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中国を捨てて台湾に走る――小国のしたたかな計算

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ランズベルギス外相の発言を伝える「ポリティコ」のサイト=筆者キャプチャー

 欧州連合(EU)の小国リトアニアが、中国に対する強硬姿勢を鮮明にし、台湾との間で事実上の大使館となる代表機関を相互に設置する方針を決めた。リトアニアは中国と国交を維持しているが、最近は米国に同調するように反中に傾いており、中国側は「身の程知らずだ」と強く反発している。

◇ウイグル人に対する扱いを「ジェノサイド」

 リトアニアは人口約279万人(2020年1月現在)、面積約6.5万平方キロメートル。バルト海に面し、エストニア、ラトビアとともにバルト3国をなす。

Googleマップより筆者キャプチャー
Googleマップより筆者キャプチャー

 1991年9月6日にソ連(当時)から独立した。ソ連は同年12月に崩壊している。その後、米国や西欧との関係を強化し、2001年5月には世界貿易機関(WTO)、2004年3月には北大西洋条約機構(NATO)、同年5月には欧州連合(EU)にそれぞれ加盟、2015年にユーロを導入している。

 中国とは独立直後の1991年9月14日に国交を結び、「両国関係はおおむね順調に進展し、両国首脳は連絡を取り合っている」(中国外務省)という状況だった。だが近年、中国は「戦狼外交」を進め、米国との対立も激化。人権問題で西側諸国の中国批判が強まるにつれ、リトアニアも対中強硬姿勢を取るようになった。

 それが顕著になったのが今年5月20日。リトアニアの議会が、中国に向けた決議を議員の5分の3の支持によって採択した。決議では、中国の少数民族ウイグル人に対する扱いを「民族大量虐殺(ジェノサイド)」と表現し、中国が「職業訓練目的」と主張する新疆ウイグル自治区の収容施設に関する国連の調査を要求。欧州委員会による対中関係の見直しも主張した。また、香港国家安全維持法の撤廃や、チベット自治区への監視団の受け入れも求めている。ただ決議に拘束力はなく、シモニテ首相やランズベルギス外相は投票に参加していない。

 決議案を提出したサカリエネ議員は「(リトアニアは)50年間、(ソ連の)共産党政権に占領されてきた。この残酷な教訓を決して忘れないためにも、われわれは民主主義を支持する」と話していた。

 ちなみに、サカリエネ氏は、日米英など18カ国とEUの議員らで構成する「対中政策に関する列国議会連盟(IPAC)」の所属だ。IPACは昨年6月、中国による香港への統制強化などを機に発足した組織。民主主義国が連携して中国の人権問題に厳しく向き合うべきだと主張している。

 さらに、決議翌日にも、米政治サイト「ポリティコ」が、ランズベルギス外相の発言として「中国と旧共産圏など17カ国の経済協力枠組み(17+1)からの離脱を宣言し、EUに対しても中国との関係見直しも求めている」と伝えた。「17+1」は2012年に始まり、中国が提唱する巨大経済圏構想「一帯一路」に関する経済協力などを推進してきたものだ。

 このように、中国に厳しいバイデン米政権に同調するような振る舞いを見せることから「リトアニアはEUと中国の関係悪化をリードする国の一つだ」(露紙イズベスチヤ)と指摘されるようになった。

 その後、リトアニアは台湾との関係重視を鮮明にして代表機関設置の流れとなり、7月には新型コロナウイルスのワクチンを台湾に送って友好ムードを前面に押し出した。

◇代表機関名称に「台湾」

 台湾側は7月20日、リトアニアとの合意に基づき、首都ビリニュスに代表機関を設置すると発表した。欧州での台湾の代表機関設置は、2003年の東欧スロバキア以来18年ぶりとなる。リトアニア側の国内手続きが必要となるため、設置時期は未定という。

 名称は「駐リトアニア台湾代表処」。台湾は日本や米国など外交関係のない国に出先機関を設置する際、「台北駐日経済文化代表処」のように、国を意味しない「台北」という曖昧な名称を使っている。だが今回は「台湾」を使うことになった。

 リトアニア側も今秋、台湾に代表機関を設置する計画だ。

 中国はリトアニアの最近の動きを猛烈に批判している。

 対中決議や「17+1」離脱の動きを受け、中国側は「身の程知らずだ」「中国に挑戦するなら、ブロックして無視するまでだ」(中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」5月24日付社説)などと強く反発。サカリエネ氏については「悪意を持って虚偽情報を広め、中国の主権と利益を害した」として制裁の対象にしている。

 さらに、代表機関設置については、趙立堅(Zhao Lijian)外務省副報道局長が「(中国と)国交を結ぶ国が、台湾といかなる交流をすることにも断固反対する」と述べた。中国外務省はビリニュス駐在の中国大使を本国に呼び戻し、リトアニア政府に対しても駐中国大使の帰国を要求した。

 代表機関に「台湾」を使用することは、中国の「レッドライン」に触れることになる。リトアニアは中国の対抗措置を受ける恐れがあり、外交関係の格下げや断交、経済制裁の可能性も指摘されている。

 ただ、台湾側学者は米国営ラジオ「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)の取材に「中国とリトアニアの経済交流の規模はそもそも大きくなく、制裁が発動されても、リトアニアはほとんど影響を受けない」との見方を語っている。一方、リトアニアについては「これまで台湾とはあまり関係がなかったが、今回は米国に追随する形で中国に対して『台湾カード』を切った」との見解を示したうえ、リトアニア側の意図を「台湾や米国からより大きな利益を得ることにあるのではないか」と分析している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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