インド映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』にみる猿神の越境性
インド映画、「バジュランギおじさんと、小さな迷子」(カビール・カーン監督、2015年、日本公開2019年)。試写会で観たときの熱い感動を今でも鮮明に思い出す。2019年6月8日には、TAMA映画フォーラム主催の上映会でトークショーにも参加した。
映画の内容は、生まれつき声を出すことができない少女シャヒーダーが迷子になり、保護した主人公のパワン(=バジュランギ)が、彼女を故郷のパキスタンに連れて行こうとするのだが、インドとパキスタンとの間には厳しい国境が立ちはだかる。パワンはシャヒーダーを故郷に帰してやることができるのか、というものである。
映画タイトルの「バジュランギ」とは、ハヌマーンの別名バジュラングの信者のことを表わす。主人公パワンがこの名で呼ばれる。映画の中では、ハヌマーンや、ハヌマーンの主人として『ラーマーヤナ』で活躍したラーマ王子を讃える場面がでてくる。
ハヌマーンとはどういう神か
猿の神ハヌマーンの父は風神ヴァーユで、母は猿のアンジャナー。ヴァーユは、インドの古い神話、ヴェーダの神話にあらわれる風の神で、自然現象としての風を司るほかに、風の強い威力からの連想で、怪力の戦神でもあったと推測されている。日本では「風天」と呼ばれている。風の神としてのヴァーユの特徴は、ハヌマーンや、ハヌマーンの弟である『マハーバーラタ』の英雄ビーマによく引き継がれている。
ビーマとは『マハーバーラタ』の主役の五兄弟の次男であり、巨躯で怪力の戦士である。バジュランギはビーマのように、格闘にすぐれているともされている。
そもそも、『ラーマーヤナ』『マハーバーラタ』とは?
インドの神話には、「ユガ」とよばれる四つの宇宙紀がある。ブラフマー神によって世界が創造されると、クリタ・ユガという黄金時代がはじまる。次にトレーター・ユガに移り、ドゥヴァーパラ・ユガに移り、最後は暗黒時代のカリ・ユガに入り、これが終わると世界も滅ぶ。そしてまた世界は創造され、クリタ・ユガが始まる、という円環構造になっている。
このうち、二番目のトレーター・ユガのできごとで、ラーマ王子が悪魔に誘拐された妃シーターを取り戻す物語が『ラーマーヤナ』である。次のドゥヴァーパラ・ユガのできごとが『マハーバーラタ』で、クルの野で行われる大戦争の物語である。『マハーバーラタ』の英雄の一人でヴィシュヌ神の化身であるクリシュナが死ぬとカリ・ユガが始まり、現代はカリ・ユガに属するとされる。
猿神としてのハヌマーンと日本神話のサルタヒコ
『ラーマーヤナ』で活躍する猿神ハヌマーンの特徴は、「境界を越える」ことにある。彼は猿であることによって、人間と動物の中間的存在である。ハヌマーンはまた、海を越えてランカー島にわたる。これも「境界を越える」はたらきである。キーワードは「越境」であると言えそうだ。境界を越える存在としての猿神。そうすると、日本の神で猿の名を冠するサルタヒコとも比較できる。彼は天孫ホノニニギの地上への降臨を助けることで、天上と地上の境界を越えさせる役割を果たした。サルタヒコも、猿神として天界と地上を「越境」させる存在なのだ。
バジュランギは、ヒンドゥーとイスラームという宗教の境界、インドとパキスタンという国境、それぞれの「境界」を越える。それはハヌマーンやサルタヒコといった猿神の力である「越境」を背景としていると、神話学からは読むことができる。
そして映画の最後の場面にも、「道を開く」描写が何重にも表われている。その読み解きは、これから映画を観る人たちのために、控えておくことにしよう。