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北朝鮮国営メディアまでも「金正恩氏がやつれた」と報じる意味深な方針転換

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
国務委員会演奏団の公演を観覧する金正恩総書記=朝鮮中央テレビより筆者キャプチャー

 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)総書記がやせたことが海外メディアで繰り返し指摘されるなか、北朝鮮国営メディアもついにこの問題に触れて「金総書記がおやつれになった」と認めた。父・金正日(キム・ジョンイル)氏の激やせが2000年代の終盤、外国メディアで頻繁に取りざたされた際にも、健康不安を伏せ続けてきたのを一転、ある段階から「やせ細った姿」と伝えた例がある。今回の国営メディアの言及により、激やせの背景に再び注目が集まりそうだ。

◇住民「金総書記の姿に触れ、心を痛める」

 金総書記は今月4日開催の朝鮮労働党政治局会議に出席した際、その約1カ月前に比べて、かなりやせた姿で現れた。それまでの間、金総書記の公式報道での動静が途絶えていたこともあり、健康問題も含めてその背景について各国の情報機関が関心を寄せていた。

 その状況のなかで、国営朝鮮中央通信は今月20日、金総書記が国務委員会演奏団の公演を観覧したと伝えた。この映像を伝えた朝鮮中央テレビ(22日放送)によると、歓迎曲が響くなか、金総書記が愛用の真っ白なジャケット姿で劇場の観覧席に姿を現した。

 公演の様子は2時間20分以上にわたって伝えられた。金総書記の様子にはこれまでと特段、変わった点はないものの、金総書記の姿は放送ではあまり強調されていないように思える。

 だが、朝鮮中央テレビが25日夜になって、この公演に関する番組を放送した際、同テレビ記者の「公演はどうだったか」という質問に対し、高齢男性が次のように答えている。

「敬愛する(金正恩)総書記同志のやつれた姿を見て、胸が痛い」

「すべての人が涙を流していた」

 北朝鮮では最高指導者の体調に関する言及はタブーだ。放送の中で住民がこうした事項について公然と語り、それを放送できるのは、国営メディアを統制する朝鮮労働党宣伝扇動部の指示があったということに他ならない。

◇父の時代にも「やせ細った姿」

 最高指導者の体調に言及した表現は先代のころにも用いられたことがある。

 金正日氏は肥満体質で、かつては腹部が大きく出ていたが、2008年8月に脳卒中で倒れたあと、しばらくして激やせした。国営メディアはしばらくの間、健康不安を感じさせないような写真を使って健康ぶりを強調してきた。

 ところが09年3月ごろからは一転、激やせしている写真を使い始めた。当時、宣伝扇動部は「住民の大多数が金正日氏の健康不安情報に触れている」「もはや伏せ切れない」と判断。金正日氏の動静を伝える際、健康ぶりを伝える報道指針から「健康を顧みず働く姿を伝える」「それによって住民をひきつける」に転換し、やつれた姿もそのまま報じるようになった。

 そのころ、労働新聞や朝鮮中央通信の記事では、金正日氏の現地指導を受けた工場関係者の話などとして「やせ細った姿を目にして涙が止まらなかった」と紹介している。

 同時に金正日氏の言葉として「仕事が多く辛いのは事実だ」「時には数時間も精神を集中させて考えれば、意識がぼーっとする時もある」「一生涯、仕事に埋もれて生きようと思う。これが私の最大の幸福であり、喜びだ」などと伝え、“住民のために身を粉にして働いている”という論理を前面に押し出していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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