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災害時の人命救助で意識される「72時間の壁」 その根拠とジレンマ

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
救出活動が続く(提供:自衛隊/ロイター/アフロ)

北海道で震度7を観測した地震から丸2日が経った。大規模な土砂崩れが発生した厚真町などの被災地では、行方不明者の捜索が今日も続けられている。安否不明者のうち、1人でも多くの方が生存者として救出されることを心から願う。

ところで、人命救助は「発災後72時間が勝負」とされ、政府や政治家も、72時間という言葉を何のためらいもなく使っている。例えば、内閣府では「生死を分けるタイムリミットは72時間」(みんなでつくる地区防災計画)と明確な時間制限としての表現をしているし、自民党も6日の総裁選挙管理委員会で、二階俊博幹事長が「生死を分ける72時間を考慮し災害復旧に全力を挙げる」と72時間が生存確率の分岐点である旨の発言をした。

しかし、この「72時間の壁」にはどのような根拠があり、どれだけ実証できているのだろうか?

内閣府「みんなでつくる地区防災計画」より
内閣府「みんなでつくる地区防災計画」より

阪神・淡路大震災で生まれた72時間

おそらく、長年、防災を研究している人であれば、72時間と言われる根拠が阪神・淡路大震災であることを疑う人はいないだろう。消防による救出者のうち、生存者の占める割合について日を追って見ると、早く助けるほど生存の確率は高く、被災当日の1月17日は救出者の75%(4人に3人)だったのが翌18日は24%、3日目は15%と推移し、4日目以降はわずか5%にまで低下してしまった。それ故、3日目に当たる72時間が生存率を大きく左右すると言われるようになったわけだ。

国土交通省近畿地方整備局の資料より
国土交通省近畿地方整備局の資料より

ただし、この人数はあくまで消防による救助活動の数字で、阪神・淡路大震災でガレキの下から救出された約1万8000人の約8割は、発災直後に近隣の住民による懸命な救出活動によって助け出されていることを忘れてはならない。

また、生存している人は、当然、助けを求めるために声を出すなど、救出されやすい状況にあるだろうし、消防や自衛隊も、救出しやすい人から救出するであろうから、救出者に占める生存者の割合が日を追うごとに低くなるのは、当然とも言える。瓦礫の下などで生きていた生存者が72時間を過ぎた時点で急にお亡くなりになってしまったという根拠にはならない。

一方、東日本大震災における自衛隊による人命救助者数の数を見ると、概ね発災から72時間が経過した段階で、自衛隊が救助できた人数が大きく減少していることが分かる。つまり、救出者に占める生存者の確率は別として、生存者を救える数というのは、発災後の救助活動の人員と密接に関係し、いかに迅速かつ大規模な人員を人命救助活動に投入できるかで、活動の成否が分かれるということだ。その意味では、阪神・淡路大震災でも8割の方が、発災直後に近隣の住民の救出活動により救助されているということがいかに重要かがわかる。

2012年防衛白書の資料より抜粋
2012年防衛白書の資料より抜粋

Golden HourとRule of threes

では、「72時間が生命のリミットになる」というような考え方は、どこから出てきたのか。

1つは、救急医学で使われているGolden Hour Principle(カーラーの救命曲線)が根底にあるように考えられる。心臓停止、呼吸停止、大量出血の経過時間と死亡率の目安をグラフ化したもので、ウィキペディアの解説を引用すれば「外傷による死亡の疫学調査の結果、受傷から1時間以内に手術室に搬入していれば救命できた可能性のある例がかなりの割合に上ることが分かったことから、受傷から1時間以内をゴールデン・アワーと通称したもの」ということになる。1981年にフランスのカーラー(Morley Cara)が作成したことから、「カーラーの救命曲線」と呼ばれている。ゴールデン・アワー・コンセプトは米軍でも採用されており、戦場において負傷兵が発生した場合1時間以内に医療手当をすることを標準ルール化している。日本の外傷病院前救護ガイドライン (JPTEC) もGolden Hourの考えにもとづき、生命に差し迫った危険がある患者に対しては高度な医療機関に迅速に搬送することなどを柱としている。

カーラーの救命曲線 Golden Hour Principle(ウィキペディア)より
カーラーの救命曲線 Golden Hour Principle(ウィキペディア)より

もう1つはアメリカでサバイバルの共通用語として用いられている「The rule of threes」をなぞらえたものと考えられる。

●You can survive three minutes of severe bleeding, without breathable air (unconsciousness generally occurs), or in icy water.

重度の出血、呼吸できる空気がない状況、氷水の中なら3分

●You can survive three hours in a harsh environment (extreme heat or cold).

猛熱・極寒など過酷な環境なら3時間

●You can survive three days without drinkable water.

水を飲めなければ3日間

●You can survive three weeks without edible food.

何も食べられなければ3週間

発災から72時間が、「Golden 72 Hours Rule」(黄金の72時間)とも呼ばれるのは、これらの言葉を組み合わせてつくったからだろう。現在、Golden 72 Hours Ruleは、日本だけでなく海外でも使われるようになり、日本発の防災用語として広まりつつある。

72時間のメリット・デメリットは?

では、72時間を厳格に区切ることによるメリット、デメリットは何か?

メリットとしては社会全体の共通認識が醸成され、初期の救助救命活動に集中しやすくなることが挙げられる。例えば、東京都では、帰宅困難者対策条例として、企業に対し、従業員らに最長3日間程度は、会社の中に留まれるように備蓄などの努力義務を課しているが、その目的は、震災直後に帰宅困難者が道路にあふれかえれば、生存救出者が最も多い72時間に、警察や消防・自衛隊らの救出・救助活動を妨げる可能性があるため、こうした事態を避けることにある。

災害対応は発災からの時間経過によりやるべきことが異なる。初期の初期はいのちを守り、その上で社会インフラを直し、インフラを復旧し、生活や産業全体を回復させていくというように、限られた人員、資機材、資金を有効に活用し、被害を最小化し、一日も早く、被災前と同じ状態、あるいはそれ以上の状態まで復旧・復興をしていくことが求められる。その意味では、同時にすべてを進めることは難しく、発災からのフェーズに応じて優先順位を決め対応していくことが必須となる。初期の72時間に関係者が共通認識を持てるようにすることの意味は大きい。

一方で、デメリットとしては、この72時間という時間を生存の限界点と考えてしまうことで、危険を顧みず無理をしてでも72時間以内に救出しようとするような行為が起きかねない。救助救命のプロが行う復旧現場では、72時間が過ぎようが過ぎまいが、自らの安全確保と2次災害の防止を最優先に救出活動を続けるはずである。共助による救助活動は確かに大切だが、もっとも重要なことは自分の安全確保であり、二次災害を引き起こさないようにすることだ。

72時間の概念を正しく理解し、発災当初において人命救助に資源が集中できる環境を社会全体で作っていくことが重要ではないか。

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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