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三度目の起訴でもトランプ優位は変わらず。ホワイトシフトが起こる中、岩盤支持層とマイノリティの関係は?

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
ドナルド・トランプとロン・デサンティス(写真:ロイター/アフロ)

トランプの三度目の起訴と民主政治の危機?

2016年米国大統領選挙で共和党のドナルド・トランプが勝利したことは世界を驚かせた。現在、そのトランプが三度目の起訴されたことが話題となっている。トランプは来年2024年の大統領選挙に出馬すると宣言しており、有罪判決を受けたとしても大統領選から退くつもりはないとの考えを示している。

彼の支持率は高い。7月23日から27日にかけてニューヨーク・タイムズ紙が実施した世論調査によれば、共和党支持者の中で来年の大統領選挙でトランプを選ぶと回答した人は54%に及んでいる。トランプを強く支持し、同氏に非常に好感を持つのは37%で、2016年大統領選挙にトランプが出馬した時と同じ水準だという。トランプを積極的に支持も不支持もしない層は37%で、トランプを支持しないとする人は25%に過ぎないという。この調査は三度目の起訴が行われるより前に行われたものだが、三度目の起訴は既に予想されていたので、これによって支持率が大きく変わることはないだろう。

トランプに対する支持の強さは他の候補も考慮せざるを得ない状態となっている。共和党の有力候補の中でトランプに対する起訴を支持しているのはトランプ政権で副大統領を務めたマイク・ペンスだけであり、他の候補は司法省批判を展開している。トランプに次ぐ二位の支持を得ているロン・デサンティス(フロリダ州知事)は、訴追を党派的だとみなし、司法の武器化を改めるべく、自らが大統領に就任した場合にはFBI長官を交代させると主張している。また、最近支持率を急上昇させている実業家のビベック・ラマスワミは、起訴が非アメリカ的だと批判し、大統領に就任した場合にはトランプに恩赦を与えると主張している。

トランプの三度目の起訴は、2020年大統領選挙の結果を受け入れずに覆そうとしたことについて提起されている。ルールについて合意した選挙を実施し、その結果がいかなるものであっても皆が結果を受け入れるという合意を当然の前提とする議会制民主主義の基本原則を、共和党の有力候補の多くが否定する現状は、民主政治の危機だと言われてもやむを得ないだろう。

トランプの岩盤支持層と多文化主義批判

では、何故共和党の有力候補たちは、これほどトランプに配慮するのだろうか。トランプに批判的な発言をすることによって、強烈な反撃を受けるのを恐れているのは間違いないだろう。そして、トランプの主張をいかなるものであっても熱烈に支持する岩盤支持層が存在し、彼らの支持をできる限り勝ち取りたいという考慮があることも重要である。

2016年大統領選挙の際に多くの人を驚かせたのは、トランプに対する強固な支持を表明する白人労働者層の存在であった。彼らがトランプを支持した大きな背景として、米国の人口変動がある。今日では地球規模での移民が加速化していることもあり、欧州の多くの国やアングロスフィア(米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)では白人は少数派となることが予想されている。その結果、白人のアイデンティティが揺らいでおり、右派ポピュリズムが台頭している。

このような中で、とりわけ米国では、多文化主義に対する批判が保守派を中心に巻き起こっている。多文化主義は、米国の文脈でいうならば、WASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)への同化を当然視する議論に対する反発を背景として提起されており、民族的マイノリティ集団の尊厳や文化の承認を求める考え方であった。だがロンドン大学教授のエリック・カウフマンは『ホワイトシフト』と題する問題提起の書で、今日の左派の間で主流になっている多文化主義には「白人の自己嫌悪」が吹き込まれていると主張している。

同書の中でカウフマンは、「不均衡な多文化主義」を批判している。この考え方によれば、エスニック・マイノリティが自集団を守るのは当然だが、白人マジョリティが自分たちの民族性や、白人が多数を占める国のナショナル・アイデンティティに愛着を示すと、人種差別だ、白人至上主義だと批判されるという。

このような状態に対する不満が、今日の米国における多文化主義批判の中心に位置することは間違いないだろう。例えばデサンティスは、従来の教育には米国民の誇りを奪おうとするリベラル派の思想が埋め込まれていると主張し、「批判的人種理論」をフロリダ州内の学校で扱うのを禁じる措置を導入するなどして白人を中心とする保守層の人気を集めている。フロリダ州が7月に採択した中学生向けの歴史の教育指導要領では、「黒人奴隷は労働により農業や鍛冶などの技術を身につけ、それが「個人的な利得」につながる面もあった」と指導するよう記されていて、デサンティス州知事は委員会がよい仕事をしたと評しているという。

デサンティスは、共和党大統領候補の中で二位に位置しているとはいえ、トランプと大きく差をつけられているため、文化戦争を推し進めることで保守派の支持獲得を目指している。とはいえ、「奴隷制に良い面があった」という主張はさすがに保守というよりも反動とみなされる可能性が高く、共和党員の間からも批判の声が上がっている。だが、デサンティスがこのような反動的な発言をすることが政治的にプラスになると考えるほどに、一部の白人の間でアイデンティティをめぐる不満が渦巻いていることに注意する必要があろう。

先ほど、カウフマンが不均衡な多文化主義について言及したことを紹介した。多文化主義はマイノリティの集団的アイデンティティを尊重する観点から理論化されてきた。白人が人口動態の変化によって徐々にマイノリティ化しつつあることを考えれば(政治学者のジャスティン・ゲストは、今日では白人労働者層は「新たなマイノリティ」となっていると主張している)、白人のアイデンティティを考慮する形で多文化主義理論を再構築する必要がある。少なくとも、白人のアイデンティティを尊重した際に、人種差別主義的だとか白人至上主義だというような批判をするのは生産的ではないだろう。

ホワイトシフトとマイノリティの変容

先ほど紹介したカウフマンの著書のタイトルにあるホワイトシフトとは、純粋な白人が徐々に減少し、白人文化を身につけた混血人種が主流となっていく現象のことである。トランプやデサンティスは、中南米諸国出身の移民・不法移民を米国文化を破壊するものと位置づけ、彼らを排除するよう提唱している。だが、カウフマンは、白人との混血を通して中南米系やアジア系の一部が白人集団に吸収され、マジョリティ集団を構成するようになるという未来像を提起している。

このような考え方は、実は米国史を振り返れば必ずしも突拍子のないものとは言えないかもしれない。今となっては信じがたいことだが、19世紀にアイルランド系やイタリア系の移民が増大していた時期には、新聞の漫画などで、彼らは黒人と同じようなものだとしてその顔が黒く塗られていた。だが今日ではアイルランド系やイタリア系も伝統的な米国社会の価値観を受け入れるようになり、彼らを白人とみなすのが当然になっている。これと同様の現象が今後発生するというのがカウフマンの見立てである。

文明の衝突論で知られるサミュエル・ハンチントンは、『分断されるアメリカ』と題する書物で、中南米系移民はWASPが作り上げてきた米国的価値観とは相いれず、決して米国社会に同化することはないと主張した。だが、その予想に反し、中南米系の中で相当程度に米国文化に順応した人が存在するようになっている。

さらには、中南米系の中で共和党を支持する人々も増えているギャラップ社が2016年6月7日から7月1日にかけて実施した調査によれば、米国生まれの中南米系に関しては、同年大統領選挙の民主党候補であったヒラリー・クリントンを好ましい・非常に好ましいと評価したのは43%、トランプに同様の評価をしたのは29%だった。また、ピューリサーチセンターが同年6月後半に実施した調査によれば、バイリンガルかスペイン語のみを話す中南米系(有権者登録をした人の57%)のうち、クリントン支持は80%、トランプ支持は11%だったのに対し、主に英語を話す中南米系については、クリントン支持は48%、トランプ支持は41%だった

今日の米国で最大の人口増大率を示しているアジア系については、その内部の多様性が際立っている。だが、例えば日系が時に名誉白人と位置づけられてきたことからもわかるように、アジア系の中には米国的な価値観を積極的に身につけようと努力してきた人々も存在している。

今日、共和党候補は移民などマイノリティに対して批判的な態度をとる傾向が強くなっているが、米国社会に定着した人々の中には、米国的な価値観を身につけている人も多い。この事実を考えれば、白人のアイデンティティを強調する戦略の妥当性は、問いなおされてもよいだろう。

移民問題にどう対応するか

トランプ現象が発生して以降、右派ポピュリズムの根底には、経済状況や格差の問題があると指摘されてきた。右派・左派を問わず評論家は、白人労働者階級の有権者が経済的に取り残されてきた事実が右派ポピュリズムを生み出したというのである。これに対してカウフマンは、右派ポピュリズムの登場の根底にある理由は経済状況や格差ではなく、民族変化だという。

カウフマンは、移民人口の増大に対する反発を和らげ、ホワイトシフトを円滑に進めるためには、マジョリティの不安を解消することが必要だと指摘する。具体的にはテロや犯罪、失業のような特定の外集団を標的として不合理なパニックを引き起こすような情報を強調するのはやめ、異民族間の結婚や同化の証拠を示すなど建設的な物語を語ることで、社会の大部分が混血人種になったとしても問題が発生しないということを彼らに納得させる必要があるという。

このような観点からすると、共和党候補が主張するように、移民受け入れ数を一定程度に抑えることにも意味があることになる。白人マジョリティのアイデンティティを批判するような「不均衡な多文化主義」にも問題はあるが、それと同様に、移民の脅威を必要以上に強調するような右派ポピュリストの手法も大きな問題を抱えている。

カウフマンは多くの国の状況を分析し、興味深い未来像を提起している。彼の議論に対して賛否両論があることは想像に難くないが、この書物の問題提起を踏まえて米国の二大政党の各候補の政策的立場について考察するのは興味深いといえるだろう。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門は比較政治・アメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会、2008年)などがある。

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