「真面目に通学していただけで、なぜあんな目に」 日本人女性がパリで「痴漢」本を出版

『TCHIKAN』を紹介した記事

 まずはこちらのイラストを。

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 どう思いましたか? 

「何これ?」と思った? それとも「なんかウケる」と?

「痴漢だよね。でもこんなあからさまなのあり得ない」と思った人もいるかもしれない。

 でも中には「私はこういうこと、されたことある」という人もいるはず。

 通学や通勤に電車を使っていたかどうかや、あなたの性別によっても思うことは違うかもしれない。でもこれは、20年前の東京で電車通学していた女子中学生が、実際に体験していたこと。そして今も起こり続けていること。

 このイラストは20年前に中学生だった女性、佐々木くみさんが自分の体験を描いたもの。彼女は、現在は大人になってパリに住んでいる。昔から、いつか自分のこの経験を世の中に伝えたいと思っていたそうだ。

 パリで、日本で暮らしたことのある小説家、エマニュエル・アルノーさんと出会ったことで、この思いは実現に向かった。エマニュエルさんが彼女の経験を短い小説にして、出版したのだ。今年の10月のことだ。

 タイトルは「TCHIKAN」。

『TCHIKAN』の表紙
『TCHIKAN』の表紙

 「Chikan」だと、フランス語の発音では「シカン」になってしまうのだそう。この本の中で、主人公の“クミ”はこう説明している。

「私にとっては、チカンの『チ』は、フランス語で言う『蛇があなたの頭の上でシュウシュウと喉を鳴らす (Pour qui sont ces serpents qui sifflent sur vos tetes)』(※)の『ス』のようなものなのだ。何かとても不快なものの、最初に聞こえてくる部分なのだ」

 小説内で挿入される印象的なイラストは、全て佐々木くみさん本人が描いている。フランスで日本の満員電車や女子高生の制服について説明するとき、絵を描いて説明することが効率的だったから。状況をエマニュエルさんたちに説明するために描いていたイラストが、そのまま採用されることになった。

 (※)ジャン・ラシーヌ作の悲劇『アンドロマック』の一節。「ス(無音)」の発音が、恐怖や不快感を増大させる効果を持っていると言われている。

■「あなたも悪いのよ、わかってる?」

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 日本特有と言われる「殺人的ラッシュ」のことも、彼女のイラストがあるとわかりやすい。

 小説の内容を少し紹介しよう。主人公は女子中学生のクミ。以下に書く性暴力被害やその後のことについては、くみさんの体験そのままが採用されている。

 クミは山手線で中高一貫の私立女子校に通っている。初めて痴漢に遭ったのは、中学校に入学して最初の定期テストの日だった。朝の7時半頃、ラッシュの電車内。周囲はスーツを着たサラリーマンばかり。

 正面に立ったサラリーマンが、ポーチのようなものを持った片手の親指を立て、クミの胸元あたりをつつくように当てた。はじめ、クミはそれがわざとなのかそうではないのかわからずに戸惑ったが、しばらくして彼は襟首から服の中に手を入れようとした。そしてそれが無理だとわかると、背中やお尻を触り続けた。クミがパニックになっている7分か8分間、その行為は続き、そのサラリーマンが電車を降りるまで終わらなかった。

 男性は身長140センチほどのクミに覆いかぶさるようにしていたが、周囲の人は誰も気付かなかった。小説や漫画ではしばしば、ちょっとした偶然やヒーローの存在が女性を助けるけれど、クミにはそんなことは一度も起こらなかった。高校を卒業するまで、クミは被害に遭い続けた。大学に入ってからも何度かあったけれど、制服を着ていたときほどはなくなった。

 クミは誰にも相談しなかったわけではない。

 最初に被害に遭った日、帰宅してすぐにそれを打ち明けた。冷静を装って。でもクミの母親は、驚いてこう言った。

「あなたも悪いのよ、わかってる? 大体、あなたは不用心だから……(以下、続く)」

 クミは母親を嫌っていないし、むしろ仲が良いという。でも、この後何度被害に遭っても、それを家庭で話すことはなくなった。学校の教師も、「まぁ……」と言うだけだった。警察に相談しに行こうと言ったり、パトロールを強化するようにお願いしてくれる大人はいなかった。

 友達とは痴漢の話をすることがあった。同級生のスカートが白く汚されたこともある。同じクラスのほとんどに被害経験があり、それは多くの場合「わざと触られたかどうかわからない」というような曖昧な行為ではなかったが、聞いた大人は眉をひそめるだけ。それが「日常」だったから、彼女たちは何もなかったかのようにやり過ごすことを覚えなければならなかった。

 週刊誌には中学生や高校生が援助交際をしているという内容の記事が載り、ときには中吊り広告で見かけることもあった。スカートの長い中学生だったクミも、住宅街で突然中年男性から「君のパパになりたいんだよ」と声をかけられたことがあった。痴漢被害と援助交際は一見別のものだが、成人男性が子どもを当たり前のように性的な対象と見なしていることについては同じだ 。彼らはまるで、すべての女子中高生が“援助”を望んでいると思い込んでいるかのように、クミに声をかけた。

■「自分を傷つけるといつも安心した」

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 ある土曜日の朝、目を覚ましたクミはベッドの中で小さく体を震わせる。

「一粒の涙が頬をつたって流れ落ちるのを感じた。次は一体何が起きるのだろうか?」

「山手線で起こるすべてのことは、(母が言うように)私が悪いのだろうか?」

「私はかわいくないので、少しでもきれいになろうと努力していた。これなのだろうか、私の間違いというのは? 私が外見に気をつかったから私は罰せられたのだろうか?」

※原文を翻訳したもの

 その考えを心の中で否定しつつも、彼女は苦悩する。少なくない数の痴漢が結婚指輪をつけていることも、純愛小説でしか恋愛を知らない少女の混乱を深くさせた。

「もう、次はないだろう」

「なぜなら今、私は、これらすべてへの唯一の解決方法を知っているからだ。解決方法は、自殺することだ。そうすれば、すべてが解決する」

「実のところ、私を最も惹きつけた方法は、電車に飛び込むのではなく、血管を切るものだった」

「短い小さな切り口を私の腕に入れる。私は痛いとすら感じなかった」

「そんな風に自分を傷つけるといつも、私は安心した。こうすることで、私は自分が望むときにいつでも、そんなに問題なく自殺できる、と思えるのだ」

※同

■「社会の不条理と呼ぶにはあまりにも酷な現状」

 ここで、この記事を書いている私が佐々木くみさんと出会ったきっかけについて書いておきたい。

 私は2015年の1月に、自分のブログで高校生の頃の痴漢被害について書いた。それまでもライターとしていろいろな取材をしてきたが、2015年からは特に性暴力をメインテーマにしている。

 私の記事を読んで、パリからメールを送ってくれたのが佐々木くみさんだ。彼女から最初のメールが来たのは2015年の12月。そのメールには、10代の頃に毎日のように痴漢被害に遭っていたことが書いてあった。当時から大きな社会問題と認識して現状を変えたいと思っていたものの、20年近く経っても当時感じていた社会に対する不信が根強く、感情の整理がつけられないこと。

 真面目に通学していただけで、なぜあんな目に遭ったのか。「社会の不条理というにはあまりにも酷」、訴えていきたいけれど、この件に関してはなかなか安定した精神状態にはなれない。そんなことも。

 こんな気持ちを抱えていたのは、恐らく彼女や私だけではないだろう。

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 クミは、中学生の頃、電車の中の男性たちはなぜ晴れた日でも傘を持っているのだろうと疑問を持っていた。私も小学校高学年で性被害に遭ったとき、履いていたキュロットをめくりあげられた後でお尻に突き当てられたものを「折りたたみ傘だろうか」と思った。「傘だと思った」話は、他の女性からも聞いたことがある。性的な知識を持たない年齢の子どもが狙われることは、別に珍しいことではない。

 「電車内の痴漢撲滅に向けた取組みに関する報告書」(平成23年/警察庁)によれば、平成22年1月・4月・9月に首都圏で行われた痴漢取り締まり強化期間(計25日間/検挙数161件)では、被害者のうち15~19歳が49.7%。14歳以下(2.5%)を合わせると半数を超える。「職業」では高校生が最も多く36%を占める。そして被疑者のうち61.3%が「会社員」とある。また、同報告書内にあるインターネット調査によれば、被害に遭った女性のうち被害を警察へ相談・通報した人は10人に1人。

■痴漢は「ちょっとしたおさわり」ではない

 くみさんによれば、フランスでも公共交通機関での性暴力はあると言う。彼女とエマニュエルさんが最初に企画を打診した女性の編集者からは、「自分も子どもの頃に被害に遭い、思い出したくないことだから」と断られた。原稿を見せた何人かの男女からも、「自分も被害に遭ったことがある」と反応があったそうだ。

フランスの交通機関内で貼られた性暴力に関するポスター(佐々木くみさん提供)
フランスの交通機関内で貼られた性暴力に関するポスター(佐々木くみさん提供)

 ただ、フランスでは「痴漢」のような言葉はなく、「公共交通機関での性暴力」というような言葉で表現される。くみさんの本のタイトルが「TCHIKAN」だったのも、それが理由の一つだ。

 これは私の意見だが、日本に「痴漢」という表現があることが、問題を少しややこしくしている。被害の実態を知らない人は、「チカン」という言葉の軽い響きから、その問題の深刻さや悲惨さを想像しない。「痴漢」を性暴力だと認識していない人もいる。

 くみさんは言う。

「本を読んだ私の弟は驚いていました。彼は、“痴漢”って服の上から一瞬なでられるくらいのことだと思っていたから」

 痴漢は「いたずら」や「ちょっとしたおさわり」ではなく、性暴力だ。

 ちなみにちょうどこの原稿を書いている途中に、私のツイッターにはこんな内容のリプライが寄せられた。

「痴漢ではなく、おしりチェックと考えたら楽になるのでは? おしりチェックされるのは女だと見られてることだと思って」(一部要約)

 もちろん痴漢は「お尻チェック」ではないし、これが面白い冗談だと思っているなら、とてもセンスが悪い。

参考記事:痴漢に遭った被害者が知る実態と、世間でイメージされる痴漢は全然違う(WEZZY)

■「本当に逃げ場がなかった」

 東京に一時帰国していたくみさんと会ったとき、彼女はこう言った。

「高橋まつりさんの件がありましたよね。自殺した彼女に、『どうして会社を辞めなかったの? 他にも生き方があるじゃない』って言う人がいたけれど、私は彼女の気持ちが理解できた。中高生の頃の経験があったから」

 彼女の場合、中高生の頃の日常は学校と家の往復だった。日常の中で出会うのは家族か、学校の友達か先生か、もしくは性犯罪の加害者。

「世界が狭かった。そこに痴漢という問題があって、身近な人に理解を得られなかったときに、本当に逃げ場がなかった」

 大人になれば世界は少し広がる。しかし長時間労働が、その視野を奪うことがある。

「余暇がなくて、会社以外の人と頻繁に会えるような環境じゃない。そこでは考えがどんどん狭められてしまう」

 これは被害者に限った話ではないかもしれない。『TCHIKAN』の中には、クミが痴漢の加害者の日常を推測する、こんな文章もある。

「7日のうち5~6日、彼らは会社で朝9時から夜10~11時まで、あるいはさらに遅くまで働く」

「彼らが日常的に自由な唯一の瞬間は、家から職場へ往復する間、ちょうど電車の中」

「この往復の間に、奇跡が起こる! 満員電車の中で、誰も何が起こっているかまったく気づかないように見えるため、匿名性が付与されるだけでなく、罰せられない状況で、彼らの目の前に純真無垢で壊れやすい女子中学生の新鮮な肉体が提供される」

※同

 性暴力を行う人に同情的なことを書くつもりはないが、痴漢行為は「依存症」であり、原因はストレスにあると指摘する加害臨床の専門家もいる(※)。ストレスを溜めた大人がうっぷんを晴らすために子どもに危害を加え、逃げ場をなくした子どもが自殺を考える。電車内での痴漢行為は、家庭内での児童虐待と同じ構造にあるようにも感じる。

(※)参考:「性犯罪者は“マジック”で自己正当化する」 加害者臨床から見た“男が痴漢になる理由”

佐々木くみさん。シャルリー・エブドからも取材を受けた
佐々木くみさん。シャルリー・エブドからも取材を受けた

 彼女は初め、出版にあたって顔を公開することを考えていなかった。しかし、本が広く知られるためのプロモーションの一環と説得されて、最近は仏メディアの取材に顔出しで応えている。これまでインタビューを受けたりイベントで話してきたが、少なくとも今までフランスでは二次被害には遭っていないそうだ。※二次被害…性暴力などの被害にあった人が、それを打ち明けたときに無理解や偏見から来る言動で傷つけられること。

■被害者が責められる“文化”、どこにでもある

 エマニュエルさんがこれまで書いてきた小説は、「多かれ少なかれ自分自身が経験した出来事」だったという。

くみさんの体験を小説にしたエマニュエル・アルノーさん。1979年生まれ。
くみさんの体験を小説にしたエマニュエル・アルノーさん。1979年生まれ。

「ただ、くみの話は私を仰天させたので、私はそのことを伝えたかった。私は、この話がフランスやほかの国々で周知されることは有用なのではないかと感じました」

 性暴力において被害者が責められたり、性暴力に遭うことが「恥」だと思われたりする文化について、「残念ながら驚かない。この種の『文化』は、とても多くの国、とても多くの社会に見ることができる」とも。

 そして性暴力をなくすために重要なことについては、こう言う。

「もっとも重要なことは、子ども時代や思春期の頃に、男性たちが受ける教育のような気がします。なぜならこの時期に、女性に対しての『考え方』が作り上げられるから。父親たちは、彼らの息子たちが受ける教育に注意しなくてはならない」

 10月にこの本がフランスで発売された後、発売を記念する小さなイベントも開かれた。すでにいくつかのレビューもインターネット上に掲載されている。

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■「現状を、どうにかして変えたい」

 小説の中でクミは自殺しようとする。中高生の頃のくみさんも、実際に自殺を考えた。

 もし同じように考えている子どもが今いるとしたら。そんな問いに、くみさんはこう答える。

「環境が変われば被害に遭わなくなるかもしれない。でも理想を言えば、その子たちはそもそも被害を受けて苦しむ必要はないはずなのに、状況は変わっていないので、そう言ってあげられないのがつらい」

 くみさんは大人になってフランスに渡り、自分の望む仕事に就いている。「あのとき自殺しなくて良かった」と思っている。けれど、くみさんが言いたいのは、「我慢して大人になれば、それは終わるし明るい未来が待っているかもしれない。だから耐えて」ということではない。問題は現状を見過ごしている大人たちにある。

「すごく被害に遭う人もいるし、そうでもない人もいる。通学路が少し違えば被害に遭う回数が減ることもあると思う。声を上げづらい状況の背景には、問題が一律ではないこともあると思う。

でも、言っていかないとなくならないし、終わらないし何の解決にもならないと思ったから私は現実を伝えるための手段として本を出した」

 彼女が最後に言った言葉は、私の気持ちと同じだ。

「現状を、どうにかして変えたい」

 彼女の本に驚いたり、「そんな被害なんてない」と否定する人がいれば、彼女が出版した意味はあるだろう。なぜなら一部の人にしか見えていなかった現実を、この本で知った人がいるからだ。

 くみさんは今、『TCHIKAN』の日本での出版先を探している。