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中国へのそんたく? 香港当局が天安門事件の追悼集会を“新型コロナ対策”口実に事実上禁止

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
2019年6月4日、天安門事件の犠牲者を追悼する香港市民ら(写真:ロイター/アフロ)

 香港当局は5月19日、新型コロナウイルス対策としてのソーシャル・ディスタンシング(感染拡大を防ぐために物理的な距離を取ること)の規定を6月4日まで延長すると発表した。この日は、中国が民主化運動を武力弾圧した天安門事件(1989年)の発生日で、香港では毎年、大規模な追悼集会が開かれるため、中国当局は警戒の対象としている。今回、香港当局が新型コロナ対策を口実に事実上の集会禁止を打ち出した形で、香港市民の間に反発が広がっている。

◇「最大の留意事項は公衆衛生」

 香港は現在、新型コロナウイルスの拡大防止策として9人以上の集会を禁止している。この措置は3月下旬から実施され、2週間ごとに延長している。新規感染者はほぼゼロとなっているが、香港当局はこの措置の期限を5月21日から2週間延長(6月4日まで)すると決めた。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)などによると、香港政府の食品・衞生局長である陳肇始氏は19日、「感染リスクがくすぶっている」「我々は常に14日ごとに措置を延長してきた」「最大の留意事項は公衆衛生であり、その他の考慮は何もない」と説明したという。

 天安門事件の追悼集会を開催するには警察の承認が必要となるため、主催団体が「感染症対策を施す」と約束したうえで集会開催の申請を2度提出した。だが、いずれも却下されたという。このため、主催団体は「集会禁止を口実に自由を抑圧している」と反発し、集会を強行する構えを見せている。

 主催団体関係者はWSJに「今回の決定に政治的な考慮はないと信じる市民はいない」と指摘している。新型コロナ対策下であっても宗教団体の集会などは例外扱いされ、学校も再開が検討されていたことから、主催者側には「なぜ追悼集会を除く他の措置は緩和されるのか」との疑問が持ち上がっている。このため団体は香港市民に対し、当日は場所を問わず、最低でもろうそくに火をともすよう呼びかけたという。

 追悼集会を禁止すれば、政治的緊張が一段と高まりそうだ。

◇紆余曲折の追悼集会

 香港での追悼集会は、天安門事件1年後の1990年から開催され、犠牲者追悼とともに、中国の民主化や、中国当局に拘束された民主活動家の釈放を訴えてきた。参加者は90年に主催者発表で15万人を記録したものの、その後しばらくは4万~6万人にとどまっていた。

 中国への返還(97年)に際し、香港市民の間に「民主化運動への規制が強まって開催できなくなるのではないか」との懸念が持ち上がったこともあった。ただ返還後の98年、香港警察は主催団体に対し「法律に基づいて警察への届け出を励行するように」と指示しながらも開催を許可し、約4万人が参加した。このころ警察当局は「一国二制度」原則に沿って、民主化運動を容認する姿勢を鮮明にしていた。

 集会は事件から10年(99年)の際には参加者は約7万人に増えたが、その翌年からは減少傾向が続き、事件の風化を印象づけた。

 ところが中国国内で民主活動家や人権派弁護士への締め付けが強まった09~12年には再び活発化し、参加者は15万~18万人以上(警察発表はこの半数程度)に膨れ上がった。事件25年となった14年には18万人超(警察発表9万9500人)にも上り、中国当局は警戒感を示していた。

◇雨傘運動で変質

 ところが若者らが「真の普通選挙」を求めて主要幹線道路を占拠した「雨傘運動」(14年9~12月)を契機に追悼集会のあり方が変わった。

 雨傘運動では、17年の香港行政長官選挙で、中国が民主派を事実上排除する制度にすると決めたことに若者らが反発して、大規模な抗議活動を展開し、当局と衝突した。ちなみに、この17年選挙で当選したのが、世論調査でトップを独走していた候補ではなく、中国が事実上指名した林鄭月娥氏だった。

 この雨傘運動が不調に終わったことで、香港の民主主義への危機感が高まった。15年の追悼集会に際しても、一部団体が「中国の民主化よりも香港の民主化を優先させるべきだ」「犠牲者追悼のためだけに集まるのでは意味がない」などと主張して参加しなかったため、15年は13万5000人(警察発表4万6600人)程度にとどまった。

 その後、参加者は▽16年=12万5000人▽17年=11万人▽18年=11万5000人(いずれも主催者発表)で推移した。だが、事件30年となった昨年、過去最大規模の18万人超(警察発表3万7000人)が参加。集会では中国の民主化要求のほか、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に関連した香港政府批判も相次いだ。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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