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アメリカの核交渉担当者が語った金正恩氏と金与正氏の意外な素顔

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
金正恩氏との会談に同席するビーガン氏(左から3人目)=中央通信より(一部加工)

 トランプ米政権時代に北朝鮮担当特別代表を務めたビーガン氏が最近、北朝鮮専門サイト「NKニュース」の単独インタビューに応じ、2回目の米朝首脳会談に先立つ北朝鮮側との実務交渉の内幕を語った。

◇金正恩氏と米朝交渉統括の金英哲氏との微妙な距離感

 ビーガン氏は初の米朝首脳会談(2018年6月)の約2カ月後、北朝鮮担当特別代表に任命され、2度目の米朝首脳会談(ハノイで開催)に向けた事前折衝などを担当した。2019年12月から2021年1月まで国務副長官を務めた。

 ビーガン氏が初めて北朝鮮側と接触したのは、特別代表就任1カ月後の2018年9月下旬。ポンペオ国務長官(当時)とともに、国連総会の傍聴席で李容浩(リ・ヨンホ)北朝鮮外相(同)と対面した時だった。李外相は非常に友好的な態度だったという。

 同年10月7日にはビーガン氏はポンペオ氏やアンドリュー・キム米中央情報局(CIA)コリアミッションセンター長とともに訪朝し、平壌・百花園迎賓館で金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長(当時)と初対面した。金正恩氏の実妹、金与正(キム・ヨジョン)氏も交えて約3時間にわたって会談し、米朝首脳会談の再開と交渉への復帰の可能性について話し合った。

 ビーガン氏によると、金正恩氏は自身の知識に基づいて会議を進め、持参した「論点集」を参照することもなく、自らの言葉で北朝鮮側の立場を説明したという。金正恩氏は自信に満ちていて、現実的であり、自分の意見を主張していた――というのだ。

 また金与正氏について「常に存在感を示していたが、支配的ではなく、金正恩氏に敬意を払っていた」と指摘している。

 この時、金正恩氏はビーガン氏に向かって、崔善姫(チェ・ソニ)外務次官(当時)をビーガン氏の交渉相手に指名したことを告げ、「外務省の役人としてではなく、彼女個人の立場から指名した」と語ったそうだ。当時、米朝交渉は金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党統一戦線部長が仕切っていた状況にあったため、金正恩氏が崔善姫氏を「指名した」ことにビーガン氏は「興味深いニュアンスを感じ取った」という。

ビーガン氏(写真右端)らと金正恩氏らの初対面後の昼食会には金英哲氏(ビーガン氏の左隣)が出席していた=朝鮮中央通信より筆者キャプチャー
ビーガン氏(写真右端)らと金正恩氏らの初対面後の昼食会には金英哲氏(ビーガン氏の左隣)が出席していた=朝鮮中央通信より筆者キャプチャー

 初対面の際の会談には金英哲氏は出席していなかった。ただ、その後の昼食会には姿を見せたため、「金正恩氏が意図的に金英哲氏を最初の会談から外したのではないか」とビーガン氏は感じた。一方で「金与正氏が金英哲氏と非常に親しい間柄であることも、私にはよくわかった」という印象も持ったという。

 ビーガン氏は金英哲氏を「強硬派」「好戦的」な人物とみており、金英哲氏とのやり取りで「簡単なことは何もなかった」と語っている。

◇「北朝鮮の『システム』と話をしていた」

 ビーガン氏は在任中、北朝鮮高官と計8回、重要な会合を持ったという。その際、交渉担当者として次のような感覚を抱いたそうだ。

「“個人と話している”というわけではなく、指導者が指示する北朝鮮のシステムと話をしていた」

 強硬派の周辺で穏健派と想定されるような人物と駆け引きするという戦略を、ビーガン氏は否定する。そのような人物が存在するとしても、北朝鮮のシステムを通して合意を推し進めることができるだろうか――とも考える。

 ビーガン氏は、北朝鮮の持つ「メッセージの規律」を、交渉をする際の同国の強みとみる。一方で、それが柔軟性の欠如につながっているとも指摘し、「北朝鮮のシステムは、その場で考える、ということを許さない。それが、たとえ首脳レベルであっても」

 加えて、北朝鮮側が、米紙ニューヨーク・タイムズの社説やシンクタンクの声明、議員の発言にクレームをつける背景に「“米国も自国と同じような動きをしている”と思い込む傾向がある」とも指摘している。

 2度目の首脳会談後、米朝関係は膠着状態に陥っている。これを打開するための方法として、ビーガン氏は次のような考えを示す。

「平壌とワシントンに連絡事務所を設置することを強く主張する。これは双方が譲歩しなくてもできることだ」

「COVAX(新型コロナウイルスワクチンを共同購入して途上国などに分配する国際的枠組み)を通したワクチン提供など、新型コロナウイルス対策への支援もバイデン現政権が北朝鮮と関わるべきもう一つの分野だ」

 ビーガン氏は、好機を逃したと感じている。戦争を回避し、ある程度の安定性を生み出すという“低いハードル”を超えただけ――これまでの米朝交渉をこう評価しているという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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