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最大高度20kmならむしろPAC-3で迎撃しやすい楽な目標

JSF軍事/生き物ライター
日本防衛省の資料よりPAC-3とPAC-3MSEの迎撃範囲のイメージ図

 北朝鮮が2022年1月27日に発射したイスカンデル短距離弾道ミサイルは韓国軍の観測で水平距離190km最大高度20kmでした。過去の北朝鮮版イスカンデルは水平距離800km最大高度60kmが最長記録(2021年9月15日、鉄道発射式)なので、今回は非常に短く低く飛んでいることが分かります。特に高度20kmは北朝鮮が発射した弾道ミサイルの中では最も低い記録になります。

 これを受けて一部の日韓の報道では「探知や迎撃が難しくなる可能性がある」「迎撃網を無力化する意図がこの試験発射からうかがい知ることができる」という分析が出ていますが、しかしそれは間違った考え方になるでしょう。

 何故ならPAC-3迎撃ミサイルの迎撃可能高度は高度22km以下なので、最大高度20kmという弾道ミサイルの飛び方は全飛行領域がPAC-3の得意とする迎撃範囲に収まってしまうからです。通常、PAC-3は弾道ミサイルが地表に突入する寸前を迎え撃つ終末段階での防御用です。しかし敵弾道ミサイルが最大高度20kmでそれ以下の高度を飛んでくるならば、飛行コース付近に防空システムが配備されていれば、中間飛行段階であっても迎撃が可能になります。

 滑空が可能な機動式弾道ミサイルや極超音速兵器は、普通の弾道ミサイルよりも飛行高度が低いから迎撃し難いのですが、低ければ低いほど迎撃し難いという話ではありません。大気圏外迎撃ミサイル(高度約70km以上)と大気圏内迎撃ミサイル(高度約25km以下)が対応していない高度25~70kmの辺りの「宇宙と大気の狭間」を飛んで来るから手を出し難いのです。つまり機動式弾道ミサイルや極超音速兵器が高度20km以下を飛んで来たら大気圏内迎撃ミサイルの迎撃機会が大きく増えてしまいます。低過ぎたら迎撃しやすくなるのです。

 この高度25~70kmの辺りの「宇宙と大気の狭間」を機動できる新型迎撃ミサイル「GPI」をアメリカ軍が開発中ですが、これが登場するまではこの領域は基本的に既存の迎撃ミサイルでは手が出せません。(※THAADは高度40~150kmを機動可能)

参考:極超音速兵器対応手段GPI(滑空段階迎撃ミサイル)

弾道の略図。高度25~70kmの間は既存の迎撃ミサイルでは手が出せない(筆者作図)
弾道の略図。高度25~70kmの間は既存の迎撃ミサイルでは手が出せない(筆者作図)

 探知についても、高度20kmは弾道ミサイルとしては非常に低い高度ですが航空機や巡航ミサイルに比べるとかなり高い高度です。近い位置にある地上レーダーからは丸見えになるでしょう。遠い位置にある地上レーダーからならば地球の丸みの陰に隠れて見えなくなりますが、そもそも射程190kmしかないミサイルが相手ならば付近に置かれた防空システムが相手をすることになるので、遠い場所にある地上レーダーが捉えられなくてもあまり問題になりません。

◎外部記事参考:North Korea’s Short-Range Ballistic Missiles: They Can’t “Evade Detection” and Are Still Vulnerable to Interception | 38 North (北朝鮮の短距離弾道ミサイル:「探知を回避」できず、依然として迎撃に対して脆弱である | 38ノース)

 北朝鮮が2022年1月27日に発射したイスカンデル短距離弾道ミサイルが最大飛行性能時よりもかなり短い水平距離190km最大高度20kmだったのは、ミサイルとは常に最大射程で発射されるわけではないということを示しているだけではないでしょうか。

 実戦での状況次第でごく近距離の目標を狙わなければならない場合があり、その場合は最適な飛行高度を選べないこともあり得ます。発射試験や訓練でそのような状況を想定していたと考えれば、別に「探知や迎撃が難しくなる」「迎撃網を無力化する意図」などではないと理解することができます。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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