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北朝鮮でも人気のK-POP――ファンの一部は「BTSメンバーに北朝鮮出身者がいると信じている」らしい

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
BTSを取り上げるYouTubeチャンネル「AYO」=筆者キャプチャー

 韓国男性7人の人気音楽グループ「BTS(防弾少年団)」(2013年結成)は北朝鮮でも大変な人気で、住民の中には「メンバーに北朝鮮出身者がいる」と信じている――そうだ。統制の厳しい北朝鮮で、住民たちはいかにして韓流やK-POPに触れているのか。韓国でYouTubeチャンネル「AYO」を運営する脱北者のカン・ナラ氏(2015年亡命)とパク・ユソン氏(2009年亡命)が先月29日配信の動画で、その内情を解説している。

◇暗号は「防弾リュック」

 パク氏は北朝鮮側からもたらされている情報として次のような話を伝えた。

「北朝鮮で最初に防弾少年団が知られるようになった時、『北朝鮮から行った人がメンバーにいる』、あるいは『防弾少年団を作り上げた人物が北朝鮮の人間ではないか』という噂が広まった」

 もちろん、BTSのメンバーは全員が韓国出身であり、噂は正しくない。

 一方で『防弾』や『少年団』という言葉には軍事用語のニュアンスがあるという。

 カン氏は「北朝鮮では『防弾』などの用語をたくさん使う。また向こうには『朝鮮少年団』などの組織もある。だから『防弾』『少年団』という響きには、ある意味、ものすごく親しみをもてる」と指摘している。

 パク氏によると、北朝鮮では「防弾少年団」という固有名詞を口に出せば摘発されるため、みんな「防弾リュック」などの暗号に置き換えているという。

 さらにカン氏は、韓国に2年前に亡命した脱北者から「北朝鮮では住民たちがBTSの『春の日』という曲を鼻歌でうたいながら歩いている」と聞いた。それだけ、北朝鮮住民の間ではBTSの認知度は高いということだ。

◇北朝鮮での韓流事情

 動画では視聴者から「全世界的に韓流やK-POPの人気がすごい。韓流の影響を受けて脱北した人間はいるか」との質問が寄せられ、カン、パクの両氏とも「たくさんいる」と答えた。

 カン氏は「私は北朝鮮にいる時、(韓国出身のボーカルグループである)『東方神起』や(韓国の女性アイドルグループ)『少女時代』のミュージックビデオを見たことがある」と明かした。

「北朝鮮の歌は通常、朝鮮労働党に関するものが多い。でも、そういう歌は耳にしっかり入ってこない。ところが韓国の歌には、愛がどうだこうだ、とあるので『新世界』に思え、とてもいいと感じた。それで韓国に行けば(歌に描かれているような)人たちばかりが住んでいて、そうした生き方を楽しめるのでは――と思って脱北した」

 つまりカン氏は自身の行動を「韓流のために脱北」と表現している。

 一方、パク氏は北朝鮮でK-POPに触れる方法として「冬によくイヤーマフ(防寒用耳当て)を着用した。そのイヤーマフの下にイヤホンのコードを這わせて隠し、耳を温めるようなふりをしながら聞いていた」。検閲に出くわせば、すかさずスイッチを回して北朝鮮の歌に変更するそうだ。音源はCDやUSBにコピーされたものを、北朝鮮に来る中国人から入手する。CDの場合、保温瓶の内部を取り除けば「中に200枚は入る」という。

 韓国で「OST(オリジナル・サウンドトラック)の女王」と呼ばれる女性歌手ペク・チヨンが2018年4月、平壌で公演した際、ヒット曲『銃に撃たれたように』(2008年11月リリース)を歌った。カン氏は「(ペク氏は)大学生の間で物凄い人気」という話を聞いたことがある。

 ただ「韓国からミュージシャンが来るような場合、選抜された住民だけが聴きに行ける。その際、音楽を聴いて不用意に反応しないよう厳しい事前教育を受けさせられる」と指摘する。

 公演会場の映像をみると、聴衆たちは周囲の様子を気にしながら、硬い表情で拍手をしている。「ビデオカメラで撮影されているためだ。『ワーッ』と歓声を上げて喜んでいようものなら、その翌日、大変なことになる」からだという。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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