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金正恩氏から贈られた豊山犬の子――新型コロナと南北緊張で「平和のシンボル」のさえない?表情

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
檻の中に座る豊山犬のヘンニム=聯合ニュースのウェブサイトより筆者キャプチャー

 北朝鮮までわずか10キロの韓国・延坪島(仁川市甕津郡)に住む平和のシンボル犬「ヘンニム」が孤独な時間を過ごしているそうだ。新型コロナウイルス感染拡大の影響に加え、北朝鮮の南北共同連絡事務所爆破に伴う緊張の高まりで島を訪れる人が急減。“休業”を余儀なくされ、檻の中で寂しげな表情を浮かべているという。

◇延坪島在住

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が2018年9月の南北首脳会談を受け、文在寅・韓国大統領に、北朝鮮原産である豊山犬のペアをプレゼントした。「ソンガン」「コミ」と名付けられた2匹はほどなくして、南北を隔てる非武装地帯(DMZ)にある板門店を経由し、3キロ分のえさとともに韓国側に運ばれた。

 ペアは同年11月9日、子犬6匹を出産。うち1匹が「ヘンニム」と名付けられた。当初、大統領府で飼われていたが、昨年8月に「平和のシンボル」として延坪島に移された。

 ヘンニムは人懐っこく、住民にかわいがられている。島を訪れる観光客もわざわざヘンニムのいる「平和安保修練院」に足を運ぶほどの人気という。昨年11月の誕生日には韓国海兵隊延坪部隊の兵士らがお祝いの会を開いたそうだ。

 ところが、新型コロナウイルスの影響で修練院が長期の休館に。南北間の緊張も影響し、島の訪問客も少なくなった。聯合ニュースの記者が6月23日午後、修練院を訪問したところ、ヘンニムは運動場の檻の中で座り、「孤独な時間」を過ごしていたという。修練院関係者は記者に「1日1回、ヘンニムが運動場で遊べるようにしている」と話したという。

 延坪島は海洋上の南北軍事境界線(NLL)に近接した海域にあり、武力衝突の最前線となっている。2010年11月23日には北朝鮮から約170発の砲弾が撃ち込まれ、韓国軍2人と民間人2人の命が奪われる事件が起きている。最近でも朝鮮人民軍が、軍総参謀部の「軍事行動計画が検討されている」との発表(6月17日)に合わせるように、NLL付近海岸の砲門を開くなど武力行使の姿勢をちらつかせたことで、島に緊張が走っていた。

 ヘンニムの動静が話題になったのは今年1月。朝鮮日報が伝えたところによると、ヘンニムが昨年末、散歩から帰る途中、付近住民が飼うゴールデンレトリバーと喧嘩になった。制止に入った修練院関係者がヘンニムに手をかまれて負傷し、ゴールデンレトリバーも耳をけがする出来事があり、大統領府にも報告される事態となった。

 豊山犬は忠誠心が高く、トラを仕留める狩猟能力があることで知られる。同紙は「成犬になると人をかむことがまれにある」としている。

◇「子犬交流」

 韓国と北朝鮮は過去にも、緊張緩和のシンボルとして犬を贈り合う交流を進めてきた。

 2000年6月に韓国の金大中大統領(当時)と北朝鮮の金正日総書記が初めての首脳会談を開いた際にも、金総書記は「ウリ(われわれ)」「トゥリ(ふたり)」と命名した豊山犬の子犬2匹を金大統領に寄贈した。金大統領もお返しに、韓国原産の珍島犬2匹に「ピョンファ(平和)」「トンイル(統一)」との名前を付けてプレゼントした。

 聯合ニュースによると、ウリとトゥリは当初、大統領府で飼育されていたが、2匹を見たいという市民の要請でソウル大公園(京畿道果川市)の動物園に移された。連日、上質ドッグフードと長時間散歩によって、申し分のない生活を送っていたという。2匹とも13年に死亡。

 東亜日報(18年6月)によると、ウリとトゥリは21匹の子宝に恵まれたという。加えて、種の保存目的で他の豊山犬とも交配させたため他に10匹の子犬もいる。孫は100匹を超えたとみられ、大半が公開入札などで個人や機関に引き取られたという。

 この結果、18年の時点で把握されているウリ・トゥリの子孫は、ソウル大公園にいるひ孫の「アンソニ」(13年生まれ)だけという。同紙は、アンソニがいなくなれば、子孫の消息が途絶えると危惧している。

金正日総書記が贈った豊山犬の子孫であるアンソニ(右側)=東亜日報のウェブサイトより筆者キャプチャー
金正日総書記が贈った豊山犬の子孫であるアンソニ(右側)=東亜日報のウェブサイトより筆者キャプチャー

 一方、金大統領が北朝鮮に贈った珍島犬のペアも老衰などで死んだとみられる。子孫は07年の段階で40匹余りとなり、北朝鮮各地の動物園に引き取られたことが判明している。09年3月の段階でそのひ孫が誕生したという情報もある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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