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北朝鮮の金与正氏、控えめな“毒舌”で米国に「我々を敵視しないなら交渉してもいい」

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
シンガポールの米朝首脳会談後の署名式に際し、金正恩氏を補佐する金与正氏(左端)(写真:ロイター/アフロ)

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の実妹、金与正党第1副部長は10日発表の談話で、金委員長とトランプ米大統領の間に引き続き良好な関係が築かれている点を強調しつつも、年内の首脳会談開催の可能性を否定した。韓国向けの談話(先月17日)で多用した“毒舌”は最小限に控え、慎重な言い回しで米国に方針転換を促している。

◇「ゴミのようなボルトン」

 トランプ大統領が今月7日、米メディアとのインタビューで、3回目の米朝首脳会談について「北朝鮮側が会いたがっているのを知っている」と肯定的な発言をするなど、米国側で北朝鮮との対話に関連した言及が目立っている。

 これについて、金与正氏は「我々に関連した怪しげなシグナルを、報道を通じて聞いている」と明かしたうえ「朝米(米朝)首脳会談の可能性まで示唆するようになった米国人の心理変化をテレビ報道で興味深く視聴することは、朝食時の退屈しのぎには良かった」と揶揄した。

 そのうえで「あくまで私個人の考えではあるが、朝米首脳会談は、今年はないだろうと思う」との見解を述べた。

 理由として▽米国側に必要なのであって我々には役に立たない▽新たな挑戦を試みる勇気もない米国人と向き合えば、再び我々の時間を潰すことになり、維持されてきた両首脳の特別な関係が損なわれる危険がある▽「ゴミのようなボルトン(前米大統領補佐官)」が予言したので、絶対にそうしてやる必要がない――の三つを挙げた。

 他方、金委員長とトランプ氏の親交について「トランプ大統領に対する委員長同志の個人的な感情は疑う余地もなく強固で素晴らしい」「委員長同志はトランプ大統領の事業で良い成果があることを願うというあいさつを伝えた」と明らかにし、両首脳の親密さを印象付けた。

◇クリスマスプレゼント

 さらに金与正氏は「米国は大統領選挙の前夜に、まだもらえていないクリスマスプレゼントを受けることになるか心配しているだろう」と指摘した。

 この「クリスマスプレゼント」は、昨年12月に米朝関係が膠着した際、北朝鮮側が大陸間弾道ミサイル(ICBM)に関連した実験を強行しながら使った用語だ。金与正氏はあえてこの言葉を使って、米大統領選をターゲットにした挑発行為の可能性に含みを残した。

 そのうえで、本題である核問題で「我々は決して非核化をしないのではなく、今できないということを明らかにしたい」と述べ、非核化の意思を重ねて表明。その実現には米国側による「不可逆的な重大措置」が必要である点を改めて主張し、「『非核化措置』対『制裁解除』」という過去の米朝協議の主題を「『敵対視撤回』対『朝米交渉再開』」の枠組みに変更するよう求めた。

 また、昨年2月の首脳会談を振り返って「米国が今になってハノイ会談でテーブルに上げた一部制裁解除と我々の核開発の中枢神経である寧辺地区のような大規模核施設の永久的廃棄を再び取り引きする愚かな夢を抱かないよう望む」と付け加えた。

 北朝鮮は米国との対話について、崔善姫第1外務次官が今月4日に談話を発表した際、「朝米対話を自分らの政治的危機を処理するための道具としか見なさない米国とは対座する必要がない」と表明している。今回の金与正氏の談話は、よりハイレベルからこの立場を念押ししたものといえる。

 金与正氏の対米談話は今年3月22日以来。この時は金委員長がトランプ大統領から親書を受け取った件に言及し、「わが委員長との関係を引き続き維持しようと努力を傾けているのは良い判断であり、正しい行動である」と高く評価。一方で「両国を代表する方々の親交であるので肯定的に作用するだろうが、その個人的親交が両国関係をどう変え、けん引するかは未知数だ。即断したり楽観したりするのも、あまり良くない」と慎重な見方を示していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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