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金正恩氏も認めた「新型コロナ発生」――「500人死者」説の陰で浮き沈みする日本の「アビガン投入」妙案

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
党政治局の非常拡大会議開催を報じる朝鮮中央通信=ホームページより筆者キャプチャー

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が25日、緊急招集された党政治局の非常拡大会議で「悪性ウイルスが流入したとみられる危険な事態が発生した」と述べ、新型コロナウイルス感染者の発生を初めて認める発言をした。北朝鮮の新型コロナ感染をめぐっては「500人死者」説がささやかれる一方、日本政府内では国産の新型インフルエンザ治療薬「アビガン」を送って北朝鮮との意思疎通の糸口を探るべきだという案が浮き沈みしている。

◇開城に入った脱北者

 朝鮮中央通信が26日付で伝えたのは▽「開城で感染の疑い例」が発生▽これを受けて党政治局が「非常拡大会議」を緊急招集した――の2点。

 前者は、韓国にいた脱北者が7月19日、南北軍事境界線を越えて3年ぶりに北朝鮮・開城に戻った。その人物に検査を施したところ、「新型コロナ感染が疑われる釈然としない結果が出た」という。その人物を隔離する一方、帰郷後の5日間に接触のあった全員を割り出し、検診・隔離措置を取ったとしている。

 ただ、7月19日に境界線を越えた脱北者が存在するのか▽その人物が韓国で感染していたのは事実か――などの点について確認が必要と思われる。

 こうした事態を受けて開かれたのが、後者の非常拡大会議で、金委員長が取り仕切る形で進められた。

 金委員長は「この6カ月間、全国的に各方面での強力な防御的防疫対策を講じ、すべてのルートを閉鎖したのに、悪性ウイルスが流入したとみられる危険な事態が発生した」と危機感を募らせた。報告を受けた直後の24日午後から開城を完全封鎖したとも述べた。

 北朝鮮はこれまで、海外からの帰国者や外国人らに隔離措置を施した事実を明らかにしながらも、「わが国は感染者が1人もいない『清浄国』」と主張してきた経緯がある。だが今回はこの立場を一転させた形で、韓国紙の中央日報も「北朝鮮が都市全体の封鎖措置に乗り出したと明らかにするのは今回が初めて」とも位置付けている。

◇「死亡者500人、隔離対象者39万人」報道

 韓国の有力紙、朝鮮日報は今月10日付で「北朝鮮の内部事情に詳しい消息筋の9日の証言」として「北朝鮮で5~6月、新型コロナウイルスの感染状況が悪化した」「6月末現在で、新型コロナ感染に伴う死者が500人を突破した」「隔離対象者は39万人」「死者が急速に増えている状況」と報じた。

 証言の中には「5~6月の田植え動員で学生・住民・軍人らが1カ所に集まって働いた」「6月初めに各地の学校が新学期を迎えた」などの理由から集団感染が起きた可能性に言及したものもある。

 同紙は「(北朝鮮の)内部では感染拡大の勢いが収まらず、防疫に苦慮している」と伝えた。

 加えて同紙は外交消息筋の話として「北朝鮮には中国やロシアからキットが提供されており、検査は可能」「だが新型コロナ患者が亡くなっても『急性肺炎』に分類され、遺体は全て火葬している」とも伝えている。

◇にわかにささやかれる日本の関与

 北朝鮮ではそもそも新型コロナウイルスの検査態勢が不十分なため感染状況の掌握は困難だ。金委員長が先頭に立って感染防止を掲げてきたため、仮に感染が確認されても現場は処分を恐れて「なかったこと」にする可能性も指摘されてきた。

 国際社会ではこれに対する危惧が強まり、医療援助団体「国境なき医師団(MSF)」は北朝鮮にゴーグルや聴診器、体温計などの搬入を計画。国連安全保障理事会の北朝鮮制裁委員会に「対北朝鮮制裁の適用除外」を求める申請を提出し、2月20日に承認された。国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)も検査キット搬入に関し同月21日に承認を受けた。他の人道支援機関からも制裁免除の申請が出され、次々に承認されている。

 また、国連児童基金(UNICEF)が3月28日の段階で米政府系放送局の自由アジア放送(RFA)に明らかにしたところによると、UNICEFは緊急支援要請を受けて北朝鮮保健省に医療用マスクや手袋、赤外線体温計などを届けたという。RFAは「北朝鮮が国境封鎖した後、国際機関による初の支援物品」と位置付けている。

 この状況のなか、日本政府内でも「東アジアで防疫対策の空白地帯をつくるべきではない」との議論が持ち上がっている、という情報がある。その方法として、北朝鮮側から要請があれば、新型コロナ対策に期待される国産の新型インフルエンザ治療薬「アビガン」を提供するという選択肢が検討されたと伝えられる。

 北朝鮮の防疫対策への関与を通して、日朝間の意思疎通を活性化させる狙いがあるとみられるが、現時点では「アビガン」が北朝鮮に送られた形跡はないようだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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