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右目の視力を失ったフットボーラー松本光平、次のチャレンジの場はソロモン諸島に

二宮寿朗スポーツライター
ソロモンウォリアーズへの入団が決まった松本 ©Solomon Warriors

 南太平洋にあるソロモン諸島への到着を知らせる連絡が届いた。

「どんなところかなって思ってやってきましたけど、スーパーマーケットもあって生活するうえでは特に不便はなさそうです」

 新たなスタートに弾ませる声の主は34歳のフットボーラー、松本光平。オセアニアチャンピオンズリーグ(OCL)に出場するソロモン諸島の首都ホニアラにあるソロモン・ウォリアーズへの入団が決まった。新しいスタジアムでプレーできることも松本のモチベーションを引き上げている。

 松本は弱視のフットボーラーとして知られる。

 オセアニアを中心に活動していた彼が不慮の事故に見舞われたのはコロナ禍にあった2020年5月のこと。ニュージーランドのハミルトン・ワンダラーズに所属していた彼は、自宅の寮でトレーニングをした際にゴムチューブの留め具が外れて目に直撃。右目は見えなくなり、左目も「プールの水に浸かっておぼろげに見えるくらい」まで視力を落とすことになった。しかし彼はめげることなくトレーニングを続けて、フットサルのFリーグにチャレンジ。F2のデウソン神戸に加入した2022~23年シーズン、視覚障がいのハンディキャップをものともせずリーグ全体で13番目となる9ゴールを叩き出したことは衝撃を与えた。

 自信を携えたうえで昨夏には古巣のハミルトンに復帰。元々はサイドバックだが、ボランチもこなしている。セットプレーのキッカーを任され、残り6試合すべてに出場して1ゴール3アシストと活躍。プレーオフに進めなかったものの、目にケガを抱える前と変わらずプレーできていると自分のなかで確証を得ることができた。

「自分の視野が狭まった分、マークする相手に外されないでついていくことが難しくなりました。でもフットサルで相当鍛えられたおかげで、苦にすることもなくなりましたね。デウソンではいろんなポジションで使ってもらえましたので、ハミルトンでボランチもやれたんだと思います。目をケガしてから取り組んできたことが全部つながっているなと感じたし、以前よりもプレーでいろんな選択肢が持てるようになっているとも感じます」

 ハミルトンでは物価の高騰もあってアパート住まいをやめて、練習場の近くで紹介された家にホームステイ。練習場とスーパーマーケットとジムだけを行き来する日々を送った。元々ニュージーランドでの生活は長いだけに弱視でも不便さを感じることもなかった。日本でリハビリをしているときからそうだった。彼が語っていたことを思い出した。

「あまり見えはしなくても、その感覚が普通になってきましたね。こういうぼやけ方ならこうだろうって段々とコツもつかめてきたというか。焼き魚の骨も、このへんだろうなって大体分かりますし(笑)。電車で乗り換えが分からなくても駅員さんが親切に教えてくれますから」

 決してネガティブに捉えず、一つひとつを前向きに取り組んできたことが復帰したハミルトンでの活躍につながっていた。

現地に到着した松本は早速ウォリアーズの練習に合流 ©Solomon Warriors
現地に到着した松本は早速ウォリアーズの練習に合流 ©Solomon Warriors

 ハミルトンからは契約延長をオファーされたという。しかし次のステップに向かうために丁重に断った。目をケガする以前から掲げていた目標がJリーガーになること、そしてもう1つFIFAインターコンチネンタルカップに出場すること。後者はクラブワールドカップ(CWC)に代わって新設された各大陸のクラブ王者が集う世界一決定戦で、今年が記念すべき第1回大会になる。松本は2019年のCWCにヤンゲン・スポート(ニューカレドニア)の一員としてピッチに立っている。昨秋にハミルトンを退団した後は現地で十分にトレーニングを積んでから日本に帰国。Jリーグのクラブに売り込みを掛けて興味を示すクラブはあったものの、30代なかばのJリーグ未経験者に対して正式なオファーは届かなかった。

 ならば、とポジティブにぱっと切り替えることができるのが松本の良さ。ターゲットをOCL出場チームに絞り、オセアニアでの実績も買われてソロモン・ウォリアーズと合意したのだ。

 ソロモンでは大学内にある施設で生活するという。「四畳半ほどのスペースに2段ベッドが2つ置かれた部屋」だと言い、最大4人の居住スペースになる。シャワーは水しか出ないそうだが、「壁も屋根もありますから」と気にも留めていない。ニューカレドニアのヤンゲン時代には藁の家で生活していたこともあった。

「(ヤンゲンでは)狩猟を職業にしている方が多くて、選手の家に遊びに行くと仕留めた動物を飾ってあったりするんです。家は藁で、僕のホテルも藁。なかなかない経験でしたけど、楽しかった。僕はどこに行っても、どんな生活でも楽しめる自信がありますから」

 どんな環境でも不自由さを感じることもない。サッカーに専念できればそれでいい。

 チームへの合流も果たして、すっかり溶け込んでいるようだ。5月にタヒチで集中開催されるOCLに照準を合わせていく。

トレーニング、試合では目を保護するゴーグルを着用している ©Solomon Warriors
トレーニング、試合では目を保護するゴーグルを着用している ©Solomon Warriors

 早くもハプニングがあった。

 現地に到着する前に地元メディアがウォリアーズ入りを報じたそうだが、J3でプレーする選手と間違えられたとか。経歴やポジションなど2人の情報が混在していたという。

「スペルが同じ選手なので間違えたんだと思います。でもそれも〝オセアニアサッカーあるある〟。もちろんクラブは僕のことをはっきり認識しているんで、まったく問題はありません。あまりきっちりしていないところも慣れているんで(笑)」

 サッカーもハプニングも楽しんで。新たなチャレンジの場で、サッカーに明け暮れる日々がまた始まろうとしている。

スポーツライター

1972年、愛媛県出身。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社「Sports Graphic Number」編集部を経て独立。著書に「岡田武史というリーダー」(ベスト新書)「闘争人~松田直樹物語」「松田直樹を忘れない」(ともに三栄書房)「サッカー日本代表勝つ準備」(共著、実業之日本社)「中村俊輔サッカー覚書」(共著、文藝春秋)「鉄人の思考法」(集英社)「ベイスターズ再建録」(双葉社)がある。近著に「我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語」。スポーツメディア「SPOAL」(スポール)編集長。

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