Yahoo!ニュース

金正恩氏の妻・李雪主氏、実妹・金与正氏の“ふたりを監禁”の偽情報が拡散、またも中国語だった

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
公演を観覧する李雪主氏(左端)と金与正氏(右端)=朝鮮中央通信よりキャプチャー

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の「重病説」が飛び交うようになってから1週間が過ぎた。米韓両国の当局者が「金委員長は正常に活動している」と打ち消しを図りながらも、その詳細は機密情報に属するため明かせず、「重病説」は依然くすぶる。金委員長本人が外国要人らに会って、その様子を外国メディアが客観的に報じれば健康状態は判明するが、新型コロナウイルスの脅威が収まらない状況ではそれも難しく、北朝鮮ウォッチャーのイライラは続きそうだ。

◇トランプ氏「遠くないうちにわかる」

 これまでの情報を整理すれば、金委員長に関しては、4月15日の韓国総選挙を前に「手術に失敗して脳死のような深刻な状態」との怪文書が韓国で出回っていた。その状況で金日成国家主席の誕生日(15日)を迎え、本来なら姿を見せなければならない錦繍山太陽宮殿に金委員長の姿はなく、健康不安説が急浮上した。

 これに探りを入れるように、トランプ米大統領が18日の記者会見で「金委員長から最近、素敵な手紙を受け取った」と、架空ともとれる「手紙」の話を持ち出す。すると、北朝鮮側は直ちに「わが最高指導部(金委員長)は米大統領にいかなる手紙も送っていない」と反応した。

 米国側はこの時、金委員長による統制が正常に機能しているのか確かめようとしていたようだ。北朝鮮サイドで金委員長に関連したコメントを発するには金委員長本人の決裁が必要となるため、それができるかどうかを確認する狙いがあったと思われる。

 そして20日に韓国の北朝鮮専門ニュースサイト「デイリーNK」が「金委員長が心血管疾患の手術を受けた」と報じ、これに続く形で、米CNNが日本時間21日午前、「金委員長が手術を受けた後、重体になっている」と伝えて騒ぎが広がった。

 韓国大統領府はその日のうちに「金委員長は側近らと地方滞在中」「正常に活動しているとみられる」と打ち消したものの、韓国のネットメディアは韓国の専門家の意見を根拠に「金委員長は危篤」などと流した。

 だが、トランプ氏は23日には「(重病説を)正しくない」と否定する見解を発表、韓国政府関係者も「金委員長は23日まで元山に滞在し、正常に活動していた」とさらに打ち消す。米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」もこれを裏付けるように、金委員長のものとみられる特別列車が、保養地として知られる東部・元山で確認されたとする衛星写真の分析結果を公表した。

 さらに27日にはトランプ氏が「彼がどういう状態にあるかはちゃんとわかっている」と述べたうえ、記者団に対して「恐らく(あなたたちは)そう遠くないうちに知るようになる」と語りかけた。

◇入り乱れる中国ネット上の情報

 金委員長の「重病説」は、日本や韓国、米国よりも、むしろ最大の支援国・中国のインターネット上で拡散されたようだ。

 中国版ツイッター「微博(ウェイボー)」上には24日の段階で「中国の医師が北朝鮮に向かう」「301病(人民解放軍総医院)の心臓外科の専門家が含まれている」「金委員長と懇意にしている(中国共産党対外連絡部の)宋濤部長が含まれている」などの情報が書き込まれ、削除された。

 同じ日には、李肇星・元中国外相の姪で、香港のテレビ局幹部を務める人物が微博上に金委員長について「彼は死んだ」と書き込み、これも削除された。

 微博には、ほかにも「金委員長は昏睡状態にある」「(金委員長の妻)李雪主氏と(実妹)金与正氏は軟禁されている」などの書き込みのほか、金委員長の父・金正日総書記の異母弟で、「脇の枝」として長らく欧州に遠ざけられていた金平日氏を取り上げたうえで「現在、金委員長に代わって金平日氏がトップを務めている」など、信ぴょう性が明確に疑われる情報も掲示されていた。(参考資料:新型コロナウイルスとの戦い真っただ中 正恩氏が「危険分子」を呼び戻した理由とは)

 北朝鮮は政府系ニュースサイト「朝鮮の今日」を使って26日早朝、「重病説」を「根拠のないデマ」と否定した。北朝鮮当局が立場表明をするのはこれが初めてだ。中国のネット上にあまりにも極端な書き込みが続くのを問題視したため、最優先で火消しを図ったようだ。

 この「朝鮮の今日」は朝鮮労働党統一戦線部傘下「平壌モランボン編集社」が運営する韓国向け宣伝用ウェブサイト。党機関紙の労働新聞のように「最高指導者」や「党」の声を発するのではなく、あくまでもその声を拡張する役割が強い。しかも今回は、自身のホームページ上での掲載ではなく、微博での書き込みという回りくどい手段を取っている。ゆえに「北朝鮮主要メディアが金委員長の健全ぶりを伝えた」とはいいがたい。

 北朝鮮当局は今、党宣伝扇動部を中心に、どのタイミングで、どういう形式で金委員長の姿を露出させるのか、議論しているのではないか。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

西岡省二の最近の記事