Yahoo!ニュース

歴代大統領との比較でみたバイデン大統領就任演説の評価:バイデン大統領は本当にアメリカを統一できるのか

中岡望ジャーナリスト
就任演説をするバイデン大統領、国民に何を訴えたのか(写真:ロイター/アフロ)

政治家にとって言葉は極めて重要

 政治家にとって“言葉”は大切である。ある意味で、言葉は政治家の“生命”である。特にアメリカでは、それが際立っている。アメリカの学校では、「デベート(討論)」と「スピーチ(演説)」を教えるのが普通である。言葉で議論し、言葉で相手を説得するというのが、民主主義の原則である。「沈黙は金である」とか、「言わなくてもわかるはずだ」という日本的な常識は通用しない。日本では、周囲の人が気配りし、言葉を使わなくても対応してくれる。だがアメリカでは明確に自分の主張をしない限り、相手にしてもらえない。雄弁であることは、政治家の重要な資質である。これに対して日本では「語らない」、「語れない」、あるいは「語るべきものを持たない」という政治家があまりにも多すぎる。

 1月20日、バイデン大統領の就任式が行われた。議事堂の前にあるモールと呼ばれる広場は、通常、人で埋め尽くされる。新大統領の就任演説の言葉に反応し、喝采する。その度に演説が途切れる。今回のバイデン大統領の就任式は、広場は観衆の代わりに国旗で埋め尽くされた。そのためバイデン大統領の就任演説も盛り上がりに欠けた。大統領就任演説は、国民に対する重要なメッセージであり、大統領の理念や思想を語り掛ける場所でもある。では今回の大統領就任演説でバイデン大統領は国民に何を語り掛けたのだろうか。

“政治的対立”の和解を求めたジェファーソン大統領

 バイデン大統領の就任演説を評価する前に、歴史に残る大統領の就任演説を見てみよう。アメリカ政治は党派対立の歴史でもある。最初の政党は「フェデラリスト党」で、強力な政府を作り、産業を振興することでアメリカを豊かにし、欧州列強の干渉を排除しようとした。同党の指導者は初代財務長官のアレキサンダー・ハミルトンであった。これに対して強力な中央政府は個人の政治的自由を奪うとして、州をベースとする政治体制(共和制)の確立を主張する「民主共和党」が結成された。その指導者は初代国務長官のトーマス・ジェファーソンである。1800年の大統領選挙はフェデラリスト党が推すジョン・アダムス大統領と民主共和党の推すジェファーソンの闘いとなった。壮絶な選挙を経てジェファーソンが勝利する。1801年にジェファーソンは大統領に就任するが、その時の演説の最も有名な言葉は「私たちは皆、共和党員であり、私たちは皆、民主党員である(We are all Republican, we are all Federalist)」であるというものだ。その発言の趣旨は、党派的対立を止め、平和的に政権移譲をすることを呼びかけたものである。

 ジェファーソン大統領の言葉は、2020年の大統領の投票が終わった11月8日にバイデン候補が語った「私は分断を求めているのではなく、統一を求める大統領になることを誓う。赤い州と青い州を区別するのではなく、合衆国だけを見る大統領になることを誓う」という発言と呼応する。「赤い州」とは共和党を支持する州であり、「青い州」は民主党を支持する州である。バイデン大統領は大統領就任演説の中で、「私は皆さんに誓う。私はすべてのアメリカ人の大統領だ」と、同じ趣旨の発言をしている。

 ちなみにフェデラリスト党の地盤は東部、共和党の地盤は南部であった。アメリカの党派や地域の分断は建国当初から存在していた。現在も、その対立構造に基本的な変化はない。

■南部の連邦離脱を恐れたリンカーン大統領

 フェデラリスト党はやがて共和党へと変わって行き、民主共和党は民主党へと変わって行く。共和党は東部を地盤とし、奴隷制度に反対した。他方、民主党は南部を地盤とし、奴隷制度の維持を主張した。1861年に大統領に就任したのがリンカーンである。当時、南北対立が先鋭化し、戦争が勃発する懸念があった。南部の離脱を食い止めるのがリンカーン大統領の大きな課題であった。就任演説でリンカーン大統領は「奴隷州の奴隷制度に干渉しない」「我々は敵ではない。友人である。敵になってはならない」と、連合から離脱の動きを示していた南部諸州に自重を呼び掛けた。日本ではリンカーン大統領は奴隷制度を廃止した大統領と教えられているが、この時点では奴隷制度は州政府の権限であり、連邦政府は干渉しないというのがリンカーン大統領の立場であった。だがリンカーン大統領の呼びかけに南部諸州は応えず、南北戦争が始まった。ここでも地域対立と党派対立が政治の焦点であった。

■アメリカ社会を根底から変えたルーズベルト大統領の言葉

 少し時代を飛んで、1933年に大統領に就任したフランクリン・ルーズベルトの就任演説を見てみよう。大恐慌のさなかに誕生した新政権である。ルーズベルト大統領は、将来に悲観する国民に向かって「最初に皆さんに私の確固たる信念をお伝えする。私たちが唯一恐れなければならないのは恐れそのものである。恐れとは、後退を前進に変えるために必要な努力を麻痺させてしまう名状しがたく、不合理で、根拠のない恐怖である」と訴えた。ルーズベルト大統領は大恐慌から脱するために大規模な政府支出を伴う「ニューディール政策」を実施に移した。筆者が好きな就任演説の言葉は「愚かな楽観主義者だけが現在の暗い現実を否定することができる(Only a foolish optimist can deny the dark realities of the moment)」というものである。バイデン大統領は選挙運動の中で、新型コロナウイルスによる経済の低迷から脱するために「ニューディール政策」に匹敵する大規模な経済政策を発動すると語っていた。

■新自由主義への道を開いたレーガン大統領の言葉

 ニューディール政策はアメリカ社会を根底から変えた。レッセフェール(自由放任)の世界から、政府が大きな役割を果たす福祉国家へと変わっていった。この流れを断ち切ったのが、戦後最悪の不景気の中で1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンである。彼は就任演説で「現在の危機のもとでは政府は私たちの問題の解決策にはならない。政府が問題だからだ」と、ニューディール政策以降続いていた「大きな政府」からの脱却を主張した。レーガン大統領は「新自由主義政策」を始める。その具体的な政策には、「小さな政府」、「市場での自由競争促進」、「規制緩和」、「減税」などである。新自由主義は世界を席巻していく。民主党も、その波に巻き込まれる。民主党のクリントン大統領は1996年の「一般教書演説」の中で「大きな政府の時代は終わった」と語っている。

■国民の「統一」を訴えたオバマ大統領

 リーマン・ショック後の大不況の最中の2009年に誕生したオバマ大統領は就任演説で「今日、私たちがここに集っているのは、私たちが恐怖よりも希望を、対立よりも統一を選んだからだ」と国民に訴えた。「統一(unity)」は、バイデン大統領が就任演説で繰り返し使った言葉である。さらに続けて「我が国の経済は非常に弱っている。それは一部の人々の貪欲さと無責任の結果である。・・・・今、私たちに必要なのは、新しい責任の時代(a new era of responsibility)である」と訴えた。大統領就任演説ではないが、オバマ大統領は「人種的和解」を訴えた。だが、世の中はオバマ大統領の願いとは逆の方向に動き、白人至上主義が頭をもたげ、人種対立はより激しくなった。

■“忘れられた人々”に向かって訴えたトランプ大統領

 トランプ大統領の就任演説は15分と極めて短いものであった。その中でトランプ大統領は「母親と子供は貧困に囚われている。錆に覆われた工場は全国至るところで墓石のように放置されている。犯罪やギャング、ドラッグが多くの人の命を奪い、アメリカの可能性を奪っている。こうした大虐殺はまさにここで止めよう(The American carnage stops right here)」と訴えた。共和党大統領に共通にみられる「法と秩序」の主張である。

 トランプ大統領を当選に導いたのは白人労働者であった。彼らはワシントンの政界を牛耳るエリートから「忘れられた人々」であった。トランプ大統領は、そうした人々に向かって、「あなたたちは再び無視されることはない」と呼び掛けた。ポピュリズムの原点である。さらに「一緒にアメリカを再び強い国にしよう。再び豊かな国にしよう。再び誇り高い国にしよう。再び安全な国にしよう。一緒にアメリカを再び偉大な国にしよう」と訴えた。そしてトランプ大統領を支持する人々が「Make America Great Again(MAGA)」という組織を作り、積極的な活動を展開した。

■バイデン大統領の就任演説は国民に何を訴えたのか

 今まで大統領の就任演説を紹介した。それぞれ歴史に残る発言をしている。では、バイデン大統領の就任演説は国民に何を訴えたのか。どんな言葉が歴史に残るのだろうか。就任演説で語られている内容は「統一(unity)」、「民主主義」、「アメリカン・ストーリー」、「トランプ批判」、「課題」に要約できる。アメリカのメディアで最も議論されているのは、バイデン大統領が主張する「統一」の必要性である。トランプ政権のもとでアメリカ社会が分断され、様々な局面で対立が深まった。そうした事実を踏まえれば、バイデン大統領が繰り返し「統一」を訴えるのは当然かもしれない。

 では「統一」に関して、バイデン大統領はどのような発言をしているのか。最初の部分で「私たちは平和的な政権移行を実行するために、神のもとで、分裂することのない国家として、一つにならなければならない」と訴えている。そして「私のすべての思いは、アメリカを統一し、人々を統一し、我が国を統一することだ」と語る。「統一について語ることは、一部の人にとって馬鹿げたファンタジーのように聞こえるかもしれない」としながらも、「私たちを分断した力は深く、その力が現実のものであることを知っているからだ」と、「統一」の必要性を説く。現在のアメリカには「国家は存在せず、ただ消耗するような怒りがあるだけだ。国家は存在せず、混迷した状況があるだけだ。危機と挑戦の歴史的な機会である。統一が先に進む道である」と、「統一」の必要性を訴える。

 そして「赤対青、田舎対都市、保守対リベラルを対立させる野蛮な戦争(uncivil war)を終わらせるべきである」と主張する。ここで、なぜ「uncivil war」という言葉を使ったのか分からない。「civil war」は「内戦」を意味する。したがって、極めて強い意味の「civil war」を使うのを避け、不毛な戦争という意味合いで「uncivil war(野蛮な戦争)」という言葉を使ったのではないかと思う。

 次のバイデン大統領の言葉は、アメリカ人にとって厳しい指摘かもしれない。「アメリカの歴史には、私たちが平等に作られているというアメリカン・ドリームと、私たちを長い間分裂させてきた人種差別、排外主義、恐れ、極悪非道な行動である残酷で醜い現実の間で常に戦いが行われてきた」。トランプ大統領を支持した人々は、まさに人種差別主義者であり、排外主義者であり、人々に対して忌まわしい行為をしてきた人々であった。

■「私は民主主義を守る」

 バイデン大統領の就任演説では「民主主義」も重要な言葉になっている。演説の最初の部分で、「私たちは再び、民主主義が貴重であることを学んだ。民主主義は脆弱である。だが民主主義は打ち勝った」と、大統領選挙でのトランプ陣営との戦いを想起させるように語っている。そして「私たちは民主主義と真実に対する攻撃に直面した」として、攻撃の内容を列挙する。すなわち「猛威を振るう新型ウイルス」「不平等の拡大」「組織的な人種差別の棘」「危機に瀕する気候」「世界でのアメリカの役割」である。そしてバイデン大統領は、こうした問題に対処して、「私は民主主義を守る」と決意を語る。

■激しいトランプ批判の言葉

 演説の中で際立っているのが、トランプ大統領批判である。ただトランプ大統領について一度も直接名前に言及してはいない。「私たちは政治的過激主義の台頭、白人至上主義、民主主義に対するテロ行為に立ち向かい、打ち破らなければならない」と極めて強い口調で、トランプ陣営を批判している。「私たちは事実を操作し、事実を勝手に作り出すような文化は拒否しなければならない」と、平気で嘘をつき、嘘を広げるトランプ大統領や陰謀論者を糾弾する。さらに「人々に沈黙を強い、民主主義の機能を止めるために、この神聖な場所から私たちを追い出すために暴力を使うことができると考える暴徒たちに立ち向かわなければならない」と、厳しい口調で2週間前に起こったトランプ支持派の暴徒の議事堂乱入事件を批判する。その批判はそこで留まらず、「権力と利益を得るために嘘がつかれた」「真実を守り、嘘を打ち破らなければならない」と続く。

 外交に関する発言が一か所ある。「私たちは、もう一度、アメリカを永遠に世界の指導者にすることができる」と語っている場所である。ただ具体的な政策は語られていない。

■新しい「アメリカン・ストーリー」を語る

 バイデン大統領は、演説の中で「アメリカン・ストーリー」を語っている。「私たちは恐怖ではなく、希望に満ちたアメリカン・ストーリーを書かなければならない。分裂ではなく、統一の、暗黒ではなく、光の満ちたアメリカン・ストーリー。品位と威厳をもったアメリカン・ストーリー、愛と癒しのアメリカン・ストーリー、偉大さと善性に溢れたアメリカン・ストーリー。これは私たちを導いてくれる物語である」と訴えている。「アメリカン・ドリームは失われた」と語られ始めて、随分、時間が経つ。アメリカを導いてきたのは、将来に対する希望の物語であった。バイデン大統領は、アメリカン・ドリームの復活を願っているのだろう。貧富の格差が限界を超える水準まで拡大し、大学を卒業しても、生涯、学生ローンの返済に追われ、十分な医療保険がないために、多くの人が新型コロナウイルスで死んで行く現実の中で、どのような希望に溢れる夢を作り上げることができるのだろうか。

■バイデン大統領の就任演説は歴史にのこるだろうか

 上で歴史に残る就任演説を紹介した。バイデン大統領の演説は、人々の心に残るだろうか。観衆のいない場所での演説は、多くの美しい言葉が散りばめられているにもかかわらず、感動的とは言えなかった。改めて文章で読んでみると、余りにも繰り返しが多いというのが最初の印象であった。分裂したアメリカ社会を統一したいという思いは痛いほど感じられた。だが記憶に残っている印象的な言葉やフレーズはない。思いつく言葉は「統一」である。だが、これは歴代大統領が直接的、間接的に常に使ってきた言葉である。内容が抽象的なのは仕方がない。具体的な政策に言及する「一般教書演説」とは違う。5つ星で評価すれば、3つ星といったところか。

共和党議員はどう反応したか:一部の議員から祝福のメッセージが届く

トランプ大統領に最も忠実だったが、土壇場で反旗を翻したミッチ・マコーネル上院共和党院内総務は「協力できるあらゆる問題で一緒に働けるのを期待している」とツイッターで祝福のメッセージを送っている。最初のトランプ大統領の弾劾裁判で共和党議員としてただ一人、弾劾賛成の票を投じたミット・ロムニー上院議員も「バイデンの演説は非常に力強く、必要とされていたものだ。事実が語られ、アメリカの原則を守るために戦うことができる指導者なら、私たちは国家として協力できる」と語っている。

共和党のスーザン・コリンズ上院議員も「バイデン大統領が統一を呼びかけたのは正鵠を射ている。私たちに自分たちがアメリカ人であることを思い出させた。私たちは協力できる。そうすれば我が国が直面する問題を解決できる」と語っている。

17人の共和党議員が連名でバイデン大統領に祝福の書簡を送っている。その中には1月6日の大統領選挙の議会の両院合同会議での認証の際、異議を申し立てたトランプ派の共和党議員も含まれている。書簡の中には次のような文章が含まれていた。「新政権、新大統領、おめでとうございます。私たちは、これからの4年間に、新政権と第117議会は多くの挑戦と成功をもたらすものだと信じています。また私たちはイデオロギーの違いがあるものの、私たちが奉仕するアメリカ国民のために協力できることを願っています」「アメリカ人は党派対立によって行き詰まっており、通路の両側にいる指導者がアメリカの家族、労働者、企業家にとって重要な課題で協力する姿を見たいと願っています」と、バイデン大統領に極めて融和的なメッセージを送っている。

そして「私たちは私たちをアメリカ人として結びつけるものは、私たちを分断させた事柄よりもはるかに重要だと固く信じています。私たちはすべてのアメリカ人にとって意味のある変化をもたらす事柄について交渉し、世界で最高の国として合衆国を維持することを願っています」と書かれている。80年代以降、続いた党派対立からすると、希望を持てる書簡が共和党議員からバイデン大統領のもとに届いたのである。

■バイデン政権のもとで“超党派の協力”は可能となるのだろうか

 バイデン大統領の「統一」の訴えは国民の心に響き、受け入れられたことは間違いない。だが政権が変わったからと言って、世界が急に変わるわけではない。トランプ支持派の共和党議員が突然態度を変えると考えるのは楽観的すぎる。まだ多くの共和党議員はトランプ前大統領の影響下にある。直接名指しはしなかったものの、トランプ前大統領に対する厳しい批判にトランプ支持派の人々は間違いなく反発するだろう。リベラル派と保守派の間には妥協しがたい世界観の違いが存在している。それは容易に妥協できる問題ではない。ある共和党支持者は「共和党は保守主義が主張する問題に対して闘い続ける」と語っている。中絶問題や宗教的自由の問題、政府の役割に関する問題など、アメリカを分断してきた倫理的、社会的問題を克服して国民を統一することは至難の業である。さらに人種問題、移民問題も簡単に和解の成立する問題ではない。

 バイデン大統領が分裂したアメリカを“統一”するにしても、それには時間がかかるだろう。その前提条件は、新型コロナウイルスの感染を完全に抑え込むことだ。その見通しもまだ立っていない。

 バイデン大統領は執務を始めた最初の日に17に及ぶ大統領令を出して、トランプ政権時代の政策を一気に転換した。だが、それはあくまでトランプ時代の否定であって、バイデン時代の幕開けを示すものではない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事