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エベレスト標高の共同発表に隠された中国とヒマラヤ隣人との確執とは

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
エベレスト標高に関する共同発表に臨む王毅氏ら=中国外務省サイトよりキャプチャー

 中国とネパールはこのほど、両国にまたがる世界最高峰エベレスト(中国名チョモランマ)の標高を「8848.86mにする」と共同発表した。この世界最高峰の“背丈”をめぐっては諸説があったが、中国はネパールを引き込んで、この論争の決着に持ち込んだ点をアピールしている。ここには中国の他の「ヒマラヤの隣人」をめぐる思惑が隠されている。

◇標高には諸説

 エベレストは19世紀半ばに「世界最高峰」と考えられるようになったが、その標高には諸説があった。

 1954年にインドが頂上近くから測量した結果として「8848m」▽1975年に中国の登山隊が頂上で測った結果として「8848.13m」▽1999年に米国の調査隊が全地球測位システム(GPS)で調べた結果として「8850m」▽2005年に中国が再測量し、山頂の氷や堆積物の分量を差し引いた結果として「8844.43m」――などだ。ほかにもイタリアやデンマークも独自の測定値を発表してきた。

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、エベレストは時間と地球表層部の動きによって変化する。

 インドのプレートが毎年少しずつ北上してユーラシアのプレートの下に潜り込み、ヒマラヤ山脈を押し上げているため、科学者たちは「ヒマラヤ山脈の北西部は年間平均10mm、エベレストは1mmほど高くなっている」と推測してきた。

 ただプレートがスムーズに動かずに圧縮される場合、圧力が高まり、限界に達した段階でプレートが急激に動くことで地震となり、2015年4月にネパールでマグニチュード7.8の大きな揺れが起きた。この時、エベレストの観測結果として、中国側が同年6月、「南西方向に3cm動いたが、標高は変わらなかった」と発表した。

 こうした中、中国の習近平国家主席が2019年10月にネパール訪問の際、バンダリ大統領とともに、共同声明を出し、両国が合同で標高を発表するとしていた。エベレストを挟んだ隣国ネパールとの国交65周年を記念するとして、両国が共同で標高を改めて測定することで一致し、両政府が、それぞれ測定作業を進めてきた。

 測量専門家や登山家ら50人以上で構成した中国自然資源省の登山隊が今年5月27日、エベレスト山頂に到達。中国独自の衛星利用測位システム(GPS)「北斗」などを活用し、複数の先端技術を駆使して、正確なデータを測定した。ネパール側も調査隊が測定にGPSを使った。

◇インド、ブータンとの関係悪化

 エベレストの標高に関する共同発表は今月8日、ビデオ会談形式で開かれ、中国の王毅国務委員兼外相とネパールのギャワリ外相が参加した。ギャワリ氏は「中国とネパールの関係はヒマラヤを超えて上昇し、新しい高さに達するだろう」と両国の親密さを強調した。ニューヨーク・タイムズは「世界第2位の経済大国と第101位が親密さを増している」と表現した。

 香港の英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)の解説(12月12日付)によると、ネパールは中国と険しい山々で隔てられている。一方、隣国インドとは平野でつながっており、地理的・文化的にもネパールはインドに近い。だが、そのネパールが近年、関係を強めるのは、インドではなく中国だという。

 ネパールは非同盟中立を基本的な外交方針として掲げ、インドとの関係を重視しつつ中国とも良好な関係を保ってきた。ただ最近は中国が攻勢をかけ、開発プロジェクトへの巨費拠出を表明するなど、ネパールでの影響力拡大を図っている。

 中国とネパールにはともに共産党政権があり、共通の政治的理解があるという事情もある。中国はネパールを、自国主導の巨大経済圏構想「一帯一路」によって南アジアに向け南下するためのカギを握る国とみて接近している、という流れもある。

 他方、両国間にはチベットをめぐる問題もある。チベット人が中国チベット自治区などからチベット亡命政府(インド北部ダラムサラ)に向かう際、ネパールがその中継地となっている。このためネパールには約2万人の亡命チベット人がいて、うち約9000人が首都カトマンズに住む。だが、ネパール側は最近、中国の要請に応じて中国から山を越える亡命を規制したため、チベット難民が急減している。ネパール政府は国内の「反中国」の抗議行動にも厳しく向き合っている。

 ネパールとの関係が親密になる一方で、中国と他の「ヒマラヤの隣人」との間には険悪なムードが漂う。隣国インドとは4000km以上に及ぶ未確定の国境線をめぐって緊張が続く。別の隣国ブータンとは、同国東部の領有権を中国が新たに主張したため、ブータン側から反発を受けている。インドはブータンの後ろ盾になるなど関係強化を図っている、という状況にある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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