Yahoo!ニュース

中国で拘束され、解放された豪女性キャスター、果たしてスパイだったのか――語られた「居住監視」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
CGTN司会者だったチェン・レイ氏=百度より筆者キャプチャー

 中国当局に3年2カ月間にわたり身柄を拘束されてきた中国系オーストラリア人キャスターが10月、オーストラリアに帰国した。このキャスターは現地メディアのインタビューで拘束に至る経緯を明らかにした。中国側の公開情報と突き合わせながら、今回の拘束劇をたどってみた。

◇チェン氏の経歴

 この人物は中国国際電視台(CGTN)の司会者だったチェン・レイ(成蕾)氏。CGTNは国営中国中央テレビ(CCTV)所有の海外向け英語ニュースの放送チャンネルで、中国共産党管理のもとで、外国の視聴者向けに放送している。

 チェン氏は1975年、中国湖南省岳陽市生まれ。10歳で両親とともに豪州に移住した。1994年にクイーンズランド大で学んだあと、英菓子メーカー・キャドバリーや米石油メジャーのエクソンモービルで計6年間、公認会計士として働いた。2000年末にオーストラリア最大の国際物流企業トールグループに転じたあと、中国生活を再開させ、トールの中豪合弁会社で財務業務を担った。

 CCTVが2002年、国際チャンネルの設立に向けて人材を公募し、チェン氏が採用された。「FINANCIAL REVIEW」「BIZ CHINA」などの番組を担当し、2003年にはシンガポールに移り、同国に本部を置く米放送局CNBCアジアで働いたこともある。

 チェン氏はカメラ映りが良く、金融ニュースを手際よくさばき、CCTVもその実力を評価していた。全国人民代表大会(全人代)を含む政治的に敏感な行事や北京五輪(2008年)などの報道を任された。さらにマイクロソフト創業者ビル・ゲイツ氏や、中国ネット通販大手・アリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏らビジネス・リーダー、米財務長官のような国際的な要人らとインタビューするために世界中を飛び回ることもあった。

◇スパイ行為

 チェン氏が今回、拘束を解かれてオーストラリア帰国後、現地のスカイニューズのインタビュー(10月17日放映)で語ったところによると、2020年8月、CGTNの番組放送前、中国政府から「公表の解禁時刻の指定」を受けたうえ、情報を提供された。解禁とは「許可された時間より前に情報を公開しない」ことを前提に、当局が報道機関の事前準備に配慮して情報を提供するものだ。チェン氏が、知り得た情報を解禁前に放送することはなかった。

 ただ、解禁のほんの数分前、携帯電話で第三者とやりとりして共有した。

 これが中国当局によって探知された。

 その後、CGTN幹部から電話を受けて「新しい大使の番組に関するとても重要な会議があるので出席してほしい」と指示された。大会議室に行くと、そこに20人ぐらいの人がいた。ひとりが立ち上がり、自身の身分を示すバッジを示しながら「あなたは手配されている」と言った。チェン氏は所持品を取り上げられ、自宅マンションに連行された。そこも当局は捜索した。

 一方、中国側から発信された情報をまとめると、少し異なるニュアンスが浮かび上がる。

 チェン氏がキャスターを務める番組に、数人の専門家が出演し、新型コロナウイルス感染の拡大期間における中国の経済発展の今後の方向性について議論していた。

 その時、チェン氏が、何の前触れもなく「米国とオーストラリアは既に、中国の経済発展の動向を把握している」と口にした。その場にいた人々は「CCTVのキャスターとして、なぜカメラの前でこんな言葉を口にするのか、金融チャンネルの司会者に、どうしてこんなことを知る権限があるのか」と困惑したという。

 チャン氏の発言に国家安全局は敏感に反応し、秘密裏に調査を始めたという。

 その結果、チェン氏は10年以上にわたり、オーストラリア側のスパイを務めた▽国営テレビキャスターの地位を利用して、機密情報と文書を入手し、オーストラリアに送信していた▽チェン氏のパソコンと海外のソーシャルアカウントから、中国を中傷する事実を大量に発見した――そうだ。

 中国当局の動きに詳しいあるブロガーは、中国側の立場から次のような見解を書いている。

「かつてはCCTVで最も美しい女性キャスターとして知られていた。しかし、この華やかな外見の裏には、底知れぬ暗い秘密があった。CCTV司会者という立場を利用して政財界の有名人に接触し、国家機密に関わる情報を入手し、携帯電話や電子メールでオーストラリアの情報機関に送信した。政治、経済、科学技術、軍事など幅広い分野で中国の国家機密を中国国外に違法にもらし、中国に莫大な損失と損害をもたらした」

スカイニューズのインタビューに応じるチェン氏(スカイニューズホームページキャプチャー)
スカイニューズのインタビューに応じるチェン氏(スカイニューズホームページキャプチャー)

◇居住監視、判決、そして帰国

 チェン氏は2020年8月13日、国家機密を海外に提供した容疑で国家安全局に北京で拘束され、その後、6カ月間、24時間監視された独房に閉じ込められた。悪名高きこの「居住監視」のもと、当局から徹底した追及を受けたという。

 外に出ることは許されず、食事は極端に制限された。電灯は24時間つけられ、1日12時間座りっぱなし。狭い部屋の中を歩き回ることもほとんどできなかった。「新鮮な空気」を唯一吸えるのは、独房の上部にある窓が開かれる15分間だけだった。だが、その間、カーテンは引かれたままで、外を見ることはできなかった。

 これらの措置は、孤立させ、退屈にさせ、苦痛を感じさせ、自暴自棄になるように仕向けるため――チェン氏にはこう感じられた。

 それでも最初の5カ月間、本を読んだり、紙とペンを使って字を書いたりすることができた。200冊を読み、日本語とドイツ語の2つを独学した。

 その後、チェン氏は「国家機密を海外に提供した」罪で起訴された。中国側によると、チェン氏は、金銭に誘惑されて危険を冒したことを認め、中国の裁判を受け入れる意思があることを明らかにしたという。

 北京市第二中級人民法院は2022年3月31日、非公開で審理を開いた。そして2023年10月11日、懲役2年11月と国外退去の判決が言い渡され、その日のうちにオーストラリアに帰国する飛行機に乗せられた。

 オーストラリアの空港に到着したチェン氏は、痩せ細っていた。長い髪は切り落とされ、白色になっていた。

◇中国「裏切り行為」

 中国側の報道を総合すると、チェン氏の一件は「典型的なスパイ事件・重大な反逆事件」で、「裏切り行為によって中国人民の強い怒りを呼び起こした」ものであり、「中豪間の外交紛争を引き起こした」という位置づけになる。そして、こうした事件の再発を防止するためにも、当局のスパイ対策を強化し、国家安全保障に対する中国社会の意識・能力を高めるべきだと強調されている。

 中国当局によるスパイ行為に絡んだ拘束は、中国に駐在する日本人社会でも相次いでいる。中国が規定する「スパイ行為」がはっきりしないうえ、誤解・曲解があった場合の抗弁が聞き入れられる可能性は極めて低い。恣意的に拘束されているような印象もある。チェン氏が経験した拘束時の様子や居住監視の実態は、2016年7月に中国当局に拘束され、スパイ罪で懲役6年の実刑判決を受けて服役した鈴木英司氏(元・日中青年交流協会理事長)の証言と重なる部分が多い。

 中国通といわれるビジネスマンやジャーナリストの間に「中国に行きたい。法律違反と疑われる行動も絶対に取らない。だが、何をもって違法行為とされるのか、その線引きがあいまいすぎる」という声が多い。一方で、特に警戒心もなく、中国旅行を楽しんで無事戻ってくる中国好きの日本人も少なくない。

 不公平・不透明な身柄の拘束は中国と相手国の関係に悪影響を及ぼし、不信・反感をあおることになる。両国における民間交流に影響を与え、互いの国への旅行・就労・留学を困難にさせる。この結果、中国はどのようなダメージを被ることになるのか、見極めていきたい。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事