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北朝鮮が「バイデン氏当確」を報じない三つの理由

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
15日に開かれた党会議で発言する金委員長=労働新聞サイトより筆者キャプチャー

 米大統領選で民主党のバイデン前副大統領が当選を確実にしたことについて、北朝鮮は16日の時点で、その結果を報じず、沈黙を保っている。北朝鮮の国営メディアは過去の米大統領選で、当選した人物との関係性に応じて報じ方を変えてきた。「バイデン氏当確」を伝えない背景にあるものは……。

◇ブッシュ氏

 2000年の大統領選(11月7日投票)では、共和党のブッシュ氏(テキサス州知事)と民主党のゴア副大統領が大接戦となった。記載内容が不明確な「疑問票」を巡って法廷闘争となったものの、連邦最高裁は12月12日になってブッシュ陣営の事実上の勝訴を言い渡し、勝者が確定した。北朝鮮はその5日後の同17日になって、国営朝鮮中央放送が「ブッシュ氏の当選が確定した」と、論評を加えずに報道していた。

 だが、ブッシュ氏が大統領に就任したあと、米朝関係がこじれ、ブッシュ大統領が02年の一般教書演説で北朝鮮を「悪の枢軸」と呼んだことで関係は悪化。これに対する反感は北朝鮮側の報道姿勢にも表れ、ブッシュ氏再選(04年11月2日投票)時には、7日後の同9日になって党機関紙・労働新聞が初めて言及。この際、報道ではなく論評を通して「(韓国の)ハンナラ党(当時)が党代表団を緊急に米国に派遣し(中略)再選された米大統領に会って歓心を買い……」と伝え、ブッシュ氏の名前を伝えず、単に「再選された米大統領」と表現していた。

◇オバマ氏

 2008年の大統領選(11月4日投票)は、ともに上院議員の新人だったオバマ氏(民主党)とマケイン氏(共和党)の戦いとなり、オバマ氏が当選した。

 朝鮮中央放送は同7日夜の段階で「オバマ氏が共和党の候補者マケイン氏を多くの票差で退けた」と報じた。

 特に「多くの票差で退けた」という表現について、北朝鮮情勢の専門家の間では「民主党候補の当選に込められた北朝鮮側の期待値を表現したものではないか」との見方が出ていた。

 だが、その後、米朝関係が膠着状態に陥り、オバマ大統領が2012年11月6日投票の選挙で再選されても、朝鮮中央放送は4日後の同10日の定時ニュースで「大統領選で民主党候補のオバマ現大統領が共和党のロムニー候補を抑えて再選した」と論評抜きで報じるにとどまっていた。

 ちなみに民主党のクリントン氏の場合、1992年と96年の大統領選について、いずれも平壌放送が2日後の定時ニュースでその当選を初報道している。

◇トランプ氏

 2016年の大統領選(11月8日投票)では、トランプ氏が9日未明、対立候補のクリントン氏から敗北を認める電話を受け取ったと明らかにし、当選が決まった。

 その翌日の労働新聞(10日)は「来年就任する新政府に核強国を相手にしなければならないさらなる負担を残した」と、「トランプ氏」の名前に言及せずに「新政府」とだけ表現した。

 同16日になって、朝鮮中央通信が北朝鮮メディアとしては初めて、トランプ氏当選に言及した。その際、朴槿恵韓国大統領(当時)の友人、崔順実氏の国政介入疑惑を巡る与党セヌリ党(同)の対応を非難する論評の中で「セヌリ党は『トランプ政権発足に備えた非常態勢の稼働』『安保・経済問題の超党派の対応』と騒ぎ、米大統領選の結果まで危機脱出に利用している」と報じていた。

◇今回はいつ?

 では北朝鮮はなぜバイデン氏当確を報じないのか。

 一つには、トランプ大統領がバイデン氏当確となった選挙結果に不服を申し立てている状況であるだけに、北朝鮮としても「米国での司法手続きの行方を見極める」という状況にあるとみられる。

 二つには、金委員長とトランプ氏との特別な関係が左右しているようだ。

 各国首脳は早々にバイデン氏に祝電を出し、次期政権の発足前からパイプ作りを進める構えを見せている。だが、北朝鮮の場合、米朝首脳が特別な関係を築いてきたという事情もあって、トランプ氏への配慮から「途中経過」を伝える報道ならば必要ないと判断している可能性もある。

 三つ目は、金委員長を含めた指導部が対米戦略を見直している可能性だ。

 朝鮮中央通信は16日に党政治局拡大会議開催を伝えたが、ここでも米大統領選に触れた箇所はなかった。

 同会議では金委員長の動静報道が25日ぶりに伝えられた。金委員長の動静が伝えられない「空白期間」は今回が今年最長だった。大統領選の結果を踏まえ、次期米政権にどのように向き合うのか、その戦略作りに集中していたとの観測も出ている。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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