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米国中間選挙の仕組みと争点(2)―有権者の投票行動

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
2020年大統領選でのバイデン勝利を認めないマストリアーノ候補(PA州知事選)(写真:ロイター/アフロ)

前回の記事では、中間選挙の基本的な仕組みについて解説しました。今回の記事では、有権者の投票に関する諸問題について解説します。

投票権と選挙管理をめぐる争い

今回の中間選挙でひそかに注目されているのが、2024年の大統領選挙の行方を左右する接戦州で州知事や州務長官に名乗りを上げた共和党候補のうち数人が、2020年の大統領選挙でのバイデン勝利を認めておらず、選挙で大規模な不正が行われたとするトランプ前大統領の主張を支持していることです。ワシントン・ポスト紙の集計によると、中間選挙で連邦議会の議席や各州の要職を争う共和党候補者のうち、2020年大統領選の結果を否定する候補は51%の291人に及びます。自分が勝利した場合にしか選挙結果を認めるつもりはないと公言している候補もいます。この事態を受けて、バイデン大統領が米国民主主義の危機だと警鐘を鳴らし、共和党候補が選挙結果を拒めば米国は「大混乱の道に進む」と警告している状態です。

共和党の候補者の一部が選挙結果に疑念を突き付けている根拠としては、例えば、投票資格のない人がバイデンに投票したとか、期日前投票の扱いが州の法律に違反していたということなどがあります。この主張を理解するうえで押さえておく必要があるのは、米国の連邦選挙における投票権を定めるのは基本的には州政府であり、また、選挙管理も州政府が担っているということです。

合衆国憲法が制定された際、州議会の下院の選挙で投票権を持つ者が連邦の選挙の投票権も持つと規定されました。当時は黒人奴隷の扱いをめぐって州ごとに対立があったため、投票権を合衆国憲法で一律に定めようとすると、奴隷の位置づけをめぐって争いが起こり、合衆国憲法を制定することができないと考えられたからです。

もっとも、連邦政府の規制は徐々に入っており、例えば1830年代に白人男性について財産権や身分に関する制限が撤廃されました。南北戦争後に定められた合衆国憲法修正第15条では、人種、肌の色あるいは以前の隷属状態を理由に合衆国市民の投票権が制限されてはならないと規定されました。1920年には、合衆国憲法修正第19条で性差を根拠とした投票権の制限が禁止されました。

興味深いのは、これらの憲法修正条項は「投票権を制限してはならない」と定めているのであり、「投票権を認めなければならない」と定めているわけではないことです。そのため、南北戦争後の南部では、財産資格、識字試験、祖父条項などを理由に黒人を排除しようという動きが活発になりました。もちろん、これらも適切ではないとして1960年代には改定されましたが、今日でも、重罪犯・元重罪犯の投票権を剥奪するなどして実質的に黒人から投票権を剥奪しようとする州が存在します。

米国で重罪犯・元重罪犯であることを理由に投票権を剥奪されている人数は、センテンシング・プロジェクトの予測によれば、投票できる年齢の人口の2%程度に当たる460万人です。アラバマ、ミシシッピ、テネシーでは投票権年齢に達した人々のうち8%以上が投票権を失っているといいます。絶対数が多いのはフロリダ州で、110万人が投票権を喪失しているとされます。いずれの州でもマイノリティが投票権を奪われる傾向にあり、黒人の19人に1人が投票権を持たない状態となっているようです。

また、米国では選挙管理も州以下の政府が実施しています。選挙管理の責任者である州務長官は、全50州のうち35州で選挙で選ばれています。超党派、無党派で選挙管理をする州もありますが、二大政党の人物両方を選挙管理委員会に加える州は5州だけです。その結果として、州務長官を民主党の人物が務めている州で選挙に敗北した共和党候補が、敗北した際に選挙の不正を訴えているのです。

2020年大統領選挙の際にも注目されましたが、期日前投票の扱いは州によって大きく異なります。また、いくつかの州では、投票の際に公的機関が発行した写真付きの身分証明書の提示を求める動きが保守派の間でみられています。これは不正を防ぐためだと主張されますが、本当にそのような理由だけに基づいているのかには疑問が呈されています。そのような身分証明書の所持率は、高齢者、有色人種、身体障害者、低所得者、若年層の間で低く、その多くは民主党に投票する傾向が強いのです。有権者にそのような身分証明書の提示を求める動きには、民主党に投票する可能性のある人々の投票を妨害しようという意図もあるとされています。

低い投票率をどう考えるか

米国はしばしば民主政治の権化のように振舞い、選挙の重要性を強調していますが、中間選挙の投票率は40%台と低くなっています。投票率の低さの理由を説明できる要因はいくつもあります。例えば、選挙が多すぎることはその一つです。米国では50万人以上の公職者が選挙で選ばれますが、1日のうちに、上院議員、下院議員、州知事、州議会議員、州務長官、市長、学校区長など多くの投票が行われるため、投票所の前に長蛇の列ができて、投票できるまで数時間待ちということもあります。平日に仕事を休んで、あるいは仕事に遅刻してまで選挙に行くのを避ける人が多いのも不思議ではないでしょう。

また、有権者登録制度があることも大きな理由です。日本と違って米国には住民票がないため、選挙に行きたい場合は事前に自分で有権者登録を行う必要があります。ちなみに、陪審員を選ぶ際にも有権者登録名簿が活用されるので、陪審員になりたくない人々は有権者登録をしない場合もあります。

これらの制度的要因とは別に、合理的に判断した結果として、投票に行かない人もいます。一票の差によって選挙結果が変わることは、通例ありません。自分が投票に行っても行かなくても、選挙結果も変わらなければ、自分が政治から受ける影響も変わりません。そう考えれば、投票に行かないのが合理的だと考えることもできるでしょう。

それに加えて、多くの州で上院議員選挙での二大政党の勝敗は明白です。例えば、ニューヨーク州やカリフォルニア州ではほぼ確実に民主党が勝ち、アラバマ州やオクラホマ州では共和党が勝利します。下院の選挙に関しても、現職候補が有利になるように選挙区割りが行われる(ゲリマンダリング)などの要因によって、現職候補が立候補すれば90%以上が再選します。

このように、自らの投票いかんにかかわらず結果が変わらないのであれば、選挙に行かなくてもよいと考える人がいても頷けるでしょう。民主主義の権化のように振る舞うアメリカで投票率が低いのは、実はさほど不思議ではないといえます。

有権者はどのように投票するのか

選挙に際し有権者は、投票するか否か、投票する場合には誰に投票するかを決定する必要があります。前者については、相対的に高齢で、教育水準が高く、収入が高く、地域に長い間居住している人の投票率が高いとされています。日本で、教育水準が低く、収入が相対的に低い人の投票率の方が高いのとは異なります。

次に、誰に投票するかを決定する要因としては、政党、候補者の属性、争点や政策に対する態度が重要な意味を持っています。

そのうち、最も重要なのは政党帰属意識です。二大政党の対立が激化し、政治社会も分断している今日の米国では、政党に対する愛着心、あるいは、他党に対する怒りが投票行動を規定する要因になっています。

今日の米国社会の分断状況は深刻です。2021年5月にアメリカン・エンタープライズ財団が行った調査によれば、共和党支持者のうち民主党支持者の友人が何人かいると回答したのは53%、民主党支持者のうち共和党支持者の友人が何人かいると回答したのは32%に過ぎません。米国では大学生は学生寮に住んでいることが多く、異なる政党の支持者と交流する頻度も高いですが、それ以外の人たちで自分と異なる政党を支持する人を友人に持つ人は少ないと予想されます。政党帰属意識を持つ人はその9割以上が帰属意識を持つ政党に投票するという調査もあり、党派性は重要です。

有権者は、自らと共通する属性を持つ人に投票することもあります。人種やエスニシティ、ジェンダー、宗教、出身地、社会経済的地位などを同じくする候補に対する投票率は高くなっています。近年では右派、左派問わずアイデンティティ政治が顕著になっていて、黒人は黒人に、白人労働者層は白人候補に投票する傾向が鮮明になっています。

最後に、有権者は争点や政策に基づいて投票する場合もあります。日本でも選挙の前には公約を吟味して投票するよう呼び掛けられることが多いですが、選挙公約に基づいて投票する人は、人工妊娠中絶や同性婚、環境問題など、単一争点に強い関心を持つ有権者に多いとされます。

他方、多くの有権者が重視しているのは、現職の政治家が実際に争点に対してどのような態度をとってきたかです。自らが重視する争点について現職政治家が好ましい業績を上げたと考える人は現職政治家に投票し、そうでない場合にはその人への投票を行わないという、業績投票が行われることが多いのです。

業績投票の主な対象とされるのが、経済政策です。伝統的には、無党派の人々の投票行動は10月に発表される経済指標、とりわけ失業率によって規定されるといわれてきました。しかし今年に関しては、記録的な高さを示しているインフレが有権者の意識を規定しており、バイデン大統領と民主党に否定的に働いています。世界の国々を見ると、右派政権の国も左派政権の国もインフレに悩まされており、インフレの責任をバイデン政権と民主党に帰するのは妥当でないように思われますが、バイデン政権の対応の拙さがインフレを招いたという共和党の主張に支持が集まっているのが現状です。選挙戦の終盤になって、接戦州と呼ばれる諸州で共和党の優位が指摘されるようになったのは、この点が原因だと考えられます。

次回の記事では、今回の選挙の重要争点について、解説することにします。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門は比較政治・アメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治―ニューヨーク市におけるアーバン・リベラリズムの展開』(東京大学出版会、2008年)などがある。

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