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中国による“経済制裁”はなぜ「見事に失敗」なのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルス発生源をめぐり、独立した調査を求めるオーストラリアに対し、中国は反発して事実上の制裁を発動した。だが、その中国側の措置について「見事に失敗に終わった」という見方がオーストラリア側で出ている。「中国にノーと言っても繁栄できる」とする、その根拠とは――。

◇「経済関係を政治的対立から守るという暗黙の了解」

 米外交誌「フォーリン・アフェアーズ(Foreign Affairs)」電子版に今月9日、西オーストラリア大パース米国アジアセンターの調査責任者であるジェフリー・ウィルソン(Jeffrey Wilson)氏の論文が掲載された。タイトルは「中国からのデカップリング(経済関係の切り離し)がどのようなものか、オーストラリアが世界に示す」。

 論文は「そもそも両国関係の根底には長期間、緊張関係があった」と指摘する。

 中国が必要とする物資の多くをオーストラリアが提供することで経済関係は密接だった。一方、政治的には、民主主義や人権といった価値観の隔たりや、安全保障面での緊張があり、「過去数十年にわたり、急拡大する経済関係を政治的対立から守るという暗黙の了解のもと、両国関係は運営されてきた」という状況だった。

 この状況のなか、新型コロナウイルスの発生源をめぐり、両国は激しく対立。中国は大麦、牛肉、ワイン、小麦、羊毛、ロブスター、砂糖、銅、木材、ブドウなど、幅広い分野で貿易制限の措置を取った。

 加えて、駐オーストラリア中国大使館は2020年11月、両国が正常な関係に戻るためにオーストラリア側が是正すべき「14項目の不満」のリストを突きつけ、これらが解消されない限り、関係改善は難しいと警告した。

 中国がかつて同様に圧力をかけたことのある貿易相手国は、カナダや日本、リトアニア、モンゴル、ノルウェー、韓国など多数ある。

◇「結果は、単なる椅子取りゲーム」

「中国への輸出はオーストラリア全体の40%近くを占めることから、中国に反抗することへの代償は大きいと思われた。だが実際には、驚くほど軽いものだった」

 論文はこう表現している。その背景にあるのが、貿易の転換だ。

 貿易で障壁が設けられると、企業は他の買い手を探す。開かれた国際市場では、貿易の流れは障壁を回避して調整されるため、輸出産業が壊滅する例はほとんどない。

 論文が例として挙げるのが石炭だ。

 中国が2020年、オーストラリア産石炭の輸入を禁止すると、中国の電力会社は代わりにロシアやインドネシアからの供給に頼るようになった。一方、インドや日本、韓国は、市場から消えたロシアやインドネシアの石炭の穴をオーストラリア産の輸入で埋めることにした。加えて、世界的なエネルギー危機により石炭価格が上昇し、オーストラリアの石炭産業は好況にわいているという。

「結果は、単なる椅子取りゲーム。取引相手の入れ替えに過ぎなかった」。論文は、中国の思惑とは違った状況が生まれていると分析する。

 オーストラリアの多くの産業がこの戦術を取り、大麦はサウジアラビアと東南アジア、銅は欧州と日本、綿花はバングラデッシュとベトナム――などのように、新たな買い手を求めるようになったという。

◇逆に態度を硬化

 オーストラリア財務省の推計によると、中国の貿易制限の影響を受けた部門について、制裁開始から1年間で54億豪ドル(約4511億円)の損失が出たが、同時に他の地域で44億豪ドル(約3676億円)の新規市場を開拓したとしている。この10億豪ドル(約835億円)の損失は同国の輸出総額の0.25%にすぎない。さらに、鉄鉱石価格の高騰により、制裁発動後、対中輸出額は実際には10%増だそうだ。

 同国のフライデンバーグ財務相は「わが国の経済が、驚くべき回復力を持っていることが証明された」と述べた。論文も「中国がオーストラリアを脅して黙らせようとしていたのであれば、そのキャンペーンは見事に失敗したといえよう」と強調した。

 経済的コストが軽微であることがわかり、オーストラリア側は中国への対抗意識をさらに高めているようにもみえる。

 今年6月にローマで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)に招待されたオーストラリア代表団は「14項目の不満」のコピーを配布し、中国の威圧的な措置を暴露した。9月には、日米豪印(QUAD)による連携強化を推し進めるとともに米英豪3国間の軍事同盟(AUKUS)を形成し、対中圧力をさらに強めた。

 結局、中国側の威圧的な態度は、オーストラリアをおとなしくさせるどころか、逆に態度を硬化させた。論文は「中国にノーを言っても、貿易制裁やデカップリングを余儀なくされても繁栄できることを、オーストラリアは世界に示した。多くの国が追随する日は、そう遠くはないかもしれない」と結んでいる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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