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新型コロナ感染拡大への懸念が高まる北朝鮮、なぜ今ミサイルを発射したのか?

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮の飛翔体発射を伝える韓国メディア(写真:ロイター/アフロ)

 国際社会が新型コロナウイルスによる感染症対策に全力を傾けるのを横目に、北朝鮮は今年初となる飛翔体発射を強行した。北朝鮮国内でも感染拡大の懸念が高まり、当局も約7000人が隔離されていることを認めている。この状況のなかであえて飛翔体発射に踏み切ったのは、国内向けには、ウイルスへの危機感があっても軍事訓練を普段通り実施できるほど社会の統制が取れている――と誇示する狙いがあるように見える。対外的には米国を念頭に「対話が途絶えているうちには軍事力増強を進める」と警告しているもようだ。

▽隔離7000人、重要拠点も封鎖か

 北朝鮮国営朝鮮中央放送(2月24日)と朝鮮労働党機関紙・労働新聞(3月1日)によると、北朝鮮では少なくとも、平安北道で約3000人▽平安南道で2420人余り▽江原道で1500人余――が「医学的監視対象者」となっている。医学的監視対象者の定義は不明だが、国外から北朝鮮に入った人や、国内で中国人観光客と接触した人らを指すとみられ、厳重に隔離されているようだ。

 米政府系放送局のラジオ自由アジア(RFA)は、このうち平安北道の薪島郡を取り上げ、「感染が疑われる患者が集団発生し、隔離地域に指定された」と伝えている。

 薪島郡は鴨緑江(中国との国境)河口の黄海に浮かぶ島(緋緞島、黄金坪、薪島など)で構成する。北朝鮮の北西端に位置し、北朝鮮よりも中国により近い場所にある。ここは金正恩党委員長がテコ入れする北朝鮮経済の重要拠点でもある。

 そもそも、薪島郡は金委員長の祖父、金日成国家主席が生前、アシの原料基地として開発した地域で、「緋緞島」という名前も金主席自身の命名とされる。

 金委員長の父、金正日総書記も生前、この付近が中国に隣接するという地理的条件に注目し、緋緞島に金融センターや住宅を建設して外部に開放する計画を練っていたことがあった。

 そして金委員長の時代には薪島郡のアシを主原料にした紙の開発に力を入れている。

 北朝鮮では、1980年代終盤の社会主義陣営の崩壊や、長年続いてきた深刻な山林荒廃により、木材パルプの供給が滞る。近年は国連制裁に伴う原料輸入停止の打撃も加わり、国内での紙の生産は難しくなっていた。輸入に頼らず紙の国内需要を満たす必要に迫られたため、北朝鮮当局は「安価で安定的に確保できる」としてアシに着目、アシを原料とする紙の開発を急ピッチで進めている。

 朝鮮中央通信(18年6月30日)によると、金委員長はアシの増産を「自国化学工業の自立のための重要事業」とし、「島で暮らす人民に、より便利で文化的な生活条件を整えるため……バスをはじめとする輸送機材も送る」と、特別待遇を施すと表明していた。

 ところが、3代にわたる最高指導者が重視してきたこの薪島郡が、いま隔離地域に指定されたのだ。

 RFAは地元住民の話として「薪島郡で2月25日、感染が疑われる患者が集団発生し、完全に隔離された」と伝えた。そもそも緋緞島はその地理的条件により中朝間の密貿易が盛んで、ウイルス感染のリスクも高いと警戒されてきた。地元住民はそれを裏付けるように「感染が疑われる人には中国からの密輸商人と接触した男性もいる」と明らかにしている。

 しかし、当局によるマスク供給などの感染症対策は進んでいない。その一方でアシ生産は重要事業のため生産量を決定的に増やさなければならない。このため地元では「農民の命よりアシ農業が重要なのかと、当局を非難する声が出ている」という。

▽普段通り?ミサイル発射

 こうした感染拡大への懸念を封印するかのように、北朝鮮は2日午後0時37分、元山一帯から日本海上に飛翔体2発。昨年11月28日以来95日ぶりの発射で、飛距離約240キロ、高度約35キロとされる。

 昨年10月31日と11月28日に発射したのと同様の「超大型放射砲」と推定され、2発を20秒間隔で連射した。昨年の段階で発射間隔を19分、3分、30秒と短縮しており、今回はこれをさらに10秒短縮するのに成功したことになる。

 韓国紙・中央日報によると、朝鮮人民軍は毎年12月1日から翌年3月31日まで4カ月間、冬季軍事訓練を実施する。今回の元山(江原道)での陸海空軍合同打撃訓練はそのクライマックスと位置づけられ、飛翔体発射は訓練の目玉とされていたとみられる。

 同紙によると、北朝鮮は米朝関係が緊張していた2015~17年にはこの訓練を実施したものの、韓国や米国との対話が進んでいた18~19年には見送っている。今回の3年ぶりの合同打撃訓練実施には、米朝との対話が膠着する限り、軍事力を強化していくというメッセージが込められているようだ。

 今回の飛翔体発射に関連して、北朝鮮側は「砲発射」、韓国側は「短距離弾道ミサイルと推定」との用語を使っている。韓国の軍事専門家は「超大型放射砲」は事実上、短距離弾道ミサイル級と位置づける。

 北朝鮮はなぜミサイルを「砲」と表現するのか、その意味を北朝鮮側関係者に聞いたことがある。それによると、北朝鮮では「ロケット」のことを「放射砲」と呼ぶ。「砲」とは大砲を意味する。ロケットと大砲の根本的な違いは、ロケットはエンジンが付いて自らの推進力で飛ぶのに対し、砲は火薬の力によって高速で発射される。

 北朝鮮は最近、大砲に▽距離を伸ばすため推進装置▽命中精度を高めるため誘導装置――をそれぞれ付けている。「砲とロケットはどんどん近づいている。二つの区別ははっきりしなくなっている」(同関係者)という状況だ。北朝鮮のいうロケットは国際社会が「ミサイル」と呼ぶものと解釈できるため、「砲=ミサイル」でほぼ間違いないようだ。

 国際社会は今、新型コロナウイルスによる感染拡大防止を最優先課題として取り組んでいる。この時期に北朝鮮が挑発行為に打って出ても、中国やロシアなどの友好国を含め、北朝鮮の立場を支持する国はない。

 北朝鮮は遠くない将来、ウイルスの危機に直面し、国際社会からの援助が必要になるかもしれない。だからこそ、今の段階で飛翔体発射を含む大々的な軍事訓練を実施し、国内外に体制安定を誇示しておきたかったのかもしれない。ただ現時点ではその意図は明確ではなく、今後も引き続き、北朝鮮から発信される情報を注意深く分析する必要がある。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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