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米中対立に巻き込まれたディズニー新作――ウイグル、香港問題絡み映画「ムーラン」ボイコットの合唱

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
中国のネット上に掲載されている「ムーラン」の広告=筆者キャプチャー

 米ウォルト・ディズニーが2億ドル(211億円程度)を投じ、満を持して公開した映画「ムーラン」が米中対立の渦に巻き込まれている。米国が批判する中国新疆ウイグル自治区当局の協力を得たことに加え、主役が「香港の反政府デモに対する警察の取り締まり」を支持したこともあり、米国などでボイコットの声が高まる。一方、中国側は「本土の売上は好調」と声高に叫び、対抗する姿勢をあらわにしている。

◇エンドロールに「新疆」政府機関への謝意

 映画「ムーラン」は、ディズニーが1998年に製作した劇場用アニメを実写映画化したファンタジーアドベンチャー。88年のアニメは、中国の伝説「花木蘭(ファ・ムーラン)」をもとに、娘が父の代わりに男装して兵士となるという強いヒロイン像を描いている。今回は2億ドルを投じて製作したが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で劇場公開が延期され、米国や日本などでは今月4日から会員向け動画配信サービスで公開されている。

 問題視されたのが、映画の最後に流れるエンドロールだ。

 米紙ニューヨーク・タイムズによると、新疆ウイグル自治区にある八つの政府機関に対する撮影協力の謝意が示されていた。中には自治区の宣伝部門やトルファン市公安局などが紹介され、中国共産党や政府機関から協力を受けたことが明らかになっている。

 ウイグル自治区をめぐっては、ウイグル族の強制収容など大規模な人権侵害が指摘され、米政府は自治区トップへのビザ発給制限や資産凍結に踏み切っている。

 エンドロールの内容がSNSで拡散されると、米共和党のギャラハー下院議員は「中国共産党は新疆で人道に反する罪を犯しているのに、これに関して世界に嘘をつく宣伝機関や、残虐行為をする治安機関にディズニーは感謝している」、同党のコットン上院議員は「ディズニーは金のためなら何でもするのか」と、それぞれツイッターで批判してきた。

 さらに批判の的になったのは、主役に抜擢された中国生まれの俳優、劉亦菲(リウ・イーフェイ)氏の発信だ。

 昨年8月、中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」で、香港の反政府デモへの警察の取り締まりを「支持する」と書き込んだため、香港の民主活動家らが反発。中心人物である黄之鋒氏はツイッターで「『ムーラン』を見ることは、警察の暴力と人種的な不正義に目をつぶるだけでなく、ウイグル族の大量抑留に加担することになるかもしれない」と訴えていた。

◇急成長の中国映画市場も新型コロナで打撃

 中国の映画市場は最近まで、旺盛な消費意欲をテコに急拡大し、年内には北米を抜いて世界最大の市場になるとの観測も出ていた。映画が投資の対象としても注目され、多方面から資金を集めていた。

 米映画界も中国市場を意識した作品づくりを進め、時に超大作の出演者を中国の人気俳優に差し替えたりしていた。

 共産党機関紙・人民日報系「環球時報」は7日付で「映画製作者は92億ドル(9739億円程度)という中国本土市場をターゲットにしており、一部『香港独立』側の抵抗は限定的だ」と自信をのぞかせていた。

 外務省の趙立堅副報道局長は11日の定例記者会見で、「ムーラン」のエンドロールについて「新疆の地元政府が便宜を提供したことに感謝するのは正常のことだ」との見解を示した。米国などからの批判については「新疆と香港の件は完全に中国の内政だ。いかなる外国政府や組織、個人も干渉する権利はない」と従来の主張を繰り返したうえで「嘘と偏見に満ちていて取るに足らず、反論する価値もない」と突き放した。

 ただ、ロイター通信によると、中国当局は海外での批判や反発を受け、国内メディアが「ムーラン」に関する報道を禁じたとされる。こうした状況もあって、北京のメディア関係者によると、公開初日(11日)、北京などの映画館で「ムーラン」を鑑賞する客はまばらだったそうだ。

 こうした状況にありながら、北京紙・新京報は14日、「外国メディアの報道」として、13日時点で「ムーラン」が世界17の市場で合計3760万ドル(39億7883万円程度)の興行収入を記録したと伝えた。「その中で、中国本土の市場で2320万ドル(24億5502万円程度)を獲得し、映画の最大のチケット倉庫になった」と誇示した。

 中国の映画業界全体で見れば、新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けており、業界全体が苦境に立たされているという状況にある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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