Yahoo!ニュース

村田諒太が大切にする言葉「MAKE THIS OURS」。

二宮寿朗スポーツライター
プロデビューから4年。ロンドン五輪金メダリストはついに世界タイトルを獲得した(写真:アフロスポーツ)

 アッサン・エンダムにリベンジを果たした夜。

 インタビュアーが向けるマイクに、WBA世界ミドル級新王者となった好漢・村田諒太は会場のファンを見渡して声を張り上げた。

「きょうTシャツを買っていただいた方もいると思うんですけど、MAKE THIS OURSです。みんなでつくった勝利。ありがとうございます!」

 入場の際、帝拳ジムのスタッフたちと着たおそろいの白地のTシャツに、文字が刻まれていた。意味は「みんなで勝利をつくる」。その言葉どおりになったことに、興奮を隠せなかった。

 誰のために勝つのか、誰のために世界王者になるのか。

 家族のため? 自分のため? もちろんそれも含まれているのだが、真の答えではなかった。哲学書を愛するボクシングのゴールドメダリストは、ある境地に達していた。今回のエンダム戦からではなく以前から。今年1月にはこう発言している。

「社会で成功している人ってもちろんワンマンの人もいますけど、人間関係が上手だったりするじゃないですか。集団を大事にしているからだと思うんです。

 心理学者アルフレッド・アドラーの言葉を借りるなら、『共同体に対する貢献』。スポーツ界のトップにいる選手って大体『ファンのために戦う』などと言うじゃないですか。支えてくれる人、応援してくれる人がいるから、頑張れる。自分もプロデビューしたころ、『俺が、俺が』になっていました。でもそれは違うなって感じました」

 周りに目を向け、周りの思いをくむ。

 5月にエンダムとの王座決定戦が決まった。これまでも本場ラスベガスで強化キャンプを張るなどジムからバックアップを受けてきたが、アメリカから複数のスパーリングパートナーを呼ぶなど最大限の準備を施してくれた。

 興行規模は5億円にものぼった。「天下のミドル級」のタイトルマッチはカネも掛かる。そのことも村田本人は十分に理解していた。

「帝拳ジムやサポートしてくれる人のために、恩返ししたい。この試合はもちろん自分のためでもあるけど、自分だけのものじゃなくなっている。だから自分に向くプライオリティーが、一番じゃないんです」

 自分が勝てば、自分以上に周りが喜んでくれる。感謝の気持ちを伝えることができる。その思いでリングに上がった。

 4回にダウンを奪い、終始主導権を握りながら不可解な1-2判定で、ベルトを手にすることはできなかった。手応えと申し訳なさ。彼のなかには2つの思いが交差していた。

 判定に対する不服はない。試合から3日後、彼の思いを聞くことができた。

「僕個人としては凄く成長できたなと思える試合でした。そしてもう一つ、世界ランク1位の選手と戦っても、引けを取ってないんだぞ、と。周りからも『村田って全勝と言っても本当に強いのかよ』と思われてきたわけですよ。自分だって半信半疑でした。強いヤツと、世界のトップクラスと戦ったら一体俺はどうなんだって。でも自分のなかで『俺は通用するんだ』と思えたのは大きいし、得たものも多い。

 一方で帝拳ジムの本田会長はじめ、支えてくれたジムのみんな、応援してくれたファンの方々に対してベルトを持って返ってこれなかったことについては申し訳なかったと思っています。他者の方に対しては、ごめんなさいっていう気持ちしかない。でも自分自身に対しては失ったものはまったくない。何一つないです」

 柔らかく体を使うエンダムを捕まえ切れなかった。ロープ際の攻防では体を逆に寄せてきて、パンチを封じられたうまさもあった。世界王者になるには、まだ何かが不足しているのだと思い知らされた。

 10月22日、東京・両国国技館。

 5カ月ぶりの再戦は、上積みの差がそのまま出た形となった。

 エンダムが距離を縮めてきたらボディーを叩きこみ、コンパクトに放つ左フックも有効だった。離れたら、鋭くジャブを突いた。手数も有効打も上回った。あのときの「申し訳ない気持ち」は、うわべの言葉じゃない。期待に応えるために、やれる準備はすべてやってきた。それがリング上の圧倒劇に表れていた。

 村田が嬉しかったのは、両国国技館に集まったファンの歓声だった。

 チケットは完売し、ファンの声援が村田の背中を押していた。その声を耳に入れながら、彼はこれまでKO負けが一度もないタフで鳴るエンダムを倒しにかかった。

 リング上での勝利者インタビューは続いていた。

「これ(勝利)はみんなでつくったものです。これからもみなさんと一緒につくっていきたいと思います!」

 MAKE THIS OURS。

 みんなでつくるという感覚だからこそ、みんなで目標に向かうという思いがある。

 目標とは本場アメリカで、3団体統一王者ゲンナジー・ゴロフキンや2階級制覇の実力者サウル・カネロ・アルバレスとタイトルを懸けて拳を交えること。トップ・オブ・トップに立つこと。

「みんな」はもっともっと広がりを見せていくかもしれない。

 応援してくれる人の夢、支えてくれる人の夢。

 それが大きければ大きいほど、村田諒太はさらにさらに強くなる。

スポーツライター

1972年、愛媛県出身。日本大学卒業後、スポーツニッポン新聞社に入社。格闘技、ボクシング、ラグビー、サッカーなどを担当し、2006年に退社。文藝春秋社「Sports Graphic Number」編集部を経て独立。著書に「岡田武史というリーダー」(ベスト新書)「闘争人~松田直樹物語」「松田直樹を忘れない」(ともに三栄書房)「サッカー日本代表勝つ準備」(共著、実業之日本社)「中村俊輔サッカー覚書」(共著、文藝春秋)「鉄人の思考法」(集英社)「ベイスターズ再建録」(双葉社)がある。近著に「我がマリノスに優るあらめや 横浜F・マリノス30年の物語」。スポーツメディア「SPOAL」(スポール)編集長。

二宮寿朗の最近の記事