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キャンデーズがきっかけ 気象庁の「春一番」の情報

饒村曜気象予報士
関東に「春一番」 都心で気温20度を記録(平成23年2月25日)(写真:アフロ)

春は嵐の季節

 春は日本付近で低気圧が急速に発達します。

 冬の特徴である北からの寒気が残っているところに、夏の特徴である暖気が入るなど、条件が重なるからです。

 2月3日は、日本海に低気圧が入って急速に発達する見込みです(図1)。

図1 予想天気図(2月3日21時の予想)
図1 予想天気図(2月3日21時の予想)

 低気圧が日本海で急速に発達すると、低気圧に向かって暖かい湿った南風が吹き、太平洋側では暖かい湿った南風と強い雨に、日本海側では気温が上昇して雪崩や融雪洪水がおきますので、警戒が必要です(図2)。

図2 雨と風向・風速の予報(2月3日21時の予想)
図2 雨と風向・風速の予報(2月3日21時の予想)

 春になって最初に吹く強い南風を「春一番」といいますが、今回の低気圧が「春一番」になるかは微妙です。

「春一番」の語源

 「春一番」の語源については諸説ありますが、「長崎県壱岐郡郷ノ浦町(現・壱岐市)で安政6年(1859年)2月13日に五島近海での海難で53名が死亡したときに言われた」というのが定説になっています。

 気象関係者の間で使われ出したのは、昭和31年(1956年)2月7日の日本気象協会の天気図日記からと言われています。

 そして、マスコミに取り上げられたのは、昭和37年(1962年)の「春一番」からです。

 昭和37年2月11日の朝日新聞夕刊では「…地方の漁師達は春一番という…」、同日の毎日新聞夕刊では「…俗に春一番と呼び…」と、各紙で取り上げられていますので、このとき、気象庁天気相談所が新聞記者に説明をしていたのかもしれません。

 しかし、「春一番」が一躍有名になったのは、昭和51年(1976年)のヒット曲からです。

キャンディーズ

 昭和51年(1976年)3月にリリースされたアイドルグループ・キャンディーズの9枚目のシングル「春一番」は大ヒットしました。

 「雪がとけて川になって流れ、風が吹いて暖かさを運んできた」という歌のイメージは、当初の海難を引き起こす危険なイメージの「春一番」とは別の側面ですが、「春一番」という言葉を浸透させました。

 そして、気象庁には「春一番」の問い合わせが殺到するようになり、気象庁は春一番の定義を決め、昭和26年(1951年)まで遡って春一番が吹いた日を特定し、平年値を作り、「春一番の情報」を発表せざるをえなくなっています。

 というより、春一番という言葉が浸透したことを利用し、防災情報の充実をはかっています。

 ヒット曲が気象庁の業務を変えたのです。

春一番の定義

 春一番の基準は地方により異なりますが、立春(今年は2月4日)から春分(今年は3月21日)までの間に日本海で低気圧が発達し、南寄りの風が強く吹いて気温が上昇することが目安です(表)。

表 各地の春一番の発表基準
表 各地の春一番の発表基準

 なお、北日本と沖縄は春一番が吹きませんので発表基準はありません。

 また、春一番が吹きにくく、吹かない年も多い九州南部の定義は、他の地方と違って、気温が高くなるという条件は入っていません。

平成30年(2018年)の春一番

 昨年、平成30年(2018年)の春一番は、例年の春一番と違っていました。

 全国トップの春一番は九州北部、中国、北陸地方の2月14日でした。

 日本海を低気圧が発達しながら通過したため、低気圧に向かって金沢市の最大瞬間風速が毎秒16.9メートルなどの南よりの強い風が吹き、最高気温も前日より3~9度上がって3月並みの陽気になったからです。

 特に北陸地方は、前日まで雪が降り続いていましたので、急激な季節変化でした。

 北陸・中国・九州北部地方以外では、南よりの風が弱かったために春一番が見送られました。

 関東地方や東海地方で春一番が吹いたのは3月1日で、近畿・四国地方の3月2日より先でした。近畿地方が東海地方より遅く春一番となったのは、平成10年(1998年)以来、20年ぶりでした。

 しかも、関東地方の春一番は、厳密には基準を満たしていないおまけの春一番でした。

 気象庁は平成30年(2018年)3月2日昼前に、前日の1日に関東地方で春一番が吹いたと発表しました。

 日本海の発達中の低気圧と本州の南岸で発生した低気圧により、最大瞬間風速は東京都心で15.7メートル、千葉で21.5メートル、横浜で20.6メートルなど、南寄りの風が強まってきたこと、気温は東京都心で20.3度など、関東各地で上昇したことからの発表です。

 3月1日の場合は、関東地方の基準のうち、立春から春分の間、日本海に低気圧、東京(東京都心)で東南東から西南西の風、前日より気温が高いという春一番の4つの条件は満たしていますが、東京都心の最大風速は7.7メートルと、平均風速が8メートル以上という基準は満たしていません。

 関東南岸の海辺にある千葉市や横浜市では午前中から平均風速が8メートル以上の風が吹いていますので、総合判断での春一番の発表であり、翌日になってから遡って発表した原因の一つではないかと思っています。

季節が早く進んだことで悩む春一番

 今年、平成31年(2019年)の「春一番」も、これを発表する気象庁の予報官を悩ませそうです。

 それは、日本海に低気圧が入って発達するのが2月3日夜から4日朝にかけてになりそうだからです。

 低気圧に向かって強い南風が入り、気温が上昇しても、立春の2月4日になってからであれば「春一番」、日付けがかわる前の3日に終わっていれば「春一番」ではないからです。

 多くの年は、立春の頃はシベリアからの高気圧の張り出しが強く、西高東低の冬型の気圧配置となって、日本海まで低気圧が入ってきませんので、このようなことはおきません。

 このような予報官の悩みがおきるのは、今年は季節が早く進んでいることの裏返しです。

 なお、「春一番」の後は、西高東低の冬型の気圧配置となって寒くなるのが常ですが、今年も寒くなります。

 今年の季節変化も、例年とは違うようですので、安全で快適な生活をするため、最新の気象情報の入手に努めてください。

図1の出典:気象庁ホームページ。

図2の出典:ウェザーマップ提供。

表の出典:気象庁ホームページをもとに著者作成。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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