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不登校、ひとり親、ヤングケアラーの居場所がない!大阪・橋下改革で交流センター閉鎖…民間頼みの実態は

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
(写真:イメージマート)

多様な困難を抱える子どもたちが安心して過ごせ、将来の自立に向けて生き抜く力を育む「子ども第三の居場所」には、困難を抱える家庭が対象で、食事や生活の継続したケアが必要な「常設ケアモデル 」、小学生から高校生までの学習に特化した「学習・生活支援」、そして誰でも出入りできる「コミュニティモデル」の3種類がある。

これまで各地の居場所を取材して、継続したケアの必要性や、困窮家庭の抱える課題を伝えてきた。今回は、「コミュニティモデル」の拠点について紹介するとともに「民間の力」とは何か、改めて考えたい。

「来た子に帰れとは言えない」

 大阪市の公益財団法人住吉隣保事業推進協会は、日本財団の助成を受け、2022年5月から「子ども第三の居場所」のコミュニティモデルを始めた。

 登録した子どもが放課後や長期休みの日に出入りできて、学習支援もある。地元の大学生ボランティアはおよそ20人、常勤スタッフは3人いる。必要な子には夕食も用意され、保護者の迎えがあれば夜9時まで利用できる。

 夏休みも、口コミで集まった30人以上の小中学生が通い、他に新規登録や保護者の問い合わせも多かった。子どもと一緒にご飯を作り、学習し、コロナに気をつけながらもにぎやかな毎日だったという。9月以降は、さらに登録者が増え、今では80人以上の登録者がいる。

 スタッフの藤本真帆(ふじもと・まほ)さんによると、夏休みは子どもたちがたくさん来るのを見越して、夕食を多めに準備した。昼食は、アルファ米の保存食を使ったおにぎりなど軽食を用意。

「来た子にご飯が足りないとか、いっぱいだから帰ってとは言えません」

 常設ケアモデルと違い、コミュニティモデルは、困窮している家庭に限らず、登録すれば利用できる。地域の小中学校8校から来ていて、中には生活保護や年金暮らしの保護者もいる。3分の1ぐらいは、ひとり親や外国籍、ヤングケアラーの子だ。毎日、来る子もいるし、週に2回ぐらい来る子もいる。学校に行けていない子は、アウトリーチの場として招く。

ふとした言葉から情報を得る

 ボランティアの大学生も、いろいろな子に目を配るようにしている。深刻な困窮家庭でないと、学校からの報告もないからだ。一日の最後に、スタッフ同士が振り返る時間もつくり、ある子が「お父さんに叩かれて痛いよと言っていた」とか、発言が気になったとか、情報を共有している。

 例えば、週3回は学校に行き、週2回は休む子がいる。何が引っかかっているのか、ここで話を聞く。他の子から「あの子が学校を休んでいた」等の情報を聞くこともできる。

 藤本さんは、「不登校の子の、学校に行くのがめんどくさい、という言葉の裏には、友達関係の悩みがあるのかもしれない。何が原因か、見分けるのに気を配ります。かといって、せんさくしすぎると来なくなるので、加減しています」と話す。

 自由に立ち寄れる居場所といっても、その内容は充実している。中学生は、学習支援で受験のサポートを受けられるし、年に4~5人は英検を受けている。家庭に余裕はないけれど、「英語が好き、留学したい」「英検を受けたい」と思っている子がいるという。

 藤本さんは、英会話教室で勤務していたので、英検のサポートに入る。自分自身も、小学生の時に、住吉隣保事業推進協会が独自に開く学習支援に参加していた。大人になって同推進協会に勤めるようになり、子ども食堂を手がけ、今は第三の居場所を担当している。

市民交流センターがなくなって

 住吉隣保事業推進協会はもともと、地域の住民のためにさまざまな公益事業をしてきた。常務理事の友永健吾(ともなが・けんご)さんは、こう説明する。

「当時の橋下徹(はしもと・とおる)市長による財政改革で、2015年度までに市民交流センター10館が閉鎖されたんです。交流センターは、部落問題や人権問題に対応する人権文化センターと青少年会館、地域老人福祉センターを2010年に統合したもの。広く親子や高齢者の居場所となっていて、子どもの学習支援や識字教室など、大事な事業をしていました」

 市民交流センターがなくなって、住吉隣保事業推進協会は自前で、民設民営の「すみよし隣保館 寿」を建設。そこには乳幼児の親子が集い、夏休みは子どもに昼食を配った。給食がないと十分な栄養が取れない子たちを、カバーしていた。そうした機能がなくなっては困ると、友永さんたち推進協会は、2010年に子ども食堂を始めた。学習支援は形態を変えながら、20年以上前から実施している。

 さらに、市民交流センターの閉鎖が決まった2014年に決意し、延べ約1,000平方メートル、3階建てのセンターを2016年の春に間に合うように建てた。住吉隣保事業推進協会の資金から1億5,000万円を出し、残りは寄付だ。1階は同推進協会の事務所、キッチン付きの交流センターがある。あとは自治会や、介護についての相談窓口である包括支援センターが入る。識字教室の事業を引き継ぎ、貸室を安価で地域の住民に貸し出し、これまでの市民交流センターの役割を果たしている。

 友永さんは、「市民のパブリックコメントでは、交流センター廃止反対の意見が一番多かったのに、尊重されなかった。役割を私たちがバトンタッチして、やれることをやってきました。住吉地区には今、10カ所を超える子ども食堂があり、それも民間の力です」という。

コミュニティ力が低下した

 そもそも、既存の学童保育だけで十分でないのは、共働きの家庭が多く、入れないからだ。また、一般の学童保育では対応しきれない、さまざまな困窮家庭がある。そうしたところが、大阪市の市民交流センターで補われていたようだが、施設がなくなって、子どもや高齢者はどうしているのだろうか。

 藤本さんはこう語る。「行くところがなくなって、困難を抱える子も増えたように感じます。コロナの休校時は顕著でした。どこにも行けず、図書館も開いていない。私たちの建物も、介護福祉の事務所があって、子どもはNG。居場所がなくなりました。アンケートをとると、家でテレビ・インターネットをずっと見ていて、誰とも話せない、学校に戻るのが不安との声がありました。

 休校中と夏休みの期間中、近くの高齢者施設で作った昼食を分けてもらって、1,000食以上を子どもたちに配布しました。学校が安全な居場所だった子にとっては、しんどかった。青少年会館がなくなって10年、地域の人と子どもとの関係も希薄でした。関係を再構築し、こういう子がいるんだと把握するところからでした」

 友永さんによると、住吉地域の高齢者の事業は、住吉隣保事業推進協会で予算をつけて場所を貸し、サークル支援や麻雀・民謡など少しずつ活動が戻ってきている。識字教室もここで開かれる。高齢の人が多く、近年は海外の若い人も増えた。地域密着型でないと、別のエリアに変わったら行きづらくなる。

「私たちだって、余裕があるわけではありません。資金は、医療法人にワンフロアを借りてもらって家賃収入にしています。あとは民間の助成にもエントリーしますが、不安定。母体の公益財団の資金を運用し、昨年度、わずかに黒字になりました。ランニングコストもかかる。民間の力に頼りすぎではないかと感じます」(友永さん)

 市民交流センターが閉鎖された、10カ所の地域。住吉以外の他の地域はどうしているのか。

「他の地域との交流を続けていますが、半分ぐらいは、民間団体が所有していた建物や、古民家、公民館を使っています。休眠預金の助成をもらって、事業を続ける団体もあるようです」(藤本さん)

 閉鎖になったエリア全体への影響を、友永さんはこう語る。

「ここ数年、不登校が増えたように感じます。市の学校は、学力を上げることに力を注いでいる。先生はもともと余裕がなく、子どもと向き合う時間が少ない。子どもと向き合う場が少なくなったことが、影響しているのではないでしょうか。市民交流センターは、相談の場で、交流の場だった。なくなって、コミュニティ力が低下していると思います」

行政と民間のずれを少なく

 藤本さんは「民間に、いろいろ求められ過ぎている」という。

「例えば、子ども食堂の立ち上げも、お金というより場所が大事ですが、細かい条件があり、行政の集会所が借りられない。学校の校長に相談しても、『うちにしんどい子はいませんから』と言われる。子ども食堂に、見に来てくださいっていう話です。行政と民間団体とのずれを、少なくしてほしいと思っています」

 そのような状況で始めたのが、「子ども第三の居場所」のコミュニティモデルだ。「こうした場があって助かる」と言われることが増えた。地域の企業も協力して、チラシ作りを担当してくれる。

「地域の人との人間関係は深まってきています。いろんな子を見守っていきたいです」(藤本さん)

 コロナ禍に、子どもの支援について取材していると、民間団体の頑張りが目立つ。ただ、一つの団体が頑張るというよりは、地域の人を巻き込んで、学生がボランティアをしたり、寄付や行政の助成をもらったり、団体同士が連携したり、ネットワークを築いての活動も増えている。

 だが、民間団体がかなり負担しているのも事実だろう。他の子ども食堂や無料塾などで、寄付頼みだったり、持ち出しだったりという話も聞く。「自由にやりたいから、行政の支援は受けない」という考え方の団体もある。別の仕事をして補う代表もいる。

 大阪市に、今回の取材に関連する点について質問し、回答があった(要約し、了承を得て掲載)。行政と民間団体とが対立しているわけではないが、それぞれにどのような考え方で活動しているのか、参考になる。

 質問1.なぜ市民交流センターを閉鎖したのか。経費削減のためであれば、それによって年間どのぐらいの経緯削減になったのか。

【回答】 市民交流センターの閉鎖理由については、平成24年 7 月に策定された「市政改革プラン」に おいて、「利用率は全館平均で50パーセント程度にとどまっており、利用者も区内居住者が半数を超え、年齢層では60代以上が約4割を占めるなど、施設の設置目的である“多世代の市民による地域を越えた交流の促進”が図られているとは認められない」ため廃止となりました。 削減効果額は10億3,300万円と算定しています。

 質問2.市民交流センターがなくなった地域では、どのように子どもや高齢者、困難を抱えた人のサポートをしているか。

【回答】不登校児童通所事業は、不登校状態の小・中学生(主に中学生)に対し、再登校を含む社会的自立を支援することを目的に実施しています。令和4年度は、大阪市中央こども相談センター内とサテライト(市内11カ所)で事業を実施し、学習支援や心理治療、集団活動、体験学習などを提供しています。

平成19年4月から実施された「高齢者等地域活動支援事業(プラザ事業)」は、平成22年4月の「市民交流センター」の開設に伴って、人権文化センター及び青少年会館とともに地域内の3施設の交流機能を統合し、市民交流センターを実施場所として引続き実施されることとなりました。 平成26年3月末をもってプラザ事業は廃止されましたが、 平成26年度から、老人福祉センターなど既存施設・施策で活動を支援しております。

識字推進事業の実施については生涯学習センターをはじめとした社会教育施設や市立小・中学校などで識字・日本語教室を開設し、市民交流センター廃止後も継続しています。

 質問3.子どもに関する政策は、コロナ禍にますます大事なものだと思われるが、他に市独自の子どもの居場所作づくりや支援はどのようなものがあるか。

【回答】 小学生の放課後における安全・安心な居場所として、市内の全市立小学校内で実施している大阪市独自の放課後施策として、児童いきいき放課後事業があります。 保護者の就労状況等に関わらず登録・参加が可能です。

2022.12.13 日本財団ジャーナルに掲載の記事を再構成

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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