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「ラブレター」から猛烈な突き押しへ――次の米国務長官は金正恩氏を「暴君」と呼ぶ「外交官中の外交官」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
次期米国務長官に起用されるブリンケン氏(右)=11月24日(写真:ロイター/アフロ)

 バイデン次期米大統領が外交司令塔の国務長官に起用するブリンケン氏(58)は過去、北朝鮮に対する強力な制裁を主張してきた人物だ。今年9月のインタビューでも金正恩朝鮮労働党委員長を「世界最悪の暴君の1人」と表現するなど、その強硬姿勢に変化はないようだ。

◇見返りのなき譲歩「見返りが何もないよりも悪い」

 米大統領選でトランプ、バイデン両候補が激しく競り合っていた今年9月25日、ブリンケン氏は米CBSテレビのインタビューに応じ、バイデン陣営の外交政策顧問として国際情勢に関する考えを述べていた。

 司会者から「バイデン氏が副大統領を退任した2017年1月の時点よりも北朝鮮の核の脅威は高まっている」と問われ、すかさず持論を展開した。

「我々の目標は明確に『核兵器のない朝鮮半島』だ。そこにたどり着くには、同盟国やパートナーと緊密に協力し、賢明でタフな外交を展開することが必要だ。難しい問題ではあるが、我々はイランで成功を収めることができた。北朝鮮と同じ方向に進む機会はまだあると思う」

 同時にトランプ大統領の対北朝鮮政策を厳しく批判した。

「問題は、トランプ大統領の監視の下で、すでに困難な問題が、危険性が低くなるどころか、より深刻になっているということだ。

 我々には大統領がいた。大げさな脅迫から、彼自身が『ラブレター』と呼ぶものを世界最悪の暴君の1人と交換するまでに、その方針を根底から覆すような大統領が。金正恩(委員長)と、何の準備もなく、3度も空虚な首脳会談を持った」

 ここでトランプ氏の著書である『The Art of the Deal(取引のアート)』を引き合いに出して「(The Art of the Dealが)本当に、金正恩(委員長)に有利な『Art of the Steal(盗みのアート)』に変わってしまった」と、韻を踏んで皮肉った。

 さらに「世界最悪の暴君の1人が、世界の舞台で米大統領と対等の地位を得た。おまけに、彼らをなだめるため、同盟国との軍事演習を中断する。経済的圧力のペダルから足を離す。その見返りは? 『何もない』よりも悪い」と米国が不利益をこうむっている点を強調した。

 またトランプ氏が「北朝鮮の核の脅威はもうない」と繰り返していたことを「最悪の嘘」と切り捨てた。

「北朝鮮は現実に核兵器とミサイル能力を向上させているにもかかわらず、大統領は『北朝鮮の核の脅威はもはや存在しない』と米国民に語っている。戦争と平和の問題で米国民に嘘をつくのは、大統領の、真実との敵対関係の中でも最悪のものかもしれない。たぶん、新型コロナウイルスのように、北朝鮮の核が奇跡的に消えるとでも思っているのかもしれない」

 ブリンケン氏の主張は、日韓両国のような同盟国と緊密に協力する▽北朝鮮に対し実効性のある経済制裁を加えるためにも中国に圧力をかける▽そして北朝鮮を交渉のテーブルに引っ張り出す――というものだ。「オバマ―バイデン政権末期に積極的に進めてきたことだが、これには多くの時間がかかる。多くの準備が必要で、多くのハードワークが必要だ。だが、それは報われるものだ」

 そのうえで北朝鮮の現状に関して「私はいかなる幻想も抱いていない。北朝鮮が明日にも、すべての保有兵器を放棄するとは思えない。だから、これは段階を追って進めるべきものであり、持続的で集中的な外交政策があれば可能だ」との認識を示した。

◇「戦略的忍耐」政策を推進

 米メディアの情報を総合すると、ブリンケン氏はハーバード大とコロンビア大ロースクールを卒業。クリントン政権時代に国務省でのキャリアをスタートさせた。「外交官中の外交官」といわれ、政策に精通しているという。

 バイデン氏とは長年、緊密な関係を築いてきた。バイデン氏が副大統領だったオバマ政権で国務副長官や大統領副補佐官(国家安全保障問題担当)を務め、今回の大統領選ではバイデン陣営の外交アドバイザーも務めていた。

 北朝鮮に対しては、圧迫を通して北朝鮮の変化を促すという「戦略的忍耐」政策を推進してきた。オバマ政権時代に北朝鮮が核実験を繰り返して危機が高まった時期にも、ブリンケン氏は制裁強化を主張していた。

 国務省副長官だった2015年2月に韓国を訪れた際、取材陣から「米国の北朝鮮制裁は行き過ぎであるとか、非生産的であるとか思わないか」と問われ、「国際社会の北朝鮮に対する圧迫のおかげで、北朝鮮が核兵器やミサイルに必要な物資を獲得する能力に、意味のある違いが生じた」などと話していた。また、北朝鮮が4回目の核実験(16年1月6日)を強行した際には「北朝鮮問題における中国の特別な役割」に着目し、中国が役割を果たさないため制裁の効果が限定的になる、と警告していた。

 その後も「北朝鮮の行動変化を引き出すため、国連安保理制裁決議の忠実な履行を各国に勧告するなど、米政府は北朝鮮への圧迫に積極的に乗り出している」「世界各国に北朝鮮がレストランや企業を設立し、政権に資金が流れ込んでいる。こうした企業を探し出し、送金を遮断すべく注力している」と発言するなど、対北朝鮮強硬派ぶりを前面に押し出してきた。

 ブリンケン氏の米国務長官就任を北朝鮮が警戒しているのは間違いない。バイデン政権がブリンケン氏主導のもと、「戦略的忍耐」政策に回帰するなら、北朝鮮側も再び瀬戸際外交に打って出る可能性が高い。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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