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北朝鮮の「ゲームチェンジャー」が試す韓国の「南北首脳会談」への本気度

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮が試射した「火星8」型ミサイル=労働新聞よりキャプチャー

 北朝鮮は28日朝、迎撃が困難な極超音速ミサイル「火星8」型を初めて試射した。北朝鮮は自国の内部計画に基づいて兵器開発を進めている点を強調しており、今後も一定期間内にミサイル試射などを繰り返すとみられる。

◇「定められた計画とロードマップ」

 朝鮮中央通信は29日、国防科学院が28日、慈江道(チャガンド)龍林郡(リョンリムグン)都陽里(トヤンリ)で、新開発の極超音速ミサイル「火星8」型を試射したと報じた。発射直後、韓国の専門家の多くが「極超音速滑空体(HGV)ではないか」と指摘しており、北朝鮮側がこれを確認した形だ。

 HGVは、弾道ミサイルのようなロケットエンジンがあり、その弾頭部には翼のある飛行体が装着され、最高高度に達した段階でこれが分離されて滑空飛行する。上昇する際には弾道ミサイルのように見え、分離された飛行体が滑空する際には巡航ミサイルのような動きを示す。

 速度は音速の5倍(マッハ5=時速約6200km)以上といわれ、「探知できても、迎撃は米軍の最新ミサイルでも困難」という意味合いから、戦いの局面を変える「ゲームチェンジャー」と呼ばれている。

 また同通信は「初めて取り入れたアンプル化ミサイル燃料系統とエンジンの安定性を実証した」と明らかにしている。アンプル化とは、即応性・安全性を確保するため、液体燃料をカセットのような容器に入れ、発射ごとにはめ込む方式とみられる。

 試射は朝鮮労働党で軍事部門を統括する朴正天(パク・ジョンチョン)書記(政治局常務委員)らが参観したものの、金正恩(キム・ジョンウン)総書記の姿はなかった。

 極超音速ミサイルについては、金総書記が今年1月の党大会で「近い期間内の開発、導入」を指示しており、同通信も「国防科学発展および兵器システム開発5カ年計画」における戦略兵器部門の最優先5大課題に属すると表現している。「5大課題」の詳細ははっきりしないが、金総書記は極超音速ミサイルのほか▽核兵器の小型・軽量化▽戦術兵器化の促進▽超大型核弾頭の生産推進▽水中・地上固体燃料の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発の計画通りの推進▽原子力潜水艦と潜水艦発射型核戦略兵器を保有――などに言及してきた。

 北朝鮮側は兵器開発について、朝鮮総連機関紙・朝鮮新報は「定められた計画とロードマップがある」と指摘したうえ「誰かの関心を引くため、あるいは政策に影響を与えるために進めるものではない」と主張しており、外部情勢に関係なく内部計画に基づいている点を強調している。

◇「二重基準」批判

 とはいえ、政治的思惑も垣間見える――。

 今月15日、北朝鮮は鉄道機動ミサイルを、韓国は潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)をそれぞれ試射している。この時、米国をはじめとする国際社会は、北朝鮮の試射を非難しながらも、韓国の行動には「押し黙った」(朝鮮中央通信17日掲載論文)ため、不満を抱いている。北朝鮮はこれを「二重基準的な行為」という表現で批判している。

 この二重基準に関連して、対米・南北関係を統括する金与正(キム・ヨジョン)党副部長(金総書記の実妹)が今月24、25両日、韓国向けに談話を発表した。文在寅(ムン・ジェイン)韓国大統領が最近の国連演説で提案した朝鮮戦争の終戦宣言について「悪くない」と評価し、南北首脳会談開催や、爆破した南北共同連絡事務所の再設置の実現などについても前向きの姿勢を示した。

 ところが、ここで「二重基準」撤回を条件として提示した。「二重基準をわれわれは絶対に見過ごせない」と強く主張し、北朝鮮の弾道ミサイル試射を「挑発」などと呼ばないよう求め、文在寅政権の出方を見極める姿勢を見せた。

 昨年にも金与正氏の談話に韓国側が“呼応”したと思われるような例があった。

 韓国の脱北者団体が金総書記を非難するビラを北朝鮮に向けて飛ばしたことに対し、金与正氏が「南朝鮮(韓国)当局は遠からず最悪の局面まで予測しなければならないであろう」と強く警告。その後、「対北朝鮮ビラ散布禁止法」が整備されたという経緯がある。今回も北朝鮮側は自国の意向に沿った行動を取るよう韓国に求めているようだ。

 こうした背景があり、文政権が今回の試射について言及する際、「挑発」という表現はみられなかった。

 文政権は任期末が近づくなか、南北関係での実績づくりを急いでいる。北朝鮮としてもバイデン米政権を動かすには韓国政府の協力が不可欠と判断しており、文在寅氏の任期中に南北関係改善を図っておきたい考えとみられる。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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