見られる。ビーマが怒ると暴風雨のように辺りに災害が引き起こされる。

そのようなビーマの特徴を表す神話を次に紹介したい。五兄弟は妻としてドラウパディーを共有しているが、このドラウパディーの、「五色の蓮花サウガンディカが欲しい」という望みに応えるために、ビーマは単身、富神クベーラの庭園に乱入する。大騒動を引き起こしながら山を登り、目的の蓮花の咲く池を見つけるが、クベーラ配下の羅刹たちの監視があった。しかしビーマは構わず百人以上もの羅刹を殺害し、蓮花を思う存分集めた。その時、世界は異変を見せた。戦争を予告するような不気味な突風が吹き、流星が竜巻を伴いながら落ち、太陽は覆われて陰り、光は闇に隠れた。大地は揺れ動き、ほこりの雨が降った。四方は赤く染まり、獣や鳥たちは鋭い声で鳴き、何も判別できなくなった。

ただの英雄が山を登っただけではこのようなことは起こらない。ビーマは風神の神性を受け継いだ英雄であることがここに示されている。

興味深いのは、ここまで大暴れしてクベーラ配下の羅刹を殺害しても、山の主クベーラは怒らない。それほど強力なビーマの力は神々にとっても必要なものであるからだ。このことは、ギリシアの英雄でビーマと似たタイプのヘラクレスが、神々に必要とされて巨人族との戦いに参戦したことを想起させる。

妻との関係

ビーマの妻ドラウパディーは五兄弟の共通の妻だが、とくにビーマに対しては本音を打ち明けたり、悩み事を相談したりする。ただドラウパディーは五人の夫たちの中でも特にアルジュナを愛していると、原典で明言されている。ビーマは、ドラウパディーの夫であるが、同時にその強い愛は、片恋でもあるのだ。

神話学者・博士(文学)・大学非常勤講師・神話学研究所所長。

1977年、神戸市生まれ。学習院大学大学院人文科学研究科日本語日本文学専攻博士後期課程修了。博士(日本語日本文学)。東海大学文学部在学中よりサンスクリット語とインド神話を学ぶ。専門はインド神話・比較神話。著書に『マハーバーラタの神話学』(博士論文、弘文堂)、『怖い女』(原書房)、『人間の悩み、あの神様はどう答えるか』(青春文庫)、『マハーバーラタ入門』(勉誠出版)、『世界の神話』(岩波ジュニア新書)、『マハーバーラタ、聖性と戦闘と豊穣』(みずき書林)。監訳書に『インド神話物語 マハーバーラタ』(原書房)がある。

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