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真鍋淑郎博士のノーベル物理学賞となった確度の高い地球温暖化予測のための大気海洋結合モデル

饒村曜気象予報士
真鍋淑郎(写真:ロイター/アフロ)

ノーベル物理学賞

 今年、令和3年(2021年)のノーベル物理学賞が、アメリカ・プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士(90)に決まりました。

 日本の歴代ノーベル賞受賞者は28人目、物理学では12人目となります。

 ノーベル物理学賞は、同じ物理学といっても、気象の分野からはでにくいものと思っていましたから、びっくりしたというのがニュースを聞いた第一印象です。

 と同時に、時代をかなり先取りした研究を行い、今となっては当たり前となっている地球温暖化のことを研究し、多くの研究者に影響を与えたということで、ノーベル物理学賞をとるなら、真鍋博士しかいないとも思いました。

 大気中の二酸化炭素が増えると、地球温暖化が進むということを定量的に予測し、発表したのが、今から60年度ほど前です。

 筆者が小学生の頃で、当然のことながら、全く知らない世界でした。

 気象庁に入って、真鍋博士の「地球温暖化が二酸化炭素によって進行する」という業績と、それを解明するために大気と海洋を一緒にして考えるという大気海洋結合モデルのことを知ったのは、平成2年(1990年)のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の最初の報告書である、第一次報告書を作成している時です。

 筆者は気象庁企画課で一番の若手でしたが、同僚が、真鍋先生など、世界のトップレベルの科学者が、現在起こっている異常気象の解明を、厳密に検証している作業を、まのあたりにしました。

 当時は、地球の気温が過去100年間に上昇していることはわかっていても、気候変化の時期や規模、今後どうなるかについては、諸説ありました。

 今は暖かくなっているが、今後は寒冷化に転じるのではないかという意見もありました。

 第一次報告書では、人為的影響がはっきり評価されておらず、「人間活動によって二酸化炭素などの温室効果ガスの大気中の濃度が増えており、地球上の温室効果が増大している」という表現にとどまっています。

 真鍋先生の研究がすべての研究者から支持されていたわけではありませんが、真理を探究するための手段とした大気海洋結合モデルは注目を集めました。

 そして、真壁先生の大気海洋結合モデルを用いた研究は、次第に多くの研究者の支持を集め、5年後の平成7年(1995年)の第二次報告書では「人間の影響で地球温暖化がおこりつつある」とまとめられています。

 さらに6年後の平成13年(2001年)の第三次報告書では、「過去50年間に観測された温暖化のほとんどが人間活動によるものであるという、新たな、かつより強力な証拠が得られた」とさらに踏み込んでいます。

 今年、令和3年(2021年)8月には第六次報告書の第1部が発表となり、令和4年(2022年)2月と3月には、第2部、第3部も発表が予定されています(図1)。

図1 世界平均気温(年平均)の変化(IPCC第六次報告書より)
図1 世界平均気温(年平均)の変化(IPCC第六次報告書より)

 第六次報告書では、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と、さらに温暖化の要因は人間活動であると断言しています。

 IPCCの報告書は、より詳細に、より具体的な対策を盛り込んだものに代わっています。

 その最初の立ち上がりにおいて、重要な役割をしたのは真鍋先生の研究で、その研究の根幹にあるのは、大気海洋結合モデルです。

大気海洋結合モデル

 地球表面の約7割を覆う海は、熱や水蒸気の供給源として、地球規模の大気の循環や気候の形成などに大きな影響を与えていると考えられています。

 また、海も大気の運動によって海面が動かされる等の大きな影響を受けています。

 「鶏と卵ではどちらが先に生まれたのか」という問題と同じく、大気が海に影響を与えるとともに、海も大気に影響を与えています。

 海面水温が高いと台風が発達する、というのは台風が接近するたびに報道されていますので、海が大気の運動に影響を与えるということはよく知られていると思います。

 同時に、台風の風は海面をかき混ぜることで、深いところにある冷たい水が上昇し、海面水温が下がるという現象がおきます。

 大気が海に影響を与えているのです。

 台風は局地的で、一時的な現象ですが、海と大気の相互作用は、期間が長くなればなるほど大きく作用します。

 このため、季節予報や気候変動の研究では、真鍋先生が始めた、大気海洋結合モデルという、大気モデル(大気の動き)と海洋モデル(海洋の動き)を結合し、大気と海洋間のエネルギー・運動量交換を考慮し、大気と海洋を一体として予測する「大気海洋結合モデル」が利用されています(図2)。

図2 大気海洋結合モデル
図2 大気海洋結合モデル

 東部太平洋赤道域の海面水温と大気の運動が関係しているエルニーニョ現象では、海面水温と大気の運動の間の相互作用が重要であり、気象庁ではスーパーコンピュータを用いて、真鍋先生の作った大気海洋結合モデルを発展させ、7か月先までの予測をしています。

 地球温暖化の問題では、エルニーニョよりももっと長い期間の相互作用ですので、大気海洋結合モデルは、より不可欠になります。

 ノーベル賞が決まった直後から、テレビ各局は過去の真鍋先生のインタビューを流しています。

 その中で、つぎのようなものがあります。

海をいれたおかげで、いろいろ面白いことが出た。

この研究で分かったことは南極周回という流れで、南半球では、海面近くの熱を深海に運んでくれるので、温暖化は大きくならないが、北半球では緯度が高くなるほど温暖化が大きくなる。

 海洋には、1000~2000年かけて地球を一周する流れがあり、海面近くの熱を深海に運んでいますので、これも含めて考えないと地球温暖化の予測はできません(図3)。

図3 深層循環
図3 深層循環

 ただ、大気海洋結合モデルは、最新鋭のスーパーコンピュータを用いても十分行えないほどの大変な計算量を必要とする方法です。

 真鍋先生がアメリカで研究を始めたころは、アメリカの最新鋭の計算機であっても、現在のスマホより計算能力は劣っていました。

 大気と海洋を結合するにしても、ポイントを絞り、少ない計算資源でどう成果を出すかということに優れた能力があった人と思います。

 真鍋先生の業績は、あたりまえすぎて意識しない段階まで普及していますし、今後も、それを受けた人類への多大な貢献をする研究が進んでゆくものと思います。

図1の出典:気象庁ホームページ。

図2、図3の出典:饒村曜(平成26年(2014年))、天気と気候100、オーム社。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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