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金正恩氏の党大会発言は意訳すると「このままでは朝鮮労働党は5年ともたない」の危機意識の吐露

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
朝鮮労働党大会で歓声に応える金正恩総書記=労働新聞より筆者キャプチャー

 北朝鮮の最高意思決定機関である朝鮮労働党大会(5~12日)では、金正恩指導部が直面している喫緊の課題があらわになった。特に金正恩総書記が開会の辞で述べた「党の75年の執権の歴史を80年へとしっかりつなぐ決定的な時期」という発言が、北朝鮮側関係者の間で「このままでは党が創建80年(2025年)までもたないという危機感の表れ」と受け止められているようだ。党大会で再確認された北朝鮮の苦悩とは――。

◇経済不振の「内的原因」

 党大会で金正恩氏は、慢性化する経済不振の原因を「外的要因」と「内的原因」に分けて論じていた。

 前者は、国連制裁や新型コロナウイルス感染防止のための国境封鎖、自然災害という「3重苦」だ。この「外的要因」の克服には、非核化・米朝関係改善に伴う制裁解除や、新型コロナのパンデミック(世界的大流行)の終息という高いハードルがあり、主導的に取り組める課題とは言い難い。

 後者は、国内でこれまで放置されてきた不合理な秩序やシステムを指す。金正恩氏がメスを入れようとしているのが後者だ。

 北朝鮮では国家でさえ、国内の経済活動を把握できていないといわれる。どこで誰が何をし、モノがどう動いているのか、その全貌をつかめず、統制しようにもできない状況なのだ。

 教員や医師らは国からの給料では生活できず、その数倍、数十倍の賄賂を受け取ることで家計を支えている。

 工場や企業所はノルマ分だけ国に納めれば、残りは野外の市場に出して儲ける。

 その市場にはモノがあふれ、住民も集まる。だが公設デパートの商品は歯抜け状態だ。市場を統制してもデパートの商品が増えるわけではない。

 住民には重い「税外負担」が課せられる。「最高指導者への忠誠心の証」として必要経費や資材の無償提供を余儀なくされる――。

 金正恩氏は、こうした不合理さを「内的原因」と位置づけ、これを是正する意向を打ち出したわけだ。

◇腐敗対策の新設部署

 そのためにも不可欠と判断したのが、不正・腐敗の根絶。北朝鮮当局は昨年、「党幹部養成基地」(金日成主席高級党学校とみられる)や平壌医大での不正・腐敗行為をあえて公開し、厳しい処分を科した。加えて、今回の党大会で、党内に新たな規律監督システムを構築した。

 党中央検閲委員会を党中央検査委員会に組み込み、そのトップには党指導部メンバーの政治局委員である鄭尚学書記を当て、強い権限を持たせた。傘下の専門部署には、新設した「規律調査部」などを置き、部長には政治局委員・党副委員長経験者の朴泰徳氏ら実力者を据えた。昨年8月の党政治局会議で言及のあった「新設の部署」はこの「規律調査部」を指すとみられる。

 ただ、そもそも北朝鮮で不正・腐敗がはびこる背景には、金日成氏や金正日氏の時代から続く党組織の機能不全と経済不振がある。不正・腐敗の党員を叩いたとしても、経済難からの脱却が図られなければ、根本的な解決にはならないという状況にある。

◇「親人民、親現実」政策

 金正恩氏が反「不正・腐敗」とともに前面に押し出しているのが「親人民、親現実」だ。日本語ではなじみのない表現だが、平たく言えば「人民に寄り添い、現実的であること」というニュアンスだろう。

 北朝鮮側関係者は「党大会で焦点が当てられた二つの出来事に『親人民、親現実』が反映されている」とみる。

 ひとつは、今回の議題に「金正恩氏のポスト変更」は含まれていなかったのに、ふたを開けてみると、金正恩氏は「委員長」から「総書記」に肩書が変わっていたこと。

 前回の党大会には金正恩氏を「党の最高首位に推戴する」という議題があり、党大会を経て金正恩氏は「委員長」となった。ところが、今回の総書記選出は個別の議題ではなく、「党中央指導機関の選挙」の中に組み込まれていた。「そのポストだけを特別視するのは人民の支持を得られず、現実的ではないという判断があった」。北朝鮮側関係者はこう見る。

 もうひとつは金与正氏の降格だ。

 金正恩氏の実妹であり、国内外で存在感を高めている。ただ、金与正氏の急速な地位向上に違和感を抱く住民も少なくないようだ。

「(北)朝鮮社会には老若男女問わず優秀な人材が数多くいる。その中で、若い女性がポツリ、党指導部の席にいれば、本人の実力の有無にかかわらず、人民や軍人は“兄の七光りで引き上げられた”と反感を抱く。民心に敏感な元帥様(金正恩氏)は、その状況にストレスを感じたのだろう。無理に妹を引き上げなかったのは『親人民、親現実』ゆえの措置」(同関係者)

 とはいえ、北朝鮮では金正恩氏の一強支配が続き、個人崇拝や相互監視のシステムが体制を支える状況に変わりはない。「親人民、親現実」にどこまで実効性があるのか、現時点での確証はない。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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