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東京の桜の観測を靖国神社で行っている理由

饒村曜気象予報士
鳥居と桜(ペイレスイメージズ/アフロ)

3月の暖かさで早まった桜の開花

 平成30年(2018年)は、2月の厳しい寒さから一転、3月は暖かい日が続いています。

 このため、全国的に桜の開花が早まっています(表)。

表 平成30年(2018年)の桜の開花と満開
表 平成30年(2018年)の桜の開花と満開

 全国のトップをきって開花した高知では、一気に満開まで進みましたが、東京などでは、開花のあと、南岸低気圧に向かって寒気が南下したため、少し足踏みして、満開が遅れています。

 しかし、週末から来週にかけては移動性高気圧に覆われて暖かい日、特に日中の暖かい日が続きますので、桜の開花だより・満開だよりが相次ぐと思われます(図1、図2)。

 桜の開花から満開まで1週間程度と言われていますが、気温が高いとこの期間は短く、気温が低いとこの期間は長くなります。

図1 平成30年(2018年)3月の東京の気温(3月23日以降は予想)
図1 平成30年(2018年)3月の東京の気温(3月23日以降は予想)
図2 予想天気図(3月24日9時の予想)
図2 予想天気図(3月24日9時の予想)

3月24日11時追記:気象庁は、「3月24日に東京都心部(靖国神社)で桜が満開になった」と発表しました。開花(3月17日)から満開まで7日間でした。

気象庁での桜の観測

 気象庁でいう桜は、ほとんどの地方はソメイヨシノですが、ソメイヨシノの少ない沖縄ではヒカンザクラ、北海道の一部ではエゾヤマザクラ等です。いずれも、各地方に標本木として指定された桜の木があり、5 〜6輪以上の花が開いた状態になった日が桜の開花日です。

 また、80%以上花が開いた状態を満開としています。

 気象庁の有人官署では、構内に植えられている、あるいは近くの公園等に植えられている桜のうち、特定の木を標本木として開花や満開を観測しています。

 標本木が年をとるなどで、周囲の桜との間で差がでるようになると、次の標本木の候補を決め、比較観測をしばらく行ってから新しい標本木に変えています。観測値を継続させるためです。そして、同じ条件で長期間継続して観測を行っていることから「昨年より○○日早い」「平年より○○日早い」「全国的にみると東日本が早い」などの比較情報が発表できるのです。

 気象庁では、昭和30年(1955年)から平成21年(2009年)まで、沖縄・奄美地方を除く全国で桜の開花予報を行ってきました。しかし、民間気象事業者が実力をつけ、気象庁と同等の情報提供を行うようになったことから、平成22年(2010年)以降は、予報をやめ、観測のみを行っています。

靖国神社の桜で観測

 気象庁が東京で行っている桜の観測は、昭和41年(1966年)以降、靖国神社の桜で行っています。それ以前は、気象庁(前身の中央気象台)構内に植えた桜で行っていました。

 気象庁が道路一本を挟んだ東側に移転し、その跡地にKKR竹橋会館、丸紅、毎日新聞社が建てられるという再開発が行われた結果、昭和39年(1964年)10月に気象観測をする露場が移転していますが、桜の木などは移転できず、靖国神社の桜で行うことになりました。

 昭和40年(1965年)の桜の観測は、跡地に残された桜で観測し、靖国神社の桜と比較観測をしていたのではないかと思います。

 ただ、どのような経緯で靖国神社に決定したのかは、資料が残っていないので分かりませんが、気象庁近くにある桜の名所で、桜の木の管理がきちんとできていることに加えて、気象庁の業務に協力的なところという観点で選ばれたのではないかと思われます。

 明治40年(1907年)3月20日に東京博覧会の開会を祝う煙火が靖国神社で打ち上げられたとき、中央気象台(現在の気象庁)では、この煙火を利用して上昇気流の観測を行うなど、気象庁と靖国神社との関係は明治時代から続いていました。

 また、靖国神社境内の桜ですので、きちんと管理がされており、この下で花見客が宴会をして根元を痛める可能性はほとんどないと考えられます。

 加えて、東京都内の桜名所の平均的な桜が、靖国神社の桜であるという調査もあります。

気象庁産業気象課の観測

 桜の開花予報の手法を開発したのは気象庁産業気象課に在籍した市川寿一さんです。

 市川寿一さんが残した「雑兵公務員の繰言」によれば、昭和26年(1951年)頃に産業気象課では調査業務の一環として、桜(ソメイヨシノ)の開花の調査を進めています。

 ただ、予算もないので、私鉄や都電の協力で無賃乗車券をだしてもらったり、職員の通勤の便を利用して、靖国神社、上野公園、飛鳥山公園、井頭公園、洗足池公園、向ヶ丘公園、熱海の錦ヶ浦、小田原公園、鎌倉の衣笠公園、村山貯水池、成田、三里塚公園、栃木県の大平山、長瀞等まで要員を派遣し、枝についたつぼみを集めたり、開花日や満開日の調査を行っています。

 これらの資料をもとに、予想開花日を求める方程式ができ、昭和30年(1955年)からの気象庁桜開花予報につながっています。

編集手帳

桜のつぼみの重さから予想開花日をはじき出す“方程式”を創案したのは青森県むつ測候所長だった市川寿一さんだ。二十九年のことで「つぼみのふくらみ具合が赤ちゃんの成長に似ている」という。

出典:昭和59年(1984年)3月26日の読売新聞朝刊より

 東京の桜の観測が気象庁構内から靖国神社に変わったのが昭和41年(1966年)といっても、靖国神社の観測は、もっと前から行われていました。そして、東京都内の桜名所の開花の平均値に近かったのが、靖国神社の桜の開花であったことも、問題なく変更になった要因と考えられます。

 つまり、大きな問題がなく変わったので、靖国神社に変わった経緯の資料が残っていないのではないかと思います。

靖国神社の桜

 明治2年(1869年)に幕末から明治維新にかけての戦没者を祀るために創建されたのが招魂社(現在の靖国神社)です。

 翌年には、細長い参道を中心に細長い楕円形の周回コース(1周が900メートル)が作られ、招魂社祭典競馬が開催されています。このとき、周回コースの周囲に木戸孝允(桂小五郎)によって数十本の桜が植えられました。以後、多くの桜が植えられ、現在ではカンザクラ、フジザクラ、シダレザクラなど樹種が多彩な600本の桜が植えられています。

 気象庁が東京の桜の開花・満開に使う標本木は靖国神社のソメイヨシノですが、靖国神社にはソメイヨシノ以外の多くの桜があり、見頃となる時期にも差があります。

千代田さくら祭り

 千代田区と千代田区観光協会が主催している千代田さくらまつりは、千鳥淵縁道と靖国神社、神田神社で行われているもので、桜の開花状況にあわせて期間を変更しています。

 今年、平成30年(2018年)は、3月29日(木)から4月8日(日)までの開催予定でしたが、桜の開花が早まったため、3月24日(土)からの開催に変更となっています。

 昨年、平成29年(2017年)は、3月28日(火)から4月6日(木)の開催予定でしたが、開花後に寒い日が続いたために花が長持し、4月9日(日)まで延長となっています。

 今年も桜の季節がやってきました。

 「年々歳歳花相似たり、歳歳年々人同じからず(劉希夷)」といったところでしょうか。

表、図1の出典:気象庁資料をもとに著者作成。

図2の出典:気象庁ホームページ。

気象予報士

1951年新潟県生まれ。新潟大学理学部卒業後に気象庁に入り、予報官などを経て、1995年阪神大震災のときは神戸海洋気象台予報課長。その後、福井・和歌山・静岡・東京航空地方気象台長など、防災対策先進県で勤務しました。自然災害に対しては、ちょっとした知恵があれば軽減できるのではないかと感じ、台風進路予報の予報円表示など防災情報の発表やその改善のかたわら、わかりやすい著作などを積み重ねてきました。2015年6月新刊『特別警報と自然災害がわかる本』(オーム社)という本を出版しました。

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