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中国はペロシ氏訪台を記憶し続ける…「予測困難な方法/世界の他の場所での報復」という警鐘

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国の習近平国家主席(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国はペロシ米下院議長の台湾訪問を受け、台湾を取り囲むように実弾を使った大規模な軍事演習を実施し、圧力を強めた。演習で中国は武力統一に向けた動きを確認したとみられ、米国は態度を硬化させている。今秋の中国共産党大会で3期目続投を確定させたい習近平(Xi Jinping)総書記=国家主席=は国内向けに弱腰は見せられない。バイデン米大統領も11月の中間選挙を控え、威嚇に屈するわけにはいかず、台湾海峡をめぐる情勢は混とんとしている。

◇「歴史的任務」

 習主席の台湾政策は、平和統一路線(台湾に経済的利益をもたらし、選挙で統一派を勝たせて統一交渉に持ち込む)を模索した江沢民(Jiang Zemin)、胡錦濤(Hu Jintao)の元・前指導部とは明確に異なっている。

 建国100年の2049年に「中華民族の偉大な復興」を実現し、現代化強国となるというビジョンを描き、その過程で、台湾統一は必ず達成すべき目標と位置づけている。党創建100年を総括する歴史決議(2021年)でも「台湾問題を解決し、祖国を完全統一することは、わが党の変えることのできない歴史的任務だ」と強調してきた。

 2019年1月2日の「台湾同胞に告げる書」発表40周年の記念式典では、習主席は「一つの中国」原則を強調する一方で「武力行使の放棄は承諾しない」と表明し、力による台湾海峡の現状変更というオプションを否定することはなかった。

 習主席の方針に沿うように、人民解放軍はここ数年、台湾周辺で軍事的圧力を加えるようになり、慣例として守られてきた台湾海峡の中間線を越えたり、台湾の防空識別圏への侵入を繰り返したりするようになっていた。

 ただ、そもそも習主席の頭の中に、台湾統一に向けた「タイムテーブル」が存在するのか、はっきりしない。少なくとも、今秋の党大会で総書記3選を終えるまでは行動には移せないだろう。

 3選を果たせば、その任期は2027年までとなる。同年8月1日には人民解放軍が創設100年を迎えることもあり、「習近平指導部の総仕上げ」という意味も込めて台湾に対する行動を起こすのではないか、という観測もある。

 軍事専門家の間には、台湾海峡有事の際に中国が米軍の接近を阻止する能力が、近年、相当レベルで高まったのではないかという評価がある。米中の軍事力を比較すれば、総合力では米国側が圧倒的に優位な状況にあるものの、台湾海峡を取り巻く軍事バランスが崩れたと中国が認識した場合、それを「好機」と考えるかもしれない。

◇在日米軍・在韓米軍の動向も左右

 台湾への武力行使へのプロセスを進める中国側に対し、米国側はバイデン大統領が今年5月に日韓両国を歴訪した際に、台湾有事の際の軍事的関与を明言してきた。そして今回、ペロシ氏が過去25年で最高位の米高官として台湾を訪問した。バイデン氏はペロシ氏訪台について「本人の判断だ」と述べるにとどめているが、40年にわたり米国の台湾政策の指針としてきた「戦略的曖昧さ」から距離を置こうとしているのは間違いない。

 ペロシ氏の訪台前、習主席はバイデン氏に「火遊びをすれば焼け死ぬだろう」と威嚇していた。中国外務省は「強力な措置を取る」、党機関紙・人民日報系「環球時報」は「ペロシ氏は火薬の臭いの中で訪問する」と表現し、「空母キラー」と呼ばれる極超音速弾道ミサイルまで公開して警告した。

 それでもペロシ氏が訪台に踏み切り、人民解放軍は対抗措置を取った。台湾を取り囲む形で6カ所の海域を指定し、実弾を使った大規模な軍事演習を展開した。しかも、この演習を常態化させる構えをちらつかせている。船舶や航空機が台湾に近づきにくくなり、物流の停滞が懸念されている。

 米国の台湾関係法では、中国による「(台湾に対する)ボイコット、封鎖を含むいかなる」圧力を「西太平洋地域の平和と安全に対する脅威」「米国の重大関心事」とみなす。演習に伴う措置がこれに該当すると判断されれば、米国側も対抗措置を取ることになり、米中間での「強対強」局面が続くことになる。

 こうした状況がいつまで続くのか、見通せない状況だ。習主席が、台湾統一を達成したうえで「中華民族の偉大な復興」を遂げるとしている2049年まで、この不安定な局面が維持されるということなのか。

 これについて、オーストラリアの元首相で知中派のケビン・ラッド氏(米アジア・ソサエティー政策研究所所長)は米紙ニューヨーク・タイムズの取材に「(2022年から2049年まで)27年間の導火線がある。それがゆっくり燃えることも、速く燃えてしまうこともあり得る」とたとえ、状況がいかようにも変化するとみる。そのうえで「心配な時期は、2049年へのカウントダウンが近づいた2030年代の前半。しかし、その時はまだ習主席の影響力が政治的に続いている」と考える。

 ペロシ氏訪台を踏まえて、米ケンタッキー大の軍事安全保障専門家、ロバート・ファーリー(Robert Farley)氏は、米オンライン学術雑誌「1945」に次のように書いている。

「現状では(米国が)中国から直接的な軍事報復を受けることはなさそうだ。だが中国はこの訪台を記憶し続け、予測困難な方法で対応するだろう」

「中国が世界の他の地域で、米国の利益に反する政策を取るという点を確信させたかもしれない」

 不安定な台湾海峡は、日本や韓国にとって座視できないものであり、在日米軍・在韓米軍の動向も左右する。朝鮮半島や北東アジアの平和と安定を揺さぶり、「戦術核使用」と示唆する北朝鮮に、誤ったメッセージを与えかねない。米中による「チキンゲーム」を阻止するため、関係国は外交チャンネルをフル稼働する必要がある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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