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子どもの安全確保とより良い交通文化の創造を目指して:交通安全ソングの民間伝承

大谷亮心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士
(写真:アフロ)

 夏休みも終わり、児童が学校に通学する機会が再び増えることで、子どもの交通事故も9月以降に増加する傾向にあります(図1)。歩行中の子どもの事故低減を目指して、9月21日(水)から9月30日(金)までの間に実施される令和4年秋の全国交通安全運動では、「(1)子供と高齢者を始めとする歩行者の安全確保」が全国重点項目の一つとして掲げられています。

図1. 歩行中の死傷事故 月別死傷者数(小学校入学前〜小学二年生)
図1. 歩行中の死傷事故 月別死傷者数(小学校入学前〜小学二年生)

出典)公益財団法人交通事故総合分析センター(ITARDA):「特集 小学一年生が登下校中に遭った死傷事故」

https://www.itarda.or.jp/contents/146/info121.pdf(2022.9.10)より 

<令和4年秋の全国交通安全運動推進要綱:内閣府>

https://www8.cao.go.jp/koutu/keihatsu/undou/r04_aki/youkou.html(2022.9.10)

 事故はいくつかの原因が複雑に絡み合って生じることから、安全を確保するには様々な対策が必要となり、子どもが関係する交通事故の低減についても複数の安全対策が求められます。

 子どもの交通安全確保のため、各所で現在行われている対策には、以下のような取り組みがあります。

◆規制および環境対策

 子どもを含む歩行者の安全確保のために、通学路や生活道路のある区域(ゾーン)の車の速度を30km/hに制限するこれまでの規制対策と併せて、ゾーン内にハンプなどの物理的デバイスを設置して環境対策を講じるゾーン30プラスが各所で行われています。ハンプとは路面を滑らかに盛り上げて、30km/h以上の速度で通過するドライバーに不快感を与えることで速度低減を促す構造物です。

 ゾーン30プラスには、①交通の流れの円滑化により、ゾーン内を通過する交通の流入を抑制または排除するゾーン周辺対策、②道路標識などによってドライバーにゾーンの入り口であることを伝達するゾーン入り口対策、③ハンプなどの設置により速度の抑制や通行禁止などの規制を行い、通過交通の抑制や排除を行うゾーン内対策といった内容が含まれます。

<ゾーン30プラス:警察庁>

https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/seibi2/kisei/zone30/zone30.html(2022.9.10)

 また、これまでの固定式のオービス(自動速度違反取締装置)に加えて、運搬可能な可搬式のオービスを通学路に設置して、登下校時間帯などのドライバーへの注意喚起や制限速度違反の取締を行う対策を行なっている地域もあります。

 上記の規制や環境的対策といったハード面の取り組みは、道路環境や交通の流れの変化を伴うため地域住民の合意が求められることや、環境的対策を講じるための財源確保といった課題を解決する必要があります。

◆子どもおよびドライバーへの教育・啓発対策

 昭和30年代以降の道路交通の急成長に伴い、交通事故死者数が1万人を超える第一次交通戦争と呼ばれる状況が発生しました。この第一次交通戦争では子どもが犠牲となるケースが多く、信号機やガードレールの設置などの規制や環境対策とともに、子どもに交通ルールやマナーを教え、適切な道路の横断方法の習得を目指す安全教育が広く行われるようになりました。

 現在の子どもを含む歩行者の安全教育では、1978年に削除された「手あげ横断」が2021年に復活し、信号機のない場所で横断しようとするときの横断の仕方として、交通の方法に関する教則の中に、「横断するときは、手を上げるなどして運転者に対して横断する意思を明確に伝えるようにしましょう」という文言が明記されました。

 この教則の改訂に伴い各所で手あげ横断が推奨されるようになり、京都府警察の「合図横断」や三重県の「ハンドサイン」といった取り組みが遂行されています。例えば、京都府警察では、道路を横断する際の手あげ横断として、ドライバーの方に手のひらを向けて、アイコンタクトを行い横断の意思を伝えることを推奨しています。

<合図横断:京都府警察>

https://news.yahoo.co.jp/byline/ohtaniakira/20210428-00235005(2022.9.10)

 また、京都府警察では、合図横断を子どもに教えるとともに、合図の受け手であるドライバーへの啓発も行なっており(図2)、子どもまたはドライバーへの個々の安全教育だけではなく、合図横断をキーワードとして、交通社会の中で重要となる適切なコミュニケーションの形成を子どもとドライバーの双方向から目指しています。

図2. 京都府警察のドライバーへの啓発資料
図2. 京都府警察のドライバーへの啓発資料

出典)京都府警察:合図横断

https://www.pref.kyoto.jp/fukei/kotu/koki_k_t/signal/teigen2021.html(2022.9.10)

◆交通安全思想の民間伝承

 上記の取り組みは、交通安全関連諸団体が主体となったトップダウン的な対策の例として、交通事故の低減に大きな役割を果たすと期待されます。

 これに加えて、家庭や地域が中心となって、交通安全の思想や事故低減のための具体的な行動が広く普及し、民間伝承のように未来へと引き継がれていくことが求められます。交通安全の思想や適切な行動が伝承されると、成熟した交通社会の実現のための土台となる交通文化の創造が可能になると考えられます。

 交通安全に関わる民間伝承の一例が長野県にあります。長野県は信号機のない横断歩道での車の停止率が日本一位ですが、歩行者が道を譲ってくれたドライバーにお礼を言うことが、ドライバーの一時停止を促しているのではないかと考えられています。地域にもよるかもしれませんが、道を譲ってくれたドライバーに対してお礼を言うといった行動が長野県で定着したのは、小学校などで自然発生的に教育されるようになったことに起因すると推測されます。

 横断歩道は歩行者優先のため、停止したドライバーにお礼を言う必要はないというのも一つの考え方ですが、より良い交通社会の実現のためには、交通事故の低減を最低限の目標として、交通参加者がお互い快適に生活できるように行動することが重要になります。また、交通の法則に関する教則の中にも、歩行者と運転者に共通の心得として、「安全、快適に通行することができるような交通環境をつくりあげるよう努めなければなりません。・・・実際の交通の場においても、自分本意でなく相手に対する思いやりの気持ちをもつて、判断し、行動することが必要です。」と記されています。さらに、茨城県警察・茨城県交通安全協会では、歩行者からドライバーへの感謝の重要性について、「優しい心」という言葉を用いて説明しています。

<横断歩行者交通事故防止対策その手で合図!止まってくれてありがとう大作戦:茨城県警察・茨城県交通安全協会>

https://www.pref.ibaraki.jp/kenkei/a02_traffic/jikoboushi/documents/teage.pdf(2022.9.10)

 長野県の歩行者のお礼のように、法令遵守だけではなく、安全かつ適切な行動や思想が広く世代を超えて受け継がれるには、先述したように、交通安全関連諸団体によるトップダウン的対策とともに、家庭や地域における民間伝承などによるボトムアップ的対策が鍵となります。

◆交通安全ソングによる安全思想と適切な行動の伝承

 家庭や地域の中で幼少期の子どもに安全思想や適切な行動を伝承するには、数え歌や言葉遊びなどのように、子どもが馴染み易い歌を利用することが有用と考えられます。

 子どもを対象にした交通安全の歌として、NHKは、例年起こる子どもの交通事故を減らしたいとのことから、「ててて!とまって!」を2022年3月にリリースし、「みんなのうた」などで放映を行いました(図3)。制作に際しては、著者も専門家として取材に協力しました。

<ててて!とまって!:NHK>

https://www.nhk.or.jp/shutoken/tetete/(2022.9.10)

https://www.nhk.or.jp/shutoken/article/002/73(2022.9.10)

図3. 交通安全ソング「ててて!とまって!」
図3. 交通安全ソング「ててて!とまって!」

 お子さんが適切な道路の横断を日常生活の中で遂行できるようになるには、「ててて!とまって!」の歌詞を覚えるだけではなく、保護者の皆さんが安全を確保した上で、実際の道路などで具体的な横断方法を繰り返し訓練することが重要になります。

「ててて!とまって!」のような交通安全ソングを用いてお子さんが基本的な道路の横断方法を習得できたら、次に交通社会人としてのふるまいを学習することが求められます。つまり、長野県の例のように、道を譲ってもらった際の相手へのお礼の気持ちを伝えることなどです。

 また、「ててて!とまって!」では、ドライバーが道を譲らない場面も含まれており、ドライバーの皆さんも横断歩道の意味を再確認して、より良い交通文化の担い手としての運転を日々心がけることが求められます。

◆より良い交通文化の創造を目指して

 これまで述べてきたように、交通事故のさらなる低減のためには、交通安全関連諸団体の取り組みが今後も重要になります。これに加えて、交通参加者一人一人がより良い交通文化の担い手となることが期待されます。交通文化の担い手としての交通社会人の育成の第一歩として、「ててて!とまって!」のような交通安全ソングが民間伝承のように各所で語り継がれることが望まれます。

 つまり、安全に関する交通文化が花開くには、地域の交通状況や一人一人のお子さんの特徴や趣味嗜好に合わせて、交通安全のお話をご家庭や地域で語り継ぐことが大事であり、その際に、交通安全ソングが橋渡しとなり、大人から子どもへと世代を超えて受け継がれ、より良い交通社会が実現されることが期待されます。

 安全で快適な交通社会の実現のための推進力となる交通文化は一朝一夕で形成されるものではありません。家庭や地域などで自然発生的に文化が形成され、知らず知らずの間に、文化の形成者である交通参加者が安全で他者に配慮した行動を遂行することが、持続的な交通安全確保のために重要と考えられます。

 より安全で快適な交通社会の実現のために、交通安全ソングなどを利用して、各所で今のうちから交通文化の種を蒔いておくことが望まれます。

心理学博士・日本交通心理学会/主幹総合交通心理士

心理学の観点から、交通事故防止に関する研究に従事。特に、交通社会における子どもの発達や、交通参加者(ドライバーや歩行者など)に対する安全教育プログラムの開発と評価に関する研究が専門。最近では、道路上の保護者の監視や見守りを対象にした研究に勤しんでいる。共著に「子どものための交通安全教育入門:心理学からのアプローチ」等がある。小さい頃からの愛読書は、「星の王子様」。

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