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新型コロナ「コウモリ女」と似たような幕引き――中国テニス彭帥さんへのインタビューに価値はなくなった

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
彭帥さんへのインタビューを伝える「レキップ」のTwitter(筆者キャプチャー)

 中国の著名女子プロテニス選手、彭帥(Peng Shuai)さんをめぐる問題で、仏メディアが7日、彭さんへのインタビュー記事を掲載した。同日には国際オリンピック委員会(IOC)も声明を出して、彭さんがバッハ会長と会談したと伝えた。いずれも、これまでの「疑惑」を全面否定する内容だ。

◇「ブラックボックス」

 中国では最高指導者や党、政府を批判する言論は封じられている。国外で何らかの疑惑が報じられても、当事者の消息が一時的に途絶え、一定の時間がたったあと、姿を現して中国当局寄りのメディアの取材に応じる、ということが何度もあった。その際の発言は当局の主張に沿ったものになっていて、それをもって幕引きが図られてきた。ただ、その間のプロセスは「ブラックボックス」になっている。

 新型コロナウイルス感染に関して武漢ウイルス研究所に批判の矛先が向けられた際も、真相究明のカギを握る“コウモリ女”らのインタビューを国営メディアが報じ、中国当局は「オープン」「透明性のある」を強調した。決められた文章を読み上げているような印象はあったものの、本人が肉声で疑惑を否定したことから、国際世論は次第に収まったという経緯がある。

 今回も「#WhereisPengShuai」キャンペーンが活発化するなか、中国側は彭さんの一件も同様の方法で火消しを図っているようだ。

◇「マスコミに騒がれたくない」

 彭帥さんがインタビューに応じたのは、仏紙「レキップ(L'Equipe)」。豪メディア「7NEWS」が転電した英文記事によると、インタビューは▽彭さんが中国語で答える▽事前に質問を受ける▽インタビュー内容に関してコメントをつけずに発信する――などの制限・制約があったという。

 インタビューで、彭さんは「私のことを心配してくれた多くのATP(男子プロテニス協会)とWTA(女子テニス協会)の選手、スポーツマン、有力者のみなさんに感謝します」「でも、こんなに心配されるとは思ってもいませんでした」と語った。

 また、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で投稿が消去されたことについて「(消したのは)自分だ。自分がそうしたかったから」と述べた。

 さらに「これをきっかけに、外部で大きな誤解が生まれた。これ以上、投稿の意味を捻じ曲げないでほしい。これ以上、マスコミに騒がれたくない」と訴えた。

 また、中国共産党最高指導部メンバーだった張高麗(Zhang Gaoli)元副首相が絡んだ性的暴行についても、本人は「性的暴行? 誰かに性的暴行を受けたなんて、私はひと言も言ってない」と否定。約3週間にわたり公の場から姿を消したことについても「“消えた”なんてことはない」と否定したうえ「友人、IOCの人たちほか、多くの人が私にメッセージをくれた。ただそれに答えるのは無理だった。親しい友人たちとは常に連絡を取り合っていた」と強調した。

 微博で告発文を書いた昨年11月2日以降、どのような生活を送っているか、という質問に対して「特に何もありません」とだけ答えたという。

◇バッハ会長と夕食

 これに追い打ちをかけるように、IOCは7日、バッハ会長と元IOCアスリート委員長のカースティ・コベントリー氏(ジンバブエ)が、北京冬季五輪のバブル内にある施設で、彭さんと夕食をともにしたと発表した。

 IOCは「夕食の間、3人は五輪でのアスリートとしての共通の経験について話し、彭さんは2020年の東京五輪の出場権を得られなかったことへの失望を語った」と伝えた。内容の公開については「すべて彭さんの裁量に委ねることで双方が合意した」としている。

 IOCは五輪を控える立場から、中国に配慮する形で情報発信を続け、バッハ会長も北京で会う約束を交わしていた。IOCの発表では、彭さんによる告発については触れられておらず、WTAなどの求めるIOCによる調査に対する言及もなかった。

◇「彼女が敏感な問題を提起することは、もうない」

 彭さんの告発は、中国共産党最高指導部に初めて突き刺さったものだった。米紙ニューヨーク・タイムズは昨年11月22日の記事で「勇気と、おそらく自暴自棄の行動であったが、その結果、攻撃的な反応が起こり、中国国内で彼女を窒息させることになった」と記している。

 同紙によると、2014年までの10年間、彭さんの代理人を務めた人物は「彼女は常に心の強い人間だった。私は、テニスを支配する人たちと彼女の闘いを間近で見てきた」と証言する。

 彭さんの消息が途絶えたのを受けて「#WhereisPengShuai」キャンペーンが始まり、これが北京五輪ボイコットを求める勢力に弾みをつけ、中国当局に対する批判を激しくしてきたように思われる。

 彭さんの肉声が中国のネット上から消え、それに対する批判が高まると、今度は、明らかに当局に管理された状況で撮影された映像や写真が公開された。ここに収められた彭さんの様子は、「真実を伝える」ために「炎の中に飛び込む蛾のようだ」と語ったその決意とは、対照的なものだった。中国の人権派弁護士は同紙に「この写真と映像は、彭さんが生きていることを証明するだけで、それ以外のことは何も証明できない」と指摘していた。

 彭さんは、もはや自身のメッセージをコントロールできる状況にないとみるべきだろう。米ジョージア州立大助教授で、中国政治の研究者であるマリア・レプニコヴァ(Maria Repnikova)氏は昨年11月の段階で同紙に「彭さんのインタビューがもっと増えても驚かないが、彼女が敏感な問題を提起することは、もうないだろう」との見解を示していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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