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青葉を濡らす「せいう」 同音に多くの意味の気象用語

饒村曜気象予報士
国語辞典(ペイレスイメージズ/アフロ)

 5月になると、木々の若葉が成長し、青葉と呼ばれるようになります。この青葉を濡らす雨が「青雨(せいう)」です。

梅雨入り前らしくない天気

 寒冷前線の南下で、週末は広い範囲で青葉を濡らす青雨の予報です(図1)。

図1 予想天気図(5月19日9時の予報)
図1 予想天気図(5月19日9時の予報)

 梅雨が近づくと日本の南海上できた前線が、ときおり北上してきて東日本から西日本に梅雨のような雨や曇りの天気が続くことがあります。これが梅雨の走りです。

 ただ、今週後半の梅雨の走りは、日本海北部にできた前線が南下して雨や曇りの日が続くものです。梅雨の走りというより、秋雨の走りに似ています。

 気象庁の季節予報によれば、寒くなる期間があまりないまま猛暑の夏を迎える予報ですので、今年は「春はどこに行った」と言いたくなります。

芭蕉と青葉

  松尾芭蕉が奥の細道へと旅立ったのは、1689年5月16日(元禄2年3月27日、諸説あり)で、 隅田川河畔の江戸・深川の住まいから千住までは船旅でした。旧暦の3月ということで、「草の戸も住替る代ぞ雛の家」と雛祭りを詠んでいますが、青葉の季節の旅立ちでした。

 松尾芭蕉に同行した門人の曽良によって「曽良旅日記」と呼ばれる詳細な記録が残されており、そこには降水の記述が少なくありません。

 松尾芭蕉が下野国(栃木県)・日光に到着したのは5月19日(4月1日)の午の刻(昼頃)で、その日の午前中は小雨で、午後は曇りでした。翌日は、快晴の中を那須羽黒をめざして北上していますが、午後になって強い雷雨にあっています。

 松尾芭蕉は、日光で「あらたうと 青葉若葉の 日の光」と詠んでいますが、日光東照宮や二荒神社が鎮座する御山(二荒山)で、青葉若葉に初夏の日差しが降り注いでいるのを見て「ああ尊い」と感じたのかもしれません。あるいは、青雨のあとの青葉若葉に陽があたって自然の美しさに感じたのかもしれません。

 松尾芭蕉は、その後、俳諧仲間を訪ねたりしながら北上していますが、5月24日(4月6日)から27日(4月9日)まで雨が降り続き、29日(4月11日)も小雨(朝晩強雨)と、梅雨の走りに苦しめられています。松尾芭蕉が旅に出た、元禄2年の梅雨の走りが顕著だったという推測がなりたちます。

 その後、松尾芭蕉は、仙台入り直前の飯坂温泉で梅雨入となり、梅雨の雨とその後の夏の暑さに耐えながら、10月15日(9月6日)に美濃(岐阜県)の大垣までの旅をしています(図2)。

図2 「奥の細道」における芭蕉の足跡図
図2 「奥の細道」における芭蕉の足跡図

晴雨の同音異義語

 「雨と風の事典(注)」によると、晴雨の同音異義語に、晴雨・請雨・静雨・凄雨・星雨といった気象用語があります。

青雨(青葉を濡らす雨)

晴雨(晴天と雨天のこと)

請雨(雨乞いのこと)

静雨(静かに降る雨のこと)

凄雨(ぞっとするほど寒い雨のこと)

星雨(流星雨のこと)

 また、松尾芭蕉やその門下の作風を「蕉風(しょうふう)」といいますが、「蕉風」にも、正風・松風・商風・祥風・衝風という、気象用語とは少し違いますが同音異義語があります。

蕉風(松尾芭蕉およびその門下の作風)

正風(和歌や俳句などで規範とする正しい風体)

松風(松に吹く風)

商風(秋風)

祥風(吉兆のあるめでたい風)

衝風(突風)

日本語の情報作成には細心の注意

 「せいう」「しょうふう」だけでなく、同音で異義語は数多くあります。

 日本語は自然現象に対して豊かである反面、誤解される可能性が高い言語でもあります。 

 それだけ、気象情報などでは、誤解を与える可能性のある言葉は別の用語で置き換えたり、少し詳しく補足したりするなど、細心の注意をはかって作成されています。

図1の出典:気象庁ホームページ。

図2の出典:饒村曜(平成16年(2004年))、雨と風の事典、クライム。

(注)饒村曜(平成16年(2004年))、雨と風の事典、クライム。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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