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「中国批判をやめよ」と若い女性に迫った欧州の外交官――その“親中的行動”は罪に問われたのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
桂民海氏の解放を求め声を上げる娘アンゲラさん=フェイスブックより筆者キャプチャー

 スウェーデン国籍の父親が中国で拘束された。娘は国際社会に救出を手助けしてほしいと訴えた。そんな娘にスウェーデンの駐中国大使が中国側関係者2人を引き合わせ、3人で娘に「発信をやめよ」と迫った。“中国寄り”ともとれる大使の行動は、果たして違法なのか――。前代未聞のこの刑事裁判で7月10日、大使に無罪判決が言い渡された。拘束された父親は、中国批判の本を売ってきた香港「銅鑼湾書店」の親会社の株主でスウェーデン国籍の桂民海氏だっただけに裁判所の判断が注目を集めていた。

◇スウェーデン大使による呼び出し

 銅鑼湾書店をめぐり、桂氏を含む関係者5人が2015年に次々と消息を絶ち、のちに中国当局に拘束されたことがわかった。中国側は「5人が自発的に中国に入った」と主張していた。書店は翌年、閉店に追い込まれた。

 中国国営メディアは、桂氏が拘束中に「交通事故で人を死なせ、さらに違法書籍の密輸に関わった」などと語った映像を流した。だが国際社会は人権団体を中心に「強制された自白だ」とみなしていた。結局、桂氏は2年間服役し、17年10月に解放された。香港メディアによると、桂氏らは拘束される前、「習近平国家主席の女性スキャンダル」を扱った本の出版を準備していたとされ、これが拘束の原因との見方が強まっていた。

 さらに18年1月、桂氏が専門医の診断を受けるため、スウェーデン外交官らとともに上海から北京に向かう途中、中国側に再び拘束された。安否を心配した娘アンゲラさん(1994年生まれ)が行動を起こし、留学先の英国でメディアの取材を受けたりSNSで発信したりして、各国政府に父親の解放への協力を要請していた。

 問題が起きたのは昨年1月。当時、駐中国大使を務めていたリンドステット氏がスウェーデンに一時帰国し、首都ストックホルムのホテルにアンゲラさんを呼び出した。「桂氏の解放を手助けできる」とかたる「中国人企業家」2人との面会を仲介したのだった。

スウェーデンの駐中国大使を務めていたリンドステット氏=スウェーデン外務省のツイッターより筆者キャプチャー
スウェーデンの駐中国大使を務めていたリンドステット氏=スウェーデン外務省のツイッターより筆者キャプチャー

 だが、この際、アンゲラさんが「企業家」2人から要請されたのは、メディアの取材を拒否することと、SNSでの発信を停止することだった。そのうえで「応じなければ、リンドステット氏のキャリアに傷がつく」と迫られた。リンドステット氏も「これ以上あなたが動けば、中国はスウェーデンに制裁を加えるかもしれない」と圧力をかけたという。アンゲラさんには「企業家」2人が「中国政府の代弁者」にみえたという。

 アンゲラさんが反発し、一部始終をブログ上に書いたことでこの面会が表ざたになった。

◇「職務の範囲内」

 スウェーデン政府は「政府の許可を得ずに外国勢力と交渉した身勝手な行為」として、リンドステット氏に関する内部調査に着手。翌月にはリンドステット氏を召還した。検察当局も事態を重視し、「面会はアンゲラさんの対中批判をやめさせるために中国側が仕込んだもの」と位置づけ、リンドステット氏を「職権を濫用した外国勢力との交渉」の罪で起訴した。地元メディアは「スウェーデン外交官が自国の治安を害する罪で起訴されたのは1794年以来」と伝えた。

 弁護側は「リンドステット氏は“自国民を解放したい”という思いから行動を取った」などと主張。証言に立った元大使らも「大使という地位は行動の幅が広く、すべてを本省に報告する義務はない」などと擁護した。

 7月10日の判決でストックホルム地裁は「検察は『大使が、中国という国を代表する誰それと交渉した』という点を立証できていない」などとして、面会の設定は大使の職務の範囲内だったと結論づけた。

 アンゲラさんが解放を求めてきた桂氏は今年2月24日、中国・寧波市中級人民法院で判決を受けている。「違法に機密情報を海外に提供した」として懲役10年に加え、5年間の「政治的権利の剥奪」を言い渡されている。

◇頻繁に起きる外交的対立

 スウェーデンは世界的にも人権意識の高い国とされる。それゆえ、国際社会から人権問題を指摘される側の中国とは頻繁に衝突している。

 桂氏の2度目の拘束は外交問題に発展し、スウェーデンのバルストロム外相は18年2月、「(スウェーデン側による領事支援に対する)野蛮な介入」と非難した。これに対し中国側は耿爽・外務省副報道局長が「桂氏はスウェーデン国籍だが、彼に関する案件は中国の法律によって処理されなければならない」と突っぱねた。

 その桂氏に対し、言論の自由の擁護を掲げる団体「スウェーデン・ペンクラブ」が昨年11月、公権力から脅迫や迫害を受けている作家や編集者に授与する「トゥホルスキー賞」を贈ると発表した。これに中国の桂従友・駐スウェーデン大使が「スウェーデン政府関係者が授賞式に出席すれば“結果”が伴う」と威嚇。授賞式に閣僚が出席したため、桂大使は貿易規制などの報復措置をちらつかせた。

 このほか、18年9月にはストックホルムを観光で訪れた中国人家族3人が、宿泊予定日の前夜にホテルに到着し、ロビーでの寝泊まりを要求。ホテルは拒否し、通報を受けた警察が、居座ろうとする家族を運び出した。この際、中国人家族が「これは殺人だ」などと叫ぶ様子がSNSに投稿されたため、中国がスウェーデンを非難し、両国間の問題に発展した例もある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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