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トランプ大統領の解任・弾劾の可能性と意味を問う:予想される「3つのシナリオ」を徹底検討する

中岡望ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

議事堂乱入で高まるトランプ大統領排除を求める世論

1月6日、議会で大統領選挙の投票結果を認証する両院合同会議が開かれている最中、選挙に不正があったとしてトランプ大統領の支持者が議事堂に乱入する事件が起こった。乱入者の乱暴振りや警察官と対峙する姿は多くのアメリカ人にショックを与えた。その行為は、アメリカ史上経験したことのない異常事態であり、アメリカの民主主義に対する重大な挑戦と見られた。同時に騒乱を煽ったとして、民主党議員だけでなく、一部の共和党議員からもトランプ大統領の責任を問い、排除する主張が出てきている。

そうした主張の背後には、1月20日の大統領就任までにトランプ大統領がその座に留まれば、想定外の行動に出るのではないかという懸念がある。たとえばペロシ下院議長は、トランプ大統領が核兵器を使用する可能性があるとして軍幹部に大統領の核使用権限を制限する要請を行う一方、議会で権限を制限する法案を提案すると示唆している。

メディアの報道を見ていると、情緒的な内容の記事が多く、大統領権限剥奪を定めた「憲法修正第25条」や大統領弾劾を規定する憲法第2章第4条を読まないで書いたと思われる記事が散見される。本稿では、憲法の規定に従って、大統領の権限剥奪や弾劾が行われる可能性があるかどうかを検討する。

■トランプ大統領解任の3つの方法

大統領解任の方法は3つある。最初の方法は憲法修正第25条を発動して、大統領の職務を副大統領に移管する方法である。2つ目は、憲法第2章第4条の規定に従ってトランプ大統領を弾劾する方法である。3つ目は、トランプ大統領が自ら辞任し、ペンス副大統領が大統領に就任し、トランプ大統領に「恩赦」を与える方法である。さらに言えば、最も可能性が高いシナリオで、トランプ大統領が最後まで大統領職に留まるものである。

まず憲法修正第25条の規定から見てみる。この修正条項は「大統領の地位の継承」を規定したもので、ケネディ大統領の暗殺を受け1967年に成立している。同修正条項の第1項では「大統領が罷免、死亡、辞任した場合、副大統領が大統領に就任する」と規定されている。第2項では「副大統領が欠けた場合、大統領が副大統領を指名し、両院の過半数の承認を経て副大統領に就任」すると規定されている。第3項では「大統領が上院の臨時議長および下院議長に対して、その職務上の権限および義務を遂行することができない旨を書面で通告したとき、副大統領が臨時大統領として大統領の権限および義務を遂行する」と規定されている。

■憲法修正第25条4項の適用

今回、トランプ大統領排除の方法として議論されているのは第4項である。第4項には「副大統領および行政各部の長、あるいは連邦議会が法律で定める他の機関の長のいずれかの過半数が、上院の臨時議長および下院議長に対して、大統領がその職務上の権限および義務を遂行できない旨を書面で通告したとき、副大統領はただちに臨時大統領として大統領の権限および義務を遂行するものとする」と規定されている。

具体的に言えば、閣僚の過半数が「トランプ大統領は職務を遂行できない」と判断すれば、大統領職を剥奪することができるのである。「臨時上院議長」と書かれているのは、通常、副大統領が上院議長を務めており、第4項を適用する際、副大統領が当事者になるため、上院は臨時議長を置くことを意味している。

ただし第4項には付帯条項が付いており、「大統領が上院臨時議長と下院議長に対して、職務遂行不能状態は存在しない旨を書面で通告したとき、大統領はその職責上の権限と義務を回復する」と規定されている。言い換えれば、閣僚の過半数が大統領の職務不能と判断しても、大統領は権限を取り戻すことができるのである。ペンス副大統領など過半数の閣僚がトランプ大統領の権限の剥奪を決めても、トランプ大統領は法律上、それを拒否できるのである。

大統領が権限回復を要求した場合、「副大統領および行政各部の長の過半数が4日以内に臨時上院議長と下院議長に対して大統領がその職務上の権限を遂行できない旨を書面で提出したときは、その限りではない」と規定されている。再度、大統領が権限を遂行できない旨の書簡が両院議長に提出されてから21日以内に両院の3分の2がその申立てを認めれば、再び大統領は権限を剥奪される。逆に言えば、両院の3分の1以上が大統領の職務剥奪に賛成しない場合、大統領の権限は回復することになる。トランプ大統領が権限回復を求めたとき、両院の3分の2がそれを拒否することは難しいだろう。とすれば憲法修正第25条を発動しても“自動的に”トランプ大統領を解任できない可能性がある。

■ペンス副大統領が憲法修正第25条を発動する気があるのか疑問

もう一つの問題は、憲法修正第25条を発動するかどうかはペンス副大統領の決断に掛かっていることだ。他の閣僚が提起することは可能だが、実際的にはペンス副大統領の決断によって決まる。ペロシ下院議長はペンス副大統領に憲法修正25条を行使して、トランプ大統領の権限剥奪を行うように求めている。この要請に対してペンス副大統領は慎重な姿勢を取っている。CNNは、ペンス副大統領の側近の「副大統領は憲法修正第25条を発動する試みを排除していない」という発言を伝えている(Pence has not ruled out 25th Amendment, 2021年1月10日)。ただ発動は「トランプ大統領がさらに不安定かつ異常な行動を取った場合の選択肢である」とも語っており、「発動を除外しない」ということは、憲法修正第25条を発動することを意味するものではない。

同記事は、ペンス副大統領周辺では憲法修正第25条を発動する事態になれば、逆にトランプ大統領を異常な行動に走らせる結果を招く可能性あるとの懸念を抱いているとも伝えている。ペンス副大統領は憲法修正第25条の発動という選択肢を除外しないと語ることで、トランプ大統領の行動を抑制しようとしているのかもしれない。

■悪化するトランプ大統領とペンス副大統領の関係

1月6日の事件以降、トランプ大統領とペンス副大統領はお互いに言葉を交わさなくなっている。トランプ大統領の最大の支持者であったペンス副大統領は明らかにトランプ大統領に距離を置き始めている。ペンス副大統領は大統領選挙結果を認証する両院合同会議の議長を務めた。トランプ大統領はペンス副大統領に選挙結果を認めないように繰り返し要請していた。だがペンス副大統領はバイデン候補の勝利を認め、投票結果の認証は憲法に従って処理するとトランプ大統領の要請を拒否した。これに対してトランプ大統領はペンス副大統領を無能だと罵っていた。

さらにトランプ大統領はバイデン次期大統領の就任式に出席しないと公言しているが、ペンス副大統領は出席する意向を明らかにしている。暴徒が議事堂に乱入したとき、州兵の出動を決めたのはペンス副大統領で、トランプ大統領は何の行動も取ろうとはしなかった。トランプ大統領はペンス副大統領に怒りをぶつけ、ペンス副大統領はトランプ大統領に対する失望感を隠さない。両者の間に亀裂が生じている。だが両者の関係が悪化しているとはいえ、ペンス副大統領がペロシ下院議長の要請に応じる可能性は小さいし、共和党の反対を押し切ってまで同条項を発動する可能性はほぼないだろう。

■ペロシ下院議長はトランプ大統領の弾劾決議を行う意向

ペンス副大統領が憲法修正第25条を発動しない場合、ペロシ下院議長は1月11日に下院に「トランプ大統領弾劾決議案」を提出する意向を示している。その決議の4ページの草案も既に出来上がっている。草案の最初に「トランプ大統領は重大な罪(high crime)と軽犯罪(misdemeanors)によって弾劾されるべきである」と書かれている。さらに「大統領は反逆罪、収賄在、その他の重大な罪または不品行につき、弾劾の訴追を受け、有罪の判決を受けたとき、その職を解かれる」という憲法第2章第4条を引用している。

弾劾の根拠として「トランプ大統領は合衆国政府に対して意図的に暴力的行為を誘発することで重大な犯罪と不品行な行為に関与した」と指摘。支持者の前で「『我々は選挙で地滑り的に勝利した』と虚偽の主張を繰り返した」、「議会で直ちに不法行為を行うよう(支持者を)誘発する声明を出した」と糾弾している。さらに弾劾の根拠として、トランプ大統領がジョージア州の選挙管理責任者に対して選挙結果を覆すように電話で直接圧力をかけた事実を挙げている。そして「もしトランプ大統領がその座に留まれば、国家の安全保障と民主主義、憲法にとって脅威となり続けるだろう」と、極めて厳しい文章でトランプ大統領を糾弾している。

■トランプ大統領の弾劾は可能なのか

下院では民主党が過半数を占めており、この弾劾決議案は可決されるのは間違いない。ただ共和党議員の支持を取り付けるのは難しいだろう。現在、多くの議員は地元に帰っており、短期間で審議するために下院議員を呼び戻す必要がある。1月20日まで残されている時間は少ない。数日で決議案を可決しなければならない。前回のトランプ弾劾決議を成立させるために3カ月かかっている。こうした弾劾の仕方はあまりにも拙速だという批判も出てくるだろう。

下院で弾劾決議案が可決されても、弾劾の実現は難しい。共和党議員の中にもトランプ大統領の弾劾を支持する議員はいるが、その数は多くはない。下院で可決された弾劾決議は上院に送付され、最高裁首席判事を議長とする弾劾裁判が開かれる。100名の上院議員の3分の2が賛成しない限り、弾劾は成立しない。前回の弾劾裁判では、ミット・ロムニー議員が共和党で唯一弾劾に賛成した議員である。現在、上院の勢力は共和党50議席、民主党49議席である(残りの1議席はジョージア州で行われた選挙結果が確定していないため空席となっている)。従って66名の議員が賛成しないと弾劾は成立しない。それは17名の共和党議員がトランプ大統領に反旗を翻すことを意味し、可能性はほぼないと言ってもいい。

多くの共和党議員は2年後の選挙を意識している。トランプ大統領の意向に反する行動を取れば、予備選挙でトランプ大統領が対抗馬を擁立するなど“復讐”する可能性がある。さらに選挙で勝利するには、トランプ大統領派の支持を得なければならない。憲法修正第25条の発動や弾劾を主張している共和党議員は、次回の選挙に出馬をしない議員か、選挙で勝利が約束されている長老議員だけである。たとえば共和党内で公然とトランプ大統領の弾劾を支持しているパット・トーミー上院議員は2022年で引退を決めている。トランプ大統領は退任後も共和党内で大きな影響力を維持するだろう。一部のメディアは共和党のトランプ離れが始まったと書いているが、退任後もトランプ大統領は共和党内に隠然たる影響力を持ち続けるだろう。そうした状況から判断すれば、多くの造反議員が出る可能性は低い。

■共和党指導部は1月20日まで弾劾裁判は開かない可能性も

また上院共和党のミッチ・マコーネル院内総務は、下院から弾劾決議を送付されても1月20日以前に弾劾裁判を開くことはないと語っている。弾劾裁判が開かれない場合どうなるのか。20日以降、トランプ大統領は民間人になる。そこで前大統領が弾劾の対象になりえるのかという法律的な問題が出てくる。ハーバード大学のアラン・デーショウィッツ教授は「前大統領は憲法が規定する弾劾の対象にはならない」と語っている(Democrats Cannot Impeach Trump, and You Can’t Impeach Him After Leaving Office, The Epoch Times, 2021年1月10日)。要するに前大統領は民間人であり、議会は民間人を弾劾する権限はないし、既に退任している人物の解任を求めることは意味がない。

そうなると、トランプ大統領の弾劾は下院で弾劾決議が成立しても、①上院で3分の2の支持を得るのは難しい、②上院共和党の指導部が弾劾裁判を1月20日以前に開催しない、③1月20日以降、トランプ大統領は民間人となり、議会の弾劾の対象とはなりえないことになる。2つ目のシナリオである弾劾での解任は現実性がない。

■恩赦と引き換えに辞任を迫る方法

3つ目のシナリオの「恩赦」はどうか。トランプ大統領が自発的に辞任し、大統領職を引き継いだペンス大統領がトランプ前大統領に恩赦を与える方法である。ウォーターゲート事件で辞任したニクソン大統領に対して後任のフォード大統領は恩赦を与えている。より正確に言えば、ニクソン大統領は恩赦を引き換えに辞任を受け入れたのである。現在、トランプ大統領は納税問題など様々なスキャンダルを抱えている。トランプ大統領が最も恐れているのは、民主党が支配する下院で召喚され、裁判所へ訴追されることである。トランプ大統領は、そうした事態を恐れ、法律顧問に大統領が自分に恩赦を与えることは可能かと聞いている。大統領選挙で敗北して以降、トランプ大統領は側近に相次いで恩赦を与えている。トランプ大統領がプライドを捨てるなら、この選択肢は最も現実可能なシナリオである。

恩赦を与える場合、重要な条件が付けられるだろう。それは二度と公職に就かないということだ。トランプ大統領は2024年の大統領選挙に出馬する意欲を示している。そのための選挙資金も寄付によって潤沢に確保している。熱狂的な支持者もいる。それは民主党だけでなく、共和党にとっても頭痛の種になるのは間違いない。二度と公職に就かないという条件は、トランプ大統領を封じ込める極めて有効な手段となる。その選択肢は、民主党、共和党、トランプ大統領の3者にとって、それぞれメリットがある。ペロシ下院議長が実現の可能性の低いトランプ大統領の権限剥奪に異常なほどの意欲を示しているのは、解任や弾劾が目的であるよりも、それを訴えることでトランプ大統領の影響力を削減するのが本当の狙いといえよう。

■最も可能性がある任期を全うするシナリオ

上記以外の可能性としては、トランプ大統領が任期を全うするというケースである。この可能性が最も現実的だろう。その間にトランプ大統領が、多くの人が懸念するような行動を取るかもしれない。だがトランプ大統領が自分の政治的影響力を温存し、共和党内での支持を維持し、次の大統領選挙を目指すなら、破壊的な行動を取ることは意味がない。1月20日の大統領就任式の日に大規模な政治集会を開き、「バイデンが選挙を盗んだ」と言い続けることで支持者を鼓舞し続けるだろう。過激派による集会が開かれるとの報道もある。不測の事態が起こらないとは限らない。そうした事態が起こっても、トランプ支持層は結束を強めることはあっても、トランプ離れすることはないだろう。「トランプ連合」は生き延びるだろう。トランプ大統領が解任される事態になれば、支持者の間でトランプ大統領は“殉教者”として受け止められるだろう。陰謀論者や極右組織にとってトランプ大統領のカリスマ性はさらに高まるかもしれない。

1月20日まで様々な政治ドラマが展開されるだろう。そしてトランプ大統領は任期を全うし、「トランプ劇場」の第二幕が始まる。トランプ大統領を支えてきたアメリカ社会状況と政治状況は基本的に何ひとつ変わっていないのである。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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