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世論調査から読み解くアメリカ政治―弾劾訴追に拘わらず、なぜ共和党支持者はトランプを支持し続けるのか

中岡望ジャーナリスト
下院司法委員会でのトランプ大統領弾劾訴追案の審議風景(写真:ロイター/アフロ)

アメリカは基本的に「保守的な国」である

 太平洋の向こう側にあるアメリカで何が起こっているのか理解するのは容易ではない。特に日本で報道されるアメリカは、幾つかの顔を持つアメリカのひとつの顔に過ぎない。日本で報道されるアメリカ情報は“リベラル・バイアス”がかかっており、日本のアメリカ報道を見ている限り、アメリカ社会や政治の底流に流れるアメリカ人の意識を理解するのは難しい。筆者が以前アメリカに住んでいた時、アメリカのテレビで日本を取り上げた特集を見る機会があった。それを見て、「報道されていることは嘘ではないが、極端な例で、とても普通の日本を表現したものではない」と感じたことがある。海外の状況を伝えるとき、常にバイアスがかかることは避けられないのかもしれない。

 日本のメディア報道は、『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』、『CNN』などの情報や分析に依存している。保守派のメディアが報じる情報や分析は軽視される傾向がある。多くの日本人は「アメリカはリベラルな国だ」と教えられてきた。筆者も例外ではない。だがアメリカは保守的な国である。Gallupの調査(U.S. Conservative Since Start of 2020, 2020年7月27日)によれば、保守的なイデオロギーを支持する層は減ってきている。2020年1月から2月の平均でみると、40%の人々が自分は保守主義者だと考えている。それが5月から7月には36%にまで低下している。逆にリベラル派だと思っている人の比率は22%から26%に増えている。変化で見れば、保守派は減少し、リベラル派が増加していることになる。しかし、保守派はリベラル派よりも8ポイントも多いのである。無党派は、この期間、34%で変化はない。

 筆者のアメリカ研究は保守主義の研究から始まった。もともと経済学専攻で、長年、経済記者であったが、偶然に出合ったテーマが保守主義であった。そして2004年に中央公論新社から『アメリカ保守革命』という本を出版した。それがきっかけで、保守主義というプリズムを通してアメリカ社会を分析するようになった。さらに幾つかの大学で「アメリカ政治思想」を教えるようになった。そのため保守派のメディアや主張を注意深く観察するようになった。

 現在、トランプ大統領の弾劾問題がアメリカだけでなく、日本のメディアの最大の焦点となっている。一人の大統領が2度も弾劾裁判に掛けられるという異常な出来事である。日本のメディアでは、今にもトランプ大統領が弾劾に掛けられ、有罪判決を受けるのではないかとか、トランプ大統領は凋落し始めたと報道している。実際にアメリカ国民は、どのように見ているのだろうか。アメリカは党派性の強い国である。民主党支持派と共和党支持派はまったく異なった世界観を持っている。お互いの間でコミュニケーションは全くと言って良いほど成立しない。片方の意見だけに耳を傾けていると、全体像を見失うことになる。

■4つの世論調査結果に基づくアメリカ政治の分析

 今回、アメリカの現状を理解するために、最近発表された4つの世論調査の結果を分析することにする。

HuffPost/YouGov調査(実施期間:1月6日~8日)

NBC News調査(調査期間:1月10日~13日)

Ipsos調査(調査期間:1月11日~13日)

Pew Research調査(調査期間:1月15日)

 調査期間は、トランプ支持派が議事堂に乱入し、民主党がトランプ大統領の弾劾を主張し始めた期間をカバーしており、現在のアメリカ国民の意識を正確に反映していると考えられる。

NBC Newsの調査:トランプ大統領弾劾は賛成・反対が拮抗

 まず「NBC News」の調査では、トランプ大統領の支持率は43%、不支持は55%であった。では、トランプ支持派の議事堂乱入事件が起こる前の支持率はどうであったかを見てみると、大統領選挙前の2020年10月段階では支持率は43%、不支持率は55%で、最新の調査結果と同じであった。大統領選挙直後の支持率は45%であった。それより若干低下している。これからいえることは、議事堂乱入事件はトランプ支持率にほとんど影響を与えていないということである。支持率43%は2019年以降で最低であるが、その間に4度ほど43%を記録しており、特に暴動事件や弾劾問題によってトランプ大統領の支持率が低下したわけではない。

 共和党支持者でみると、実に98%がトランプ大統領を支持している。圧倒的な支持率といって良い。共和党支持層の中で大統領よりも共和党が大事だと答えた層のトランプ大統領支持率は81%に留まるが、それでも共和党支持層のトランプ大統領支持は圧倒的な状況に変わりはない。

 さらに興味深いのは、民主党のバイデン大統領候補が選挙で勝利していないと信じている割合は、共和党支持層で74%、無党派で30%、民主党支持層で3%存在していることだ。多くの共和党支持者は、「選挙は盗まれた」というトランプ大統領の主張を額面通りに受け入れているのである。バイデン勝利を信じている割合は61%である。予想以上に低い数字である。共和党支持者に限ってみれば、バイデン勝利を信じているのは21%に過ぎない。

 トランプ弾劾の訴因になっている議事堂乱入事件の責任の所在について、民主党支持層の91%が責任はトランプ大統領にあると答えている。無党派層では44%、共和党支持層では11%に過ぎない。共和党支持層の比率が低いのは理解できるが、無党派層も半分以上はトランプ大統領に責任はないと答えている。興味深いのは共和党支持層の30%は、責任はソーシャル・メディアと極左のAntifaにあると答えていることだ。共和党支持者は陰謀論を受け入れているのである。トランプ大統領を狂信的に支持する極右のQAnonに責任があると答えた共和党支持層は12%に過ぎない。QAnonが暴動の首謀者であり、QAnon支持者が何人も逮捕されているにもかかわらず、共和党支持者はそうした事実を受け入れていないのである。

 弾劾に関しては、どうであろうか。全体の回答者の50%がトランプ大統領は弾劾され、罷免されるべきだと答えている。これに対して48%が弾劾に反対している。弾劾賛成と反対は拮抗している。民主党支持層の89%が弾劾を支持しているのに対して、共和党支持者はわずか8%に過ぎない。90%以上の共和党支持者は弾劾に反対している。無党派では、賛成が45%、反対が53%と拮抗している。この調査結果から見る限り、アメリカ国民がこぞってトランプ大統領の弾劾を求めているわけではない。下院の弾劾決議に賛成した共和党議員は、総数212人のうち10名に過ぎない。圧倒的多数の共和党下院議員は弾劾決議に反対票を投じている。

 「HuffPost/YouGov」の調査でも同様な結果が出ている。トランプ大統領は弾劾されるべきだという回答は47%、弾劾されるべきではないが41%であった。NBC Newsの調査と似た結果になっている。党派別でみると、民主党支持層の86%、共和党支持層の10%が弾劾を支持している。無党派は41%である。弾劾反対は、民主党支持層が9%、共和党支持層が81%、無党派が41%であった。弾劾問題に関して、NBC NewsとHuffPost/YouGovの調査結果に大きな差はない。

Ipsosの調査:共和党は「トランプの党」に変質

 Ipsosの調査では、トランプ大統領の支持率は、支持するが28%、支持しないが69%と上記の2つの調査よりも不支持率が高い。党派別では、民主党支持層のわずか4%、共和党支持層の63%、無党派の23%が支持すると回答している。民主党支持層の実に96%がトランプ大統領を支持しないと回答している。

 大統領選挙結果に異議を唱えることに対して、賛成は28%、反対は63%であった。多くの国民はトランプ大統領の「選挙は盗まれた」という主張を受け入れていない。ただ、党派別で結果は大きく変わっている。選挙結果に異議を唱えることに賛成と答えたのは、民主党支持層の3%、共和党支持増の62%である。無党派は24%である。反対は民主党94%、共和党は25%、無党派は62%であった。ちなみに両院合同会議で大統領選挙の結果に異議を唱えた共和党議員は、下院議員139名、上院議員8名の計147人であった。

 トランプ大統領は暴動の責任を取って即座に弾劾、罷免されるべきだと答えた比率は51%と過半数を超えている。その必要はないという回答は39%であった。NBC News調査やHuffPost調査と比べると、弾劾賛成派が多い。ただ、議事堂に乱入した人物は逮捕されるべきかどうかという設問に対して、88%が同意している。党派別でも、民主党支持層の97%、共和党支持層の79%、無党派の90%が逮捕すべきだと答えている。この点では、共和党支持層は民主党支持層や無党派よりも低いが、基本的に大きな差はみられない。

 同調査は面白い設問をしている。それは、「政治的立場で、どれが自分を最も良く表現しているのか」という設問である。項目として「伝統的共和党」「トランプ支持者」「政治的中立」「リベラル派か進歩主義」「穏健な民主党」が挙げられている。民主党支持者の66%が「穏健な民主党」を挙げ、「リベラル派か進歩主義派」は22%に留まっている。多くの民主党支持層は左派のサンダース上院議員やウォーレン上院議員を支持していないのだろう。

 共和党支持層では「伝統的な共和党」が56%、「トランプ支持」が36%に達している。このトランプ支持というのは、共和党ではなく、トランプ個人を支持するという意味である。これはトランプ大統領よりも党が大切と答えたNBC Newsの調査結果とは違っている。そのどちらが状況を正しく伝えているか分からない。ただ、トランプ大統領は白人労働者や保守派のエバンジェリカルの支持を受けており、こうした層は必ずしも共和党支持層ではない。現在の共和党は「トランプの党」と言われるが、この調査は、そうした主張を裏付けているともいえる。

 トランプ大統領は「2024年の大統領選挙に立候補すべきか」という問いに対して、共和党支持層の57%が賛成している。反対は41%である。まだ共和党支持層には「トランプ期待論」があるということであろう。民主党支持層では、97%が反対している。

Pew Research Centerの調査:トランプ大統領支持率は大きく低下

 同調査では、トランプ大統領支持率は29%に低下したという結果がでている。多くの日本のメディアは同調査を引用して、「トランプ支持率、最低へ」という記事を配信している。同調査は、選挙後のトランプ大統領の行動は「稚拙(poor)」という回答は、昨年11月の54%から62%へ上昇している。さらに回答者の68%が、トランプ大統領は退任後、政治活動をすべきではないと答えている。賛成と答えた比率は29%であった。党派別の内訳は書かれていない。共和党支持者の賛成の比率は、もっと高いと予想される。

 また議事堂乱入事件の責任はトランプ大統領にあると答えた比率は52%であった。24%がトランプ大統領にまったく責任がないと答えている。弾劾に関して、「トランプ大統領が弾劾されたほうがアメリカは良くなる」という回答は54%に達している。任期一杯、大統領職に留まるべきだという比率は45%であった。この数字が高いのか、低いのかは、判断しにくい。他の調査と同様、実質的に賛成と反対は拮抗している。共和党支持層でみれば、79%が弾劾に反対している。民主党支持層の95%が弾劾を支持している。

調査結果から何を読み取るべきか

 民主党支持者の意見を重視すれば、トランプ大統領は弾劾されるべきであり、アメリカの世論の大勢も同様だと理解することになる。逆に共和党支持者の意見を重視すれば、共和党支持者のトランプ大統領支持は基本的に変わっていないということになる。

 アメリカは分断している。民主党支持者と共和党支持者の間には共通点がまったくない。お互いに妥協し、歩み寄ろうという意識は皆無である。資料を読んでいたら、ある共和党上院議員が民主党との妥協点を探し、協力し合える可能性を模索していたところ、同議員は「絶滅危惧種」と揶揄されたと書かれていた。1970年代まで民主党と共和党は妥協し合える関係にあった。だが、もはやその可能性はまったくなくなっている。民主党支持者と共和党支持者は決して分かり合えない世界に住んでいるのである。その背後には社会観、倫理観、宗教観の違いがあり、地域的な分断、教育による分断が重なっている。民主党支持層と共和党支持層を分断する川幅はずっと広がってきている。バイデン次期大統領が共和党に妥協と協力を呼び掛けても、共和党は呼応することはないだろう。

 もうひとつ注目すべきことは、Ipsosの調査で、共和党支持派の36%が「共和党ではなく、トランプ支持派である」と答えている点だ。トランプ大統領は白人労働者や保守的なキリスト教徒であるエバンジェリカル、さらにティー・パーティの一部を取り込み、「トランプ連合」を作り上げた。それが現在、共和党の大きな支持基盤となっている。共和党議員は、トランプ大統領支持派の支援をえなければ選挙で当選できない状況になっている。共和党は保守主義の政党から「トランプの党」へと変わってしまったのである。トランプ大統領は共和党から穏健派を放逐し、批判的な議員を圧迫してきた。トランプ大統領の報復を恐れ、公然と非難する共和党議員はいなくなってしまった。共和党は、トランプ大統領と決別すれば、大統領支持派が離反していくことを知っている。世論調査は、そうした現実を端的に示している。

 元共和党支持派であったが、現在は無党派を自認する弁護士のDavid Frenchは著書(『Divided We Fall』、2020年刊)の中で、「共和党支持者は、トランプは欠陥だらけの人物だが、それでも国家を救う人物だと信じている。トランプを支持しないのは共和党に対する裏切りであり、国家に対する裏切りであると信じている」とも書いている。それが現在の共和党の実態である。共和党はトランプ大統領に依存し続けるのか、トランプなき共和党を指向するのか、選択を迫られるだろう。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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