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中国の次の現状変更ターゲット・台湾への“嫌がらせ”エスカレート――新型コロナで「米軍来ぬ間」に

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
19年4月23日、中国海軍創設70周年の記念式典で写真撮影に臨む習近平国家主席(写真:ロイター/アフロ)

 中国は「香港の次は台湾」と言わんばかりに、この1年間で、台湾への軍事的圧力を急速に強めている。トランプ政権時代、米国が台湾との関係を強化すればするほど、中国は現状変更を急いできた。その動きはバイデン政権になってからも失速することはないようだ。

◇米軍の空白をあざ笑うかのように

 アジア太平洋地域で活動する米海軍空母で昨年4月、新型コロナウイルス感染が発生し、米軍の即応能力に対する懸念が広がった。これをあざ笑うかのように、中国共産党機関紙・人民日報系「環球時報」は「米国海軍が伝染病(コロナ)で困難に直面している間、中国海軍は防疫での自信を示すため遠洋に軍艦を送る」「われわれの『筋肉』を見せる」などと誇示していた。

 その少し前から、台湾海峡で中国軍による挑発的な動きが活発化していた。

 昨年、中国軍機は台湾海峡の中間線を次々に越え、その数は過去30年で最多となった。中には戦闘機「殲10」と「同11」など最新鋭戦闘機も含まれていた。(中間線=東西冷戦時代に米軍が提起した作戦上のラインで国際法上の意味はない。中国側は中間線の存在そのものを否定しながらも「暗黙のライン」として守ってきたため、偶発的事件を防ぐための境界線の役割を果たしてきた)

 台湾の防空識別圏への進入も常態化し、一度に繰り出す戦闘機や爆撃機の数も極端に増加した。(防空識別圏=戦闘機が緊急発進する際の判断基準となる空域を指す。国際法で定められた領空とは異なる)

 台湾周辺海域を航行した中国軍艦艇も1000隻を超えた。

 また、米国の閣僚らが相次いで台湾を訪問した際には、中国は「『一つの中国』原則の重大な違反」という抗議の意思を示すためにも、渤海と黄海、東・南シナ海の四つの海域で軍事演習を繰り返した。

 それだけではない。

 中国の漁船や海砂採取船など民間船舶も、台湾周辺海域という敏感な場所で活発な動きを見せた。こうした船が一度に多数、台湾周辺海域に向かうためには中国共産党指導部の決裁が不可欠である。民間船舶のバックには軍も控えている。民間船舶が侵害行為を引き起こすことで現状変更につなげていくという試みは、2010年に沖縄県・尖閣諸島沖で起きた中国漁船衝突事件の以後の中国当局の動きを見ればわかる。

◇ワクチンをめぐる“嫌がらせ”

 中国の王毅・国務委員兼外相は今月17日、オンラインで開かれた国連安保理のワクチン分配をめぐる閣僚級会合で「中国は10カ国以上と提携し、ワクチンの研究開発を積極展開している」と述べた。中国は世界保健機関(WHO)の要請を受け、中国製ワクチン1000万回分の提供を決定。53の発展途上国への援助で合意した。その際、王毅氏が強調したのが「人道的見地から、いかなる政治的条件も設けない」だった。

 だが、そんな中国が、台湾のワクチン調達を“妨害”したという批判が台湾側で持ち上がっている。

 台湾の陳時中・衛生福利部長(衛生相)が同じ17日の記者会見で「独バイオ製薬ビオンテックと約500万回分の新型コロナウイルスワクチンを調達することで合意していたが、“特定の人たち”の干渉で契約できなくなった」と述べた。名指しは避けたものの、“特定の人たち”は中国を指すのは明らかだ。

 陳氏によると、台湾は昨年秋の段階で、ビオンテックと米製薬大手ファイザーが共同開発したワクチンの調達で合意していた。だが、ビオンテックの中華圏での総代理を務める中国製薬大手の上海復星医薬が唐突に契約締結を拒否してきたという。

 中国側はこの台湾の主張に対して「上海復星医薬を通さずにビオンテックと交渉すること自体が国際ルール違反」と批判の矛先を台湾側に向けている。

◇「台湾アイデンティティー」

 中国と台湾の関係は非常にデリケートだ。筆者の経験から言えるのは、大陸の中国人は「台湾は中国の一部であり、中華人民共和国台湾省」と信じて疑わないことだ。逆に、台湾の人たちは一般に、自由と民主主義という価値観を有し、中国共産党とは一線を画す。

 習近平政権は「平和的な統一」を志向するが、台湾が米国とともに独立に向けた動きを見せるならば、武力行使も辞さない。一方で、武力行使の瞬間、中国の国際的信用は失墜するばかりか、国際社会から経済制裁を受けることになり、中国経済は世界から切り離される恐れもある。

 台湾側でも対中融和を基本方針とする国民党が政権につけば中台関係は緊密化し、独立志向の民進党になれば、それが逆転する。2016年に民進党政権が発足してからは、習近平政権は中台の実務協議や交流などを停止させ、関係悪化が深刻化している。

 それからあと、中国は香港で国家安全維持法をゴリ押しして「1国2制度」の形骸化を進め、新型コロナ感染拡大の真相究明を図ろうとする勢力には威圧的な態度を続けた。こうした中国側の態度が台湾側を硬化させ、住民の気持ちをさらに遠ざけた。「台湾アイデンティティー」を認識しようという空気が強まり、パスポートでは英語表記の「TAIWAN」を大きくして「CHINA」を小さくするなど、脱中国化の流れも出てきた。

 中国は台湾を「核心的利益」(安全保障上で絶対に譲歩できない国益)に位置付ける。共産党建党100周年という節目を迎えた今年、中国は共産党一党支配の正統性を誇示する。そのためにも対米関係の改善を模索するとみられる。ただ、この台湾問題の本質的な解決は難しく、中台の対立は当面続くだろう。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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