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【暇アノン懺悔録】「暇アノンの姫」だった40代男性(1)

小川たまかライター
A氏が10月15日に公開した謝罪文

「思想の垣根を越えた完全な社会悪だと思っています」

 男性(40代)は「暇空茜」について開口一番にこう語った。男性はもともと「暇空茜」を名乗るアカウントの信奉者で、一時期はX(旧ツイッター)上で「暇アノンの姫」と呼ばれることもあった。

 しかし今、「暇空茜」の発信を鵜呑みにしてきた過去の自分を反省し、自らが中傷してきた人々へ謝罪したいと考えているという。心境の変化は何がきっかけだったのか。そしてなぜ、誹謗中傷に駆られたのか。

 その前に2022年から続く「暇空茜」問題のこれまでについて、簡単に振り返ってみたい。

「暇空茜」問題、これまでに何があったのか

(1)「Colabo不正なし」も、誤った情報が今も拡散

 新宿の路上などで若年女性へのアウトリーチ活動を続けてきた一般社団法人Colaboの活動がネット上で槍玉に上げられ、「暇空茜」こと水原清晃氏から2回の住民監査請求が行われたのは2022年末。1回が認容されたものの、その後の監査結果で運営に不正はなかったことが明らかとなった(※1)。

 しかしその後もネット上ではColaboや代表の仁藤夢乃氏に対する悪意のある書き込みが後を絶たず、路上での活動の場で「公金チュチュー!」とネット上で繰り返された揶揄を大声で叫ぶ集団も現れた(※2)。集団の一人だった煉獄コロアキを名乗る40代のユーチューバーにはその後、接近禁止命令が出た(※3)。

 Colaboは「相談者の個人情報が守れない」として東京都から補助金を受けずに活動を行う方針を決め、今年度からは都の支援を受けていない(※4)。それにもかかわらず、「都の助成を打ち切られた」「不適正な支出があったのは事実」など誤った情報と、それに基づく印象論が相変わらず拡散され続けている(※5)。

(2)水原氏への風向きが変わった女性学者への「メス」呼ばわり

 Colaboは去年の段階で、水原氏が「10代の女の子をタコ部屋に住まわせて生活保護を受給させ、毎月一人65000円ずつ徴収している」「これ不正受給だよね」といった内容を含む発信を行ったことに対して、合計1100万円の損害賠償などを求めて訴訟を提起。現在も係争中であり、Colabo側は水原氏の法廷での本人尋問を求めている(10月16日午後に行われたColabo弁護団による記者会見で水原氏本人の人証決定がなされたと報告されたが、水原氏は「本人尋問、僕は出ないことで決まりました」とXに投稿している)。

 一方で水原氏はColaboやそれ以外の支援団体への支出が違法であったとして、東京都を被告として東京都から各団体に対し、支払った委託金の返還請求を行う義務づけを求める住民訴訟を起こし、さらにColaboの代理人を務める弁護士や報道記者などに対しても複数の訴訟を提起した。

 一時期まではネット上では水原氏への批判よりも支持の方が圧倒的に多く感じられ、水原氏のXでの投稿はたちまち拡散された。その風向きがやや変わったように感じられたのは、水原氏がウクライナ情勢についてメディア出演の多かった国際政治学者の女性をX上で「メス」呼ばわりした頃からだ(※6)。

 この頃をきっかけに軍事に関する知識に長けたクラスタの一部が水原氏に対する不信感やその知識への疑念をツイートするようになった(※7)。

 それまで水原氏は「共産党と強いつながりがあるColabo代表仁藤夢乃さん」といった言葉を繰り返し使っていたため、野党支持層や左派、あるいはフェミニスト周辺の「ナニカ」と闘っているという印象を持つ人が多かった。ネット上によくある、単純でわかりやすい対立項がそこにあったから多くの人が煽動されたと言えるかもしれない。

 しかしこの頃からその一種のわかりやすさが迷走し始めた。

(3)故・安倍元首相を支持する20代男性への集中攻撃

 さらにこの騒動の余波として、水原氏の記事に対して批判的な感想を書いた20代の男性に対して、水原氏やその信奉者たちが集団で苛烈な言葉を浴びせた。男性はいっとき、自死を考えるまでに追い詰められている。

 この男性は当初から反撃の姿勢を取っていたが、9月に入り水原氏に対して開示請求やnote記事の削除を求めて認められたことを報告。さらに、水原氏を信じて発信を行った複数のYouTuberやnote執筆者に対して開示請求を行うことを報告している(※8)。

 男性はもともと故・安倍晋三元首相の支持者であり、代理人となったColabo代理人でもある神原元弁護士とは「政治的な主張や見解が必ずしも一致しないでしょう」とnoteに綴っている。

 しかし「悪質な人権侵害への対抗に、右も左もありません」「インターネット上における誹謗中傷は社会問題や人権侵害として広く認識されており、その対策が急務であるとともに、立場に関係なく団結して立ち向かわなければならないのは明白」と続ける(※9)。

 「メス」発言がきっかけで、水原氏は結果的にそれまで敵対していなかったはずの右派の一部を遠ざける格好になったように見える。

(4)「ナニカグループ」という大きな風呂敷

 これ以外にも水原氏はこれまで、自衛隊での性暴力を告発した女性へのレッテル貼りや(※10)、故・ジャニー喜多川氏による長年の性虐待が報道されているジャニーズ事務所の擁護(※11)などを行っている。

 「ジャニーズ問題も、困難女性支援法も、最近聞かないアニメ漫画規制も/俺が動いてなかったらもっと酷かったと思うひとは応援してください/不当な攻撃で黙らせようとしてくるのは、そこに何百、何千億円の利権があるからです。/日本を食い物にしようとする利権族との戦いになってしまいました。」(/は改行)とは、2023年9月13日に投稿されたポストだ。

 水原氏がX上で言及しなければ、ジャニーズ問題などについてさらに切り込んだ報道や法改正が行われていたところ、水原氏がそれを止めたという意味に受け取れる。

 また最近では「WBPCによる計画をとおしてみるとトップが公明党で共産党が利益を与えられた手下という構図がみえてくる」 といった、荒唐無稽としか思えない内容の投稿も行っている。(「WBPC」は女性支援4団体の頭文字を取った水原氏らがよく使用する造語)

 水原氏はこれまで疑問を持つ団体や個人を「ナニカグループ」と呼び、「ナニカ」による陰謀を主張し続けてきた。しかし水原氏の説を採用すると、そのうち水原氏とそのコアな信奉者以外はすべて「ナニカグループ」に属することになってしまいそうだ。

 ちなみに筆者は水原氏から2023年1月4日の時点で「小川たまか」「もろにナニカのメンバーでわらっちまった」と言及されている。

 これについて水原氏に対し1月14日に「「ナニカ」の定義とともに、私が「ナニカ」である根拠を教えてください」と取材を申し込んだところ、「個人からの質問に回答する義務は僕にはありません。よって質問回答要求罪でブロックいたします」という回答が質問のスクリーンショットとともにX上にアップされた。この回答は何度か文面を変えて数回アップされ直したものの、結局その日中に削除された(※12)。

 水原氏が敵として「ナニカ」や「利権族」の存在を指し示し、その発信を信用する人たちがいる。「巨大な敵」と闘っているらしい「暇空茜」のストーリーは、今もXの一部で有効なようだ。

元「暇アノン」がインタビューに応じる理由

 約26万人のフォロワーを持つ水原氏に一度でも言及されることの影響力は大きく、その影響力は拡散が容易なX上で増大する。

 しかしすでに述べたように、水原氏の勢いはいっときほどではない。水原氏の支持を表明してきた政治家や著名人も徐々に離れつつあるように見える。

 「暇空劇場」が飽きられてきたからということもあるだろうし、また、水原氏が自分の信奉者さえも簡単に「ブロック」し、さらに攻撃対象にまでしてきたことも理由の一つである。

 今、かつて水原氏を信用し、水原氏に加勢する投稿を行ってきた「暇アノン」と呼ばれた人の一部が、水原氏と袂を分かち、Colaboや関係者に対して謝罪を行う動きがある。

 その一人が、「避難所」と名乗るサブアカウントで水原氏に同調し、仁藤氏らへの中傷を繰り返してきたA氏(40代)だ。A氏は自らColaboの弁護団に接触して謝罪。Colaboとの間で和解が成立した。

 Colabo側は和解の条件に、指名したライターによるA氏へのインタビューを盛り込んだ。A氏がこれを了承し、筆者とジャーナリストの安田浩一氏が都内でインタビュー取材を行うこととなった。インタビューが行われたのは9月中旬。取材には、Colabo弁護団の弁護士2名が同席した。

 A氏はまず、こう語り始めた。

「安田さんは左派・改革派の論客、小川さんはフェミニスト、私は保守です。ですが、今回に関しましては、思想の垣根を飛び越えて一致団結してなんとか防がなければいけないことだと思っております。

その前提の上で、みなさん一人の思想ではなく、子どもの頃から道徳教育などを受けた一人の人間として聞いていただければと思っております」

(2)「Colaboを叩くことでフォロワーがむちゃくちゃ増えた」に続く

【暇アノン懺悔録】「暇アノンの姫」だった40代男性(2)

【暇アノン懺悔録】「暇アノンの姫」だった40代男性(3)

【暇アノン懺悔録】「暇アノンの姫」だった40代男性(4)

【参照リンク】

(※1)女性支援団体Colaboの会計に不正はなし(2023年3月20日/藤崎剛人 現代ニホン主義の精神史的状況)

(※2)Colabo「バスカフェ」に相次ぐ妨害 活動再開も先行き不透明(2023年5月1日/毎日新聞)

(※3)自称ユーチューバーに接近禁止命令 女性支援団体へ迷惑行為ー東京地裁(2023年3月14日・時事ドットコムニュース)

(※4)都の女性支援事業行う団体 今年度は都の支援受けず活動へ(2023年6月1日/NHK首都圏NEWS WEB)

(※5)例えば、2023年9月25日に行われたはてなブックマークのコメント欄には「この団体が東京都から助成打ち切り食らった結果からしても不適正な支出があったのは事実だし、社会悪であるフェミニストは駆除しなければならないし、正直党派性以外でこんな団体擁護する理由が見当たらないんだよな」(ID:Rilke) というコメントが書き込まれ、60近くのスターを集めている。しかし一般社団法人Colaboが東京都から助成を打ち切られた事実はなく、予定通りの委託期間が満了し、Colaboは次年度の応募を行わなかっただけだ。また、一部に管理台帳の誤記などがあり約192万円の経費が認められなかったものの、それを上回る自主財源からの持ち出し金があったため返金は命じられていない。

(※6)暇空茜さんと東野篤子先生の間に起こったトラブルについて(2023年3月7日/togetter)

(※7)ミリオタにボコボコにされた暇空茜、「せんちゃ!せんちゃ!」と連呼して信者達と盛り上がる(2023年3月8日/togetter)

ニコニコ動画:暇空茜さんのスペース(2023_03_07)

(※8)「暇な空白」と称する発信者により投稿されたnote記事の削除を命じる仮処分決定のお知らせ(2023年9月22日/堀口英利)

「暇な空白」と称するnoteアカウントに係る発信者情報開示の決定に関するお知らせ(同)

など

(※9)「暇空茜」または「暇な空白」こと水原清晃に対する法的措置に係る神原元弁護士との委任契約の締結に関するお知らせ(2023年9月23日/堀口英利)

(※10)五ノ井里奈さんを叩く暇空茜とその信者達。容姿叩きも…(2023年2月4日/togetter)

五ノ井里奈氏「私の裁判についてはどこの党とも連対しません。」→暇空茜氏「認知プロファイリングしますね なんでセクハラ賠償訴訟で「党」「連帯」いやあ、偽装が下手くそ。」(2023年2月4日/togetter)

(※11)暇空氏、「ジャニーさんは無実の可能性がある」「嫌がるのを無理矢理ではなくメリット考えて耐えた人しかいないのでは」「芸能界って枕が蔓延ってんだろ」とジャニー喜多川氏を擁護(2023年7月10日/togetter)

(※12)女性支援団体「Colabo」への批判・中傷 監査結果でさらに激化(2023年1月22日/週刊金曜日)※ツイートの魚拓を掲載

ライター

ライター/主に性暴力の取材・執筆をしているフェミニストです/1980年東京都品川区生まれ/Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット大賞をいただきました⭐︎ 著書『たまたま生まれてフィメール』(平凡社)、『告発と呼ばれるものの周辺で』(亜紀書房)『「ほとんどない」ことにされている側から見た社会の話を』(タバブックス)、共著『災害と性暴力』(日本看護協会出版会)『わたしは黙らない 性暴力をなくす30の視点』(合同出版)など

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