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新疆ウイグル問題とも対比して語られる「処理水」放出問題――もはや放置できない周辺国・地域世論の悪化

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国のネット上で多用される独研究機関のシミュレーション画像=筆者キャプチャー

 日本政府が東京電力・福島第1原発で生じる汚染水を処理した水を海洋放出すると決めたことで、周辺国・地域に強い懸念と反発が広がる。特に中国では、自国が新型コロナウイルス発生源調査の際に求められた「透明性」を日本側に求めるような声が出たり、「新疆ウイグル自治区のことよりも自分のことを心配せよ」という理屈が語られたり、批判の声が次々に上がる。他の国・地域でもそれぞれの事情に沿った形での日本批判が繰り広げられており、周辺国の理解を促す日本からの情報を矢継ぎ早に発信していく必要がありそうだ。

◇一方的なデータだけで「安全」主張

 中国外務省の趙立堅(Zhao Lijian)副報道局長は今月15日の定例記者会見で、処理水を「核廃水」と表現したうえで、次のように立場を表明した。

「日本は、一方的に得たデータだけを頼りに『核廃水は安全だ』と主張しているが、全く説得力がない」

「福島第1原発を運営する東電によるデータ改ざんや隠蔽を暴き出すような、密告や証言、報道はまだあるのか?」

「さまざまな悪事を前にして、国際機関などの第三者の実質的な参加・評価・監督を欠くこれらのデータは、本当に信頼がおけるのだろうか」

 翌日の会見でも「日本は誤った決定を見直し、撤回することで、全人類と将来の世代に対する責任を果たすべきだ」「各国の一致した反対意見に真摯に向き合い、中国を含む国際社会の実質的な参加・監督を受け入れ、核廃水の処理問題が完全に日の当たる場所で運用されるようにすべきだ」と透明性の確保を求めた。

 北京紙・新京報は処理水海洋放出の法的問題点に関する記事を掲載し、北京国際法学会会長の李寿平(Li Shuping)北京理工大学法学院院長の「もし核廃水に(放射性物質の)炭素14やヨウ素129が含まれていて、海洋環境に長期的な被害を与えるなら、国際法上の不当行為となり、『人道に対する罪』を構成することになる」との意見を載せている。

 さらに李寿平院長は▽もし日本が船舶・航空機などで核廃水を関連海域に輸送して排出するならロンドン条約(1972年)やロンドン議定書(1996年)が適用される。故意の海への投棄は国際的義務違反となる▽もし核廃水を陸から海に直接流すなら国連海洋法条約の関連規定への違反となる――との見方を示している。

◇「新疆よりも気にすべき問題」

 中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」の胡錫進(Hu Xijin)編集長は14日の段階で次のような文章を中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」上で書いた。

「不思議なのは、米国・日本は新疆(ウイグル自治区)のことをとても気にしている。それは本来、彼らとは全く無関係の、純粋な中国のことなのに、なぜ(そのことが)正常であるというのか。

 日本は核廃水を太平洋に流し、それが最終的に中国の近海に流れ込む可能性がある。中国人とこの問題のかかわりは、米国・日本と新疆のかかわりに比べて何倍も大きい。私たちはテーブルを叩いて日本政府の無責任さに怒りをぶつけているのに、なぜ異常であるというのか」

 ネット上には「放射性物質のトリチウムや炭素14などの深刻な物質はいまだに処理できないため、排出されれば1000年に一度の世界的な大災害になるかもしれない」などの意見が書き込まれ、「これが阻止できるかは、日本の漁業関係者や多くの国が共同で、反対の声を上げられるか、ということにかかっている」との呼びかけもある。

 加えて、中国メディア・騰訊(テンセント)網など主要なウェブサイトでは、画像もあわせて掲載されている。そこにはドイツのキール大学ヘルムホルツ海洋研究センターが福島第1原発事故(2011年3月11日)の翌年実施したセシウム137拡散シミュレーションの動画・写真が頻繁に使われている。海流による拡散状況が赤色や黄色で記され、“処理水放出によって福島から汚染物質が太平洋中に広がる”と印象づけるものだ。

菅首相の福島第1原発視察時の様子を伝える動画=筆者キャプチャー
菅首相の福島第1原発視察時の様子を伝える動画=筆者キャプチャー

 また菅義偉首相の発言もある。菅首相が昨年9月に福島第1原発を訪れた際、処理水のサンプルを渡され東電側から「希釈すれば飲める」との説明を受けながらも、首相は「飲んでもいいの?」と聞き返して結局、飲まなかった――という日本での報道が動画・写真で伝えられ、これも多用されている。

◇他の周辺国・地域も

 処理水に関しては、韓国メディアは激しく反応している。専門家や反原発団体、環境保護団体の懸念や批判の声が高まり、日本大使館前では抗議デモもあった。

 文在寅(ムン・ジェイン)政権も「絶対に許せない措置だ」と批判し、文大統領は14日、放出差し止めを求めた国際海洋法裁判所への提訴を検討するよう実務関係者に指示している。韓国では、与党がソウル、釜山両市長選で惨敗し、文大統領の求心力が急落している。このため世論の動向に敏感にならざるを得ないという事情が強硬姿勢を後押ししている。

 北朝鮮は15日に国営朝鮮中央通信で「(日本が)人類に新しい大災難をもたらそうとしている」「人類共同の富である青い海の生態環境を破壊するばかりでなく、沿岸地域人民の健康と生存に甚だしい危険を招くようになる」と非難している。

 一方、台湾当局は今後、収穫した魚類や近海の放射性物質の検査を強化する方針を示している。検査の結果、台湾の漁業が損失を被ったことが明らかになれば、日本側に損害賠償を請求する方針を示している。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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